第37話 クランとして
ギルトアの冒険者ギルドに辿り着くと、その隣にある【素材買取所】に出向いた。
ギルドの討伐依頼であれば、冒険者ギルド内の受付で手続きをする必要があるそうだが、依頼によるものではないので単なる買取りとなるのだそう。
「ターナス様、目立つとマズイので馬車の中で空間収納から出して貰えますか」
「ああ、それじゃあ此処に出すぞ」
アレーシアに言われるがまま、幌馬車の荷台に狩猟した野獣や魔物を空間収納から取り出して置いた。
ジスタークの森で狩猟したのは――森林狼が二頭。赤鹿が一頭。そして一角兎が三羽。
森林狼と赤鹿は解体してそれぞれ皮や肉としての素材にしてある。一角兎は血抜きの処理だけをしてそのままの姿だが、どれもまだ解体したばかりのように見える。
「ああ、私も空間収納の魔術が使えたら……」
しみじみと、パイルが溜息交じりに呟いている。ちょっと面白そうだし、今度魔術で空間収納が可能か否かの実験でも付き合ってやるか。
「それじゃあ、俺は馬車で待ってるから。皆で行ってくるといい」
此処でも俺は馬車で留守番。そりゃ俺は何も狩ってないしな。
「くそゥ、失敗しちまった」
戻って来るなりグレッグが嘆いているので理由を聞いてみると、知り合いの冒険者に会って狩猟した獲物の話をしていたら、魔獣討伐に出向くので誘い出し用に森林狼の肉を買い取ると言われたのだそうだ。それならば捨てて来るんじゃなかった……と。
なるほど、そういう使い方もあるのならば、今後は捨てずにおこう。
「けどまぁ、中々良い金額になったぞ。これなら暫く路銀には困らないだろう」
「そうか。それじゃあ、アレーシアとパイルに、ハースとシーニャはそれぞれ買取り額を等分するんだな?」
「いや、それなんだが。俺達はそれぞれ別パーティーではあるが、今は一つのクランとして見ていいと思うんだ。だから金はクランの資金として管理すべきだと思うんだが……皆はどうだろう?」
クランの資金? どういう事だろう。
グレッグの言う意味を訊ねてみた所、クランというのは複数のパーティーが集まった集合体の事で、小さな組織的なものと考えればいいらしい。
だからクランに所属するメンバーが得た利益は、クラン全体で分けるのだと言う。
メンバー内の働きによる利益の損得が起こりそうな気がしたが、「それぞれが得手不得手をカバーし合って得る利益なのだから、パーティーが大きくなっただけと考えればいい」と、あまり難しく考える必要はないみたいだ。
「まぁ、今でも俺とハースはアレーシアに管理して貰ってるから、何も変わらないみたいだな」
「そうか。じゃあ資金はアレーシアに任せても良いかな?」
「私で宜しいのですか? パイルとシーニャは……」
「私達もそれで問題無いですよ。<宵闇の梟>としての今までの蓄えはギルドに預けてありますし、クランとして活動するならグレッグの言う通りですから、何も問題ないですよ」
「分かりました。では私が管理させて頂きますね。じゃあ次は……どうします?」
「取り敢えず宿を押さえておこうか」
グレッグの答えに皆も同意し、宿探しをすることになった。
そこそこ大きな街なので宿屋も多く、ランクもピンキリであるそうだが、グレッグが以前利用した事のある宿屋に行ってみて、空きがあれば其処に決めようと言う。
ま、俺には何も分からないし、こういう事は経験者に任せるに限る。
グレッグの道案内で馬車を進ませて行くと、人通りはあるが閑静な通りに入った。この辺りは高級――とまではいかないものの、それなりの金額が掛かる宿屋が多くなるのだそうで、目指す宿屋もこの一画にあるのだと言う。
「此処だ」
そこには【金獅子亭】と銘打った看板が掲げてある。なかなか勇ましい名前の宿屋だが、見渡せば他にも【竜王亭】だの【銀狼亭】だのと「名前負けしなければいいけど」と思わせるような銘打つ看板が目立つ。
尤も、これらは冒険者の縁起担ぎを兼ねているのだそうで、勇ましい名前ほど冒険者に好まれるのだと説明された。
換金して結構な金額があるから、そこそこ良い部屋を取るものと思ったが、グレッグは四人部屋を二つ取って、男二人と女四人という組み合わせになった。
これはパイルがそっと教えてくれたのだが、グレッグは意外と節約家……というか、節約癖があるらしく、時には大部屋で雑魚寝という事もよくあるのだが、さりとて決してケチではないのだそう。何しろ食事や武具には躊躇いなくお金を使うし、例え近距離でも場合によっては馬車を使う事も厭わないというのだ。
男女に分かれて部屋に入ると徐にグレッグが口を開いた。
「さっき、パイルが俺のことを言ってただろ?」
「ん……ああ」
聞こえていたのなら惚けるのは逆に良くないだろう。
「ハハハ、悪口じゃないのは分かってる。あれでパイルは陰で人の悪口を言うような事は絶対にしないんだよ。もちろんシーニャもだけどな」
「ああ、悪口じゃなくて『グレッグは節約家なんだ』って言ってたのさ」
「節約家ねぇ……。まぁ、俺がまだ駆け出しの冒険者だった頃に入ったパーティーで金に苦労したからかな。食うに困ったり真面な武具が買えなかったりだったからさ、そういう思いをパイルやシーニャにはさせたくないワケよ。飯はシッカリと食べなきゃ体が持たないだろ? 武具は上等な物を使わなきゃ命に係わるだろ? だったら我慢できるところは我慢して、使うべきところでは躊躇わない……って事さ」
「俺は良いと思うぞ」
「だろ?」
――ウチの会社もそうだったな。コストに見合わない単価で仕事請け負って、『安く請け負えば次は大きい仕事をくれるんだ』とか言いつつ、ワリの良い仕事は全部余所の会社に持ってかれて、そのクセ『金が無いから油一滴、水一滴無駄にするな。機械の不具合が出ても修理業者を呼ぶな、自分等で直せ。賃金カット、ボーナス無し』
考えてみたら、あそこで死んでこの世界に放り込まれたのは良かったのかもしれないな。ラダリンスさんに感謝か。
「どうした、ターナス? 考えこんじゃって」
「いや、俺もこの世界に来る前は嫌な毎日だったなぁって、思ってな」
「フフン、だからこの世界でツライ思いをしてる亜人種族を救いに来たんだろ? 救世主様よ」
「救世主言うな!」
俺がこの世界に来た経緯を話しても、疑う事なく受け入れてくれた皆には本当に感謝しているが……やっぱり救世主って言われるのは、ちょっと馴染めないかも。
そうこうしているうちに、部屋の扉をノックする音とアレーシアの声が聞こえた。
「ターナス様、グレッグさん、入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ。入ってくれ」
アレーシアを先頭に女性陣が入って来る。
「取り敢えず街に出てみたいと思うのですが、どうしましょうか?」
「そうだな……情報収集にはやはり冒険者ギルドがいいのか?」
「ギルドに行けば知った顔がいるかもしれんし、何かしら情報が得られるだろう」
そう言えば買取所でもグレッグは旧知の冒険者に会ったと言ってたな。場合によってはグレッグに任せた方が早いかもしれない。
そうして、俺達は情報収集の為に冒険者ギルドに出向くことにした。




