第33話 魔術師パイル
<宵闇の梟>の魔術師――羊獣人族のパイルは、新しい魔術の習得にやたらと熱心なようで、俺の創造魔法である<死絶の業火>を教えて欲しいと懇願されてしまった。
果たして創造魔法が魔術で再現可能なのか否かも分からないのだが、彼等と行動を共にするのであれば、パイルが魔術で俺の魔法を再現出来れば案外役に立つかもしれないと思い教える事にした。
「要は……対象物を球状の結界で蔽って、その中を火焔で焼き尽くすんだ」
「結界を球状にすると言うのが……難問ですね。通常は大地に対して円蓋状に作るものなので、球状に作る結界というのは聞いた事がないので……」
「球状に拘らなくてもいいぞ。要は対象物を結界で包み込む事で、他に被害を及ばさない様にするだけなのだから」
「円蓋でも構わないのですか?」
「勿論、円蓋だろうが円柱だろうが結界内で業火を燃やせばいいだけだからな。ただ、円蓋だと地面に燃えた痕跡が残るだろう? 証拠隠滅として使う場合、その痕跡が残るのはマズイからな。球状にするのは結界によって炎と地面を隔離する為でもあるんだ。逆に言えば、痕跡さえ残らなければ球状でなく立方体でも構わないというワケさ」
「なるほど、痕跡を残さないのが大事と……」
その後、パイルはブツブツと呟きながら、指で空間に何かを書く仕草をしたり、両手で球体をイメージする仕草をしたりと、模索している様だ。
詠唱という決まり事がある故に、単純に思い描いただけでは発現出来ないのが魔術の面倒なところなのだろう。
その様子を眺めていると、ようやく何か閃いたのか顔を上げて気を引き締めた。
「ちょっとやってみます……『闇の光、陽の影、戯れに混じりて大地より離れし結び繋げ……結界』」
ドラムのスティック程の大きさのロッドを手に持ち、結界の術式と思われる詠唱を唱えると、パイルから少し離れた場所に円蓋の結界が現れた。
だが、円蓋に見えたその結界は、地面から少しずつ上昇している。せり上がった結界の全容が現れると、それは見事な球体になっていた。
そして、ゆっくりと浮かび上がって、地面から離れた状態で維持される。
「出来ました! 球状の結界が出来ましたよ!」
「おお、出来たな! そうしたら、その中に炎を作ってみようか」
「はい。いきます……『火の精霊よ揺らめく灯を結界に送れ……火炎』――あっ!」
結界を維持したまま炎を出す事は出来たが、それはパイルの持つロッドの先から出た炎が結界に向かって飛んで行き、そのまま結界に当たって弾けて消えるという結果になってしまった。
「うわぁ~何でよぉ~!」
残念そうに嘆いて肩を落としているが、何となく詠唱に問題があるような気がするので、その事をパイルに伝えてみる。
「火炎の詠唱の中で『結界に送れ』っていう部分があったが、それが悪かったんじゃないのかな? 結界に送るんじゃなくて……う~ん、何て言えばいいのか……」
「結界に送るのが悪い……送るんじゃない……結界に……結界……結界の中……中……中で燃やす……中で……」
またブツブツと独り言ちた後、再び試してみると宣言して詠唱を始めた。
『火の精霊よ揺らめく灯を結界の内にて燈れ……火炎』ボッ――
音こそ聞こえなかったが、それは結界の中でシッカリと燃えている。成功だ。
「やりました! やりましたよターナスさん!」
「おう! こんなにスグ成功するなんて、パイルは凄い魔術師なんだな」
「いやぁ~、そんなことありませんよぉ~、ターナスさんのおかげですよぉ~」
謙遜してはいるが、そのニヘラニヘラと弛みきった顔からは、嬉しくて仕方がないってのが誰の目にも良く分かるぞ。
「喜んでるのもいいが、まだ終わりじゃなぞ。あの炎を業火にして結界内を焼き尽くすのが本来の目的だからな」
「ああ、そうでした。はい、いきます」
再び、気を引き締めて結界に目を向けてロッドを握りしめている。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し、詠唱を始めた。
『火の聖霊よ焔を業火と化して全てを焼き尽くし地獄へと堕とせ……死絶の業火!』
それは、俺の創造魔法である死絶の業火となんら遜色のなく、渦巻く炎となって結界内で燃え上がった。
成功した事に大喜びするパイル。そして、それをずっと見ていた他の面々も「おお!」と歓声を上げて拍手を送っている。
アレーシアとハースも驚いた顔をしているが、それよりも、やはりグレッグとシーニャの方が驚愕の表情をしているのは、パイルが成功させた魔術が難しい事なのだと理解しているからなのだろう。
「よし、じゃあ後は結界を消して終りだ」
「はい! 『散れ!』」
結界の中の炎は既に消えていたので、そのまま短く解除を唱えると、結界はパンッと割れて消えてしまった。
結界のあった場所には何の痕跡も残っていないので、やはり大成功だったな。
「スゲェな、パイル。冒険者としてはまだ三等級だけど、魔術師としては一流なんじゃないか? なぁ、ターナス」
「ああ、そうだな。こんな簡単に俺の魔法が再現されちゃったのも、ちょっと悔しい気もするが。それもこれもパイルが凄い魔術師だからって事で納得するしかないな」
グレッグの言葉に同意してパイルを褒めていると、アレーシアがパイルに質問を投げかけた。
「異なる魔術を三つも同時に発動出来るって、普通なの?」
「ああ、いえ、あれは異なる魔術は結界と炎の二つだけだから可能なのよ。結界は静の魔術で、炎は動の魔術なので同時発動が可能なんだけど、もしこれが炎と水だとしたら、両方とも動の魔術なので同時発動は出来ないの。つまり、静と動の異なる魔術であれば、二つまでは可能って事なのよ」
「なるほど、そういうモノなんですね」
魔術については俺も全く分からないので何とも言いようがないが、魔術には静と動の二種類ある――と。そして、その静と動は同時に使う事が出来るけど、静と静、動と動の様に同じ系統の魔術だと同時には発動出来ない――か。
魔術ってのは、なかなか面倒くさいものだな。
「なぁパイル。無詠唱で魔術を繰り出す事は出来ないのか?」
「それは……出来ませんね。どの様な魔術を発動させるのかは詠唱の内容によって決まるので。寧ろ私たち魔術師からすれば、無詠唱で発動出来る魔法の方が不思議です。 ――あっ、でも魔族も大きな魔法を使う時には、至極短い詠唱を唱えると聞いてますし、ターナスさんも確か、少し詠唱していましたよね?」
「ああ、あれは別に必要無いんだ。ただ、対象者に恐怖心を植え付けるという意味では、言葉にして出した方がいい場合があるからな。それだけの事なんだ」
そう、あれは所謂格好つけてるだけだからな。
その後も、魔術で再現出来そうな魔法の事や、魔術と魔法で同じ効果を持つモノなどをアレコレと質問してくるパイルだったが、俺自身が魔法は自分で想像して創り出しているモノなのだから、些かこっちが戸惑ってしまうような状態になってしまった。
そして――
俺達と<宵闇の梟>は、この先も一緒に行動する事に決まった。
何故なら……パイルが「魔術と魔法の両方を勉強出来るので私たちもターナスさん達と一緒に行きましょう!」と、勢いよくグレッグにお願いしたからなのだが、その勢いたるや凄まじく、パーティーのリーダーであるグレッグに有無をも言わさぬ気迫で迫り、結局グレッグもその勢いに呑まれて思わず承諾してしまったからだ。
パイル……恐ろしい子!




