第32話 死神からの宣告
ラダリンスさんから与えられた<ターナス>と言う名前が、ガーネリアス教の教典記された<死神タナトリアス>から捩って採られたものなのかもしれないと分かった。
猫獣人族であるハースだが、その事を知らなかったようだ。しかし多くの亜人種族にとっては「人間族による抑制からの解放を齎す存在」として周知の事実だったようで、パイルとシーニャに至ってはいきなり平伏してしまったので焦ってしまった。
兎に角、俺としては皆に仲間として見てもらいたいので、俺を崇める様な真似はしないでくれとお願いしといた。
ただ……その言動が面白かったらしく、ハース以外の者からは「獣人族に頭を下げる死神とか、あり得ない」と笑われてしまったのは解せない。
「それで、コイツ等はどうする?」
グレッグが幌馬車の荷台に放り込んだ男達をどうするか聞いてきた。
「俺からの伝言を持たせて、何人かをガットランドへ帰す」
「ほう」
「内容としてはこうだ。『亜人種族を迫害している人間中心主義は、死神タナトリアスの逆鱗に触れた。よって、人間中心主義を教義とするガーネリアス教は死神の名に於いて殲滅せしモノと処す』なんて感じかな」
「うむ、良いかもな。それじゃあ、その文言を書いて持たせるか」
「いや、体に覚え込ませるのさ」
「体に? どうやって?」
「そうだな。まぁ取り敢えず、城塞の外へ出ようか」
全員で馬車に乗り込み、パイルに御者を頼んで城塞の外に出る事にした。
通用門を通る時に門番が荷台に転がされている男達を見て怪訝な顔をしたが、グレッグが「ガーネリアス教徒だ」と言っただけで察した様に頷き、それ以上は何も聞かずに門を通してくれた。
この辺りはラダリア教の影響が強い場所では、暗黙の了解だとグレッグは言う。
城塞を出てパイルが馬車を走らせたのは、双剣猫を狩ったワイニー山だった。
此処なら立ち入る人も殆ど無いため、色々と都合が良いだろうとの事だ。
両側を岩山に挟まれた渓谷状になっている場所に馬車を止めると、荷台から男達を引き摺り下ろして地面に転がす。
そして、俺は転がっている男達の中から、パイルに「皮を剥ぐ」と言われてから慌ててベラベラと喋った中央聖騎士団の男に近付いた。
「一人はお前にしよう。もう一人は……お前にするか」
そう言って、残った四人の中で一番屈強そうな男を選んだ。
「お前等二人は、これから起こる事を良く目に焼き付けておけ」
二人に告げると残った三人の男達に対して、思い付きで創造した魔法を掛ける事にした。
三人に向かって手を翳して詠唱する。
『命ずる<私は愚か者なり。死んで亜人種族にお詫びします>これ以外の言葉を発すば燃ゆる』
「――さて、じゃあまずお前、今俺が命じた言葉を言ってみろ」
三人の中から一人選んで命じてみた。
「私は愚か者なり、死んで……亜人種……族に……お詫びしま……す」
「ふむ、大丈夫だな。次、お前」
「……クッ、なに――――」ボウッ!
命じた文言以外の言葉を発した男の体が発火し、一気に燃え上がり、それを見たもう一人の男と、先に伝言を伝える役目を指名した二人が驚愕し青褪めた。
「分かったな? これからお前等にも同じ様に魔法を掛ける。きちんとお前等に指令した司祭にメッセージを伝えれば、お前等は助かる。が、もし要らぬ事を言えば……どうなるか分かるよな?」
指名された二人の男はガクガクと何度も頷く。
それを確認して……伝言の魔法を掛けた。
『宣告<死神タナトリアスが告げる。人間中心主義を教義とするガーネリアス教は死神タナトリアスの怒りに触れた。よって死神の名に於いて殲滅せしモノと処す。この言葉を伝えし後、この者破壊せし消滅す。これは死神より最後通告なり>これ以外の言葉は発せぬ』
言伝ると同時に呪縛を解除すると、二人は体中を動かしたり手で触ったりして自由に動けるようになった事を確認していた。
だが……余程恐ろしいのだろう、全く何も喋ろうとしない。
「お前等が無事、ガットランドへ辿り着く事を祈ってるよ。まぁ歩いて行くのは大変だろうが、疲れを感じない体にしておいてやるからな。さあ行け!」
俺の言葉を聞いた二人は、お互いに顔を見合わせると、一目散にガットランドへ向かって走り出して行った。
その後ろ姿に向かって俺は、疲労を感じない魔法を掛けてあげる。親切であろう。
「死神って……恐ろしいな」
ボソッとグレッグが呟くと、他の皆は慣れてしまったのか呆れた顔をして「本当に」とか「やっぱり人外」とか「やると思った」とか……口々に言いたい事言ってくれてちゃって……。
それでもハースだけは違う目で……あれ?
「ターナス様、お顔が……すご~く悪者みたいな顔でしたよ」
何だか神妙な面持ちしてると思ったら、また言われた……。
俺ってそんなに悪そうな顔するのかぁ。
「ま、まぁあれだ。そういう顔した方が悪い奴等も怖がるだろ? その方が死神っぽくていいと思わないか?」
「まあ、ターナス様は何してもターナス様だから大丈夫ですよ。ね!」
「……ありがとう」
ハースだけは呆れ顔をしないでいてくれるが……だからといって敬愛とか賛美などといった気持ちでもないのは確かだな。
……まぁいいさ。
「ところでターナス様、残りの連中はどうしますか?」
「ああ、どの道生かしておくつもりはないからな。滅却する」
アレーシアの問いに答えると、残っていた二人は畏怖の念を抱いてるのか、血の気は失せ体は目に見えて大きく震えていた。
手を伸ばして男達を球状の結界に取り込む。
要らぬ言葉を発せば炎に包まれて死ぬのが分かっているため、声は出さないが口をパクパクさせて助けを求めているのが読み取れる。
結界の中に小さな炎を焚くと、更に男達の顔が恐怖に引き攣っていった。
『地獄へ堕ちろ、死絶の業火!』
結界の中で業火が渦を巻いて男達を燃やし尽くし、そして全てを灰燼と帰したのち……静かに消えていく。
指を鳴らし結界を解くと、灰燼は微風に流され飛んで行った。
静まった時間が僅かばかり経過した後、沈黙を破ってパイルが言葉を発した。
「タナトリアス様……」
「パイル、悪いが俺のことは今まで通りターナスと呼んでくれ。タナトリアスの名は死神として動く時だけにしたい」
「すみません、分かりました。ではターナスさん……」
「……ん、なんだ?」
「その魔法を教えて下さい‼」
「えっ?」
「それは何ていう魔法ですか? 魔術でも発現可能ですか?」
「ああ……えっと……これは俺が創った<死絶の業火>という魔法なんだが……魔術で再現出来る……のか……なぁ?」
「やってみたいです! やり方を教えてください! 理屈が分かれば魔術でも発現出来るかもしれないじゃないですか⁉」
「ああ……うん……そうだね」
冒険者二等級というパイルの魔術が、どの程度のモノなのか見当もつかないのだが、初めて見た魔法を魔術で再現したいと熱心に語る姿には少々引いてしまった。
確か魔術師になるには金が掛かると言ってはずなので、パイルはそれなりに裕福な家庭の出なのだと思うが、もしかしたら魔術オタクの様なタイプなのだろうか。
俺の創造魔法が魔術で再現出来るのか否か……パイルなら色々工夫して実現できそうな気がするし、面白そうだからちょっと教えてみるか。
「じゃあ、少しやってみるか?」
「はい! お願いします‼」
満面の笑みで喜ぶパイルだが、グレッグとシーニャが顔を合わせて肩を窄めているのを見てしまった。
これは「やれやれパイルの悪い癖が始まったぜ」というランゲージか⁉




