第23話 お供は戦闘狂
半年前にハースの一家を襲った野盗。
彼女の父親と妹を殺害し、母親に重傷を負わせて逃亡した野盗の一味は、母親がハースに託した鉤爪によって、その最期を迎えた。
冷静さを失ったハースが狂乱する懸念もあったが、それは彼女自身の強い自制心で抑える事ができたようだ。
全てが終わり、周囲に静けさが戻った事に気が付いた頃……ようやくハースが口を開いた。
「ターナス様、アレーシアさん、ありがとうございました」
「ああ、良くやったな」
「ええ、良くやったわね」
正直……見た目はまだ子供の猫獣人が、両手を血で真っ赤に染め、顔も返り血を浴びて笑うその姿は、まったく微笑ましく思えるものではないのだけどな。
スプラッターが苦手な人なら卒倒しちゃうようなシチュエーションだよ。
それでも今のハースの顔は、憑き物が落ちたような……穏やかな雰囲気を醸し出してるから、これで良かったのだと信じたい。
「あっ、しまった!」
「どうしました、ターナス様?」
アレーシアに問われるも、ちょっと気まずい。が……言わなければ。
「あ~、昏睡させて放置してた殿の野盗を忘れてた……」
「「ああぁ~」」
二人揃って呆れた声上げるなよ。
「今更スマンが……ハース、お前の家族を襲った野盗は、コイツ等の他にもいたか?」
「えっとぉ……いいえ、この三人だけでした」
本当に、本当に申し訳ない。俺のミスだ。
あんな所に放置してないで連れて来て一緒にやっちゃえば良かったのになぁ。
「そうか。じゃあ、俺はちょっと“アイツ等”を始末してくる……」
気まずさと面目無さを隠しつつ、俺は“お残し”を始末しに行った。
「行ってきた!」
「はいはい、おかえりなさいませ。お疲れ様でした」
一瞬で移動して、パパッと始末して戻って来たけれど、アレーシアは呆れ顔だ。
ハースに至っては……特に何も気にならないのか、悠然としている。
そんな事より――。
「さて、二人はちょっと汚れが酷いから落とさなくちゃだな」
「それもそうですが、この状況はどうするんですか?」
これは既に考えてある。
野盗共はこのままの状態で放置しておく。ここを最初に通った人が通報するだろう。
まぁ、最初にこの惨状を見ちゃった人には申し訳ないが、これは他の野盗や犯罪者への警告も兼ねている。
そして【匪賊許すまじ】と何かに書いて置いておく。
如何に自分等が何者をも恐れない強者だと錯覚していても、野盗集団如きは斬り刻んで捨て置くような者が存在するのだと、知らしめる為だ。
――と言う俺の考えを説いたら納得してもらえたので、血塗れの二人(特にハース)の汚れを落とすとしよう。
二人を並ばせて、浄化の魔法を掛ける。
みるみると血痕や土埃が消えて綺麗な状態に戻っていく。
ついでに消臭も掛けて嫌な臭いも消すことも忘れない。
「教会でこれだけの浄化をお願いしたら、いったい幾ら取られることか……」
ん……? やはり教会ってのはお布施を払わないとダメなのか?
「浄化に金が掛かるのか?」
「当然です。程度にも寄りますが、これ程上位の浄化だとラダリア教会なら金貨一枚。ガーネリアス教会だと金貨三枚は必要でしょうね」
金貨一枚の価値がよく分からんのだが、アレーシアの話しぶりからすると、相当高額なのは間違いないだろう。
ラダリア教とガーネリアス教で金額の差はあれど、どの時代でもどの世界でも、宗教ってのは儲かる商売のようだ。
と、言いつつ――思えば俺はこの世界の貨幣価値を全く知らないんだよ。
ラダリンスさんは教えてくれなかったし、獣人族の集落じゃ必要としなかったもんなぁ。
なので、ここでアレーシアに貨幣価値&物価を教わっておくか。
「普通のライ麦パンが一個小銅貨5枚、切り落としは小銅貨1枚。一般的な宿屋が食事無しで小銀貨3枚、食事付きで小銀貨5枚――――」と、細かく説明してくれたものの……一度では覚えきれないから、その都度また聞くとしよう。
「山岳狼狩りどころか野盗狩りになっちまったな。結果オーライとしても、二人とも疲れただろう。路銀稼ぎはまた今度って事にするか」
「私なら別に問題ありませんよ。まったく疲れてませんし」
「そうは言ってもハースだって……なぁ?」
「私も疲れてませんよ? ちょっとまだドキドキしてますけど、なんかこう……ダッ、ダッ、ガーってやったら、なんかモヤモヤがスッキリした感じで、なんかこう――」
「分かった! 分かったからもういいぞ」
復讐相手とは言え、結構精神的にも酷な行為だったと思うぞ?
返り血浴びて全身血みどろになるような事をしたんだぞ?
お前らヤバイ薬とか……やってないよな?
それともコレがこの世界での“普通”なのか……?
「じゃあ、取り敢えず……道中の山岳狼狩りは再開するって事でいいんだな?」
「「はい!」」
――ターナスは戦闘狂をお供にしました……はぁぁぁ。
当初の予定通り、俺が気配を消して山岳狼を誘い込み、二人がそれぞれ対処可能な範囲で山岳狼を狩ることになった。
暫くは、山岳狼はおろか小動物の気配さえしなかったが、峠も頂上に差し掛かろうかという頃になって、ようやく変化が訪れた。
「アレーシアさん、野獣の臭いがします。たぶん山岳狼です」
ハースが小声で、野獣の臭いを嗅ぎつけた旨をアレーシアに告げる。
アレーシアには気付けないという事は、こういったところは獣人の特性なのか。
「何頭いるかは、分かる?」
「……たぶん三頭だと思います」
「了解。じゃあ私が二頭でハースが一頭ね」
「はい」
二人とも平静を装って歩いている。おそらく殺気も出さないよう気を付けているのだろう。
ただ……後ろから見ていると、ハースの耳が常にピクピク動いているので、触りたい衝動に駆られるのが俺的にネックだったりする。
「アレーシアさん……右から来ます」
ハースが囁き、アレーシアが頷く。
歩みを緩めて静かにクローを装着するハース。
ハースの一歩前に出て、腰に吊るした短剣の柄を握るアレーシア。
「見えた。私が右の二頭を狩るから、ハースは左をお願い」
「はい」
俺は二人から三歩下がって足を止めた。
『『『ガルァァァァーーッ』』』
「ハッ!」「タァーッ!」
木々の間から咆哮と共に駆けて来る三頭の山岳狼。
剣を抜いて構えたアレーシアに山岳狼は驚いたのか、一瞬足を止めたかと思うと左右に飛んで散開した。
それを狙ったのか、アレーシアは自分に近い方の山岳狼を正面から斬り付け、その勢いのまま左に回ったもう一頭を左手のみで剣を振るい叩き斬る。
正面から斬られた山岳狼は首から両断され、左手で斬られた方は前脚を切断されて、その場に倒れた。
動けなくなってしまえば、後はゆっくり仕留めるだけ。
一方、ハースは――向かってきた山岳狼を寸前で躱しつつ、その下腹にクローを突き刺していた。
下から突き上げられて“くの字”になった山岳狼は、“何が起きたのか分からない”とでも言いたげな表情で、静止したまま絶命していた。
お見事!
上手く狩れたのが余程嬉しいのか、ハースはアレーシアにハイタッチしようと飛びついたのだが、思いっきりアレーシアに避けられて唖然としている。
両手にクローを嵌めたままなんだから、当たり前だ……。
「二人とも流石だな。もう野獣が出て来ても二人に任せて良さそうだ」
「ハハハ、そんな事ありませんって。ハハ、アハハハ」
「エヘヘ。ターナス様に褒められましたぁ~!」
うん、照れ笑いは良いから……解体作業しような。