第20話 憎悪
突然、険しい顔をして黙り込むアレーシアに、俺もハースも息を吞む。
念の為俺も索敵してみるが、危険な気配は無いように思える。
暫し、周囲の気配を感じ取っていたかに見えたアレーシアが、ゆっくりと……静かに口を開いて言葉を発した。
「ターナス様が殺気を放てば、最初から山岳狼は寄って来ないのでは?」
「……は?」
「いえ、ですからですね。ターナス様が常に殺気を放っていれば、それを感じ取った山岳狼は絶対に勝てないと分かって近寄らないと思うんですよ」
「ふむ、なるほど。言いたい事は分かった。それで、俺が常に殺気を放っていた場合……お前とハースは殺気をずっと浴びていても気にならないのか?」
「……」
黙っちゃったよ。
まぁ、二人を対象外にして殺気を放ち続けることくらい出来るけどな。
顎に指を添えて下を向いたまま、ジィーッと考え込んでるけど、何をそんなに気にしてるんだろうか?
「……山岳狼の毛皮はお金になります」
暫く黙って考えてたと思ったら、今度は違う方向から持ってきたぞ。
「私一人で山岳狼三頭までなら、狩る事が出来ます。ハースも恐らく一頭は狩れるんじゃないでしょうか。どうもハースには戦闘種族の血が流れているような気がするので――」
「ハースの母親はカール族だと言っていた。戦闘を得意とする部族? とか言ってたな」
「やっぱり……。カール族は戦闘を得意としていて、傭兵としても有名なんです」
「それで、ハースと一緒ならある程度は山岳狼を狩れる……ってワケか」
「はい。なので、ターナス様にはご自分の気配を消して頂いて、逆に山岳狼を寄って来させて狩ってしまう……という手段を取ろうかと」
「山岳狼の数が予想していたよりも多かったら?」
「その時はターナス様が狩って下さい」
オマエ……
最初に会った時は、もっと戦士然とした勇ましい感じだったと思うけど、何だか今のアレーシアはキャラが変わってるっぽいぞ? それともこっちが素なのか?
「まぁそれは任せておけ。そもそも俺一人でも――」「それはダメです!」
「どうしても危ないとなったら助けてください。それまでは私達二人に狩らせてください。折角ターナス様に強化施術して頂いた武器があるんですから……」
お前は楽したいのか暴れたいのか、どっちなんだ⁉
「ターナス様ぁ、私もアレーシアさんと山岳狼を狩ってみたいです」
ハースが俺の外套をツンツン引っ張って懇願してきた。
狩らせてやるか……。
「分かった。じゃあ俺は気配を消しておくから、山岳狼が出てきたら二人で狩ってみろ。危なくなったら助けてやる」
「「はい!」」
ヤレヤレ、とんでもないお嬢さん方だことで。
ま、あのデカイ猪型の野獣は特殊過ぎただろうからな。ハースも普通の狩りを経験しておいても良いだろう。
――という事で、俺は認識阻害を掛けて二人の後ろを付いて行く。
山岳狼を欺く為に、僅かな気配も漏らさないよう索敵も一切しないで隠匿に徹する。
勿論、アレーシアとハースを信頼しているからな。そういう事にしておくんだ。
そんなこんなで暫く歩いているが、山岳狼が襲って来る気配は今のところ無い。
アレーシアもハースもシッカリと周囲を警戒しているのは、後ろから見ているとよ~く分かるのだけど……も。だけどもな。
ハースは俺の気配がしなくて不安なのか、チラチラチラチラ……と、後ろを振り返っては俺の目を見て「ニッ」と笑うんだ。
守ってあげたくなるってぇの!
そんなハースがピタっと立ち止まったので、アレーシアが声を掛けた。
「どうしたのハース?」
「…………後ろ」
小さな声で呟いたかと思うと、バッと後ろを振り返った。
だがさっきまでのハースと違い、俺ではなくて更にその後ろ――
つまりは、今歩いて来た道をジッと見つめているのだ。
「ハース? 私には後ろから山岳狼の気配は感じないのだけど……いるの?」
「……違う、狼じゃない」
ハースの様子が明らかにおかしい。
眉間に皺を寄せ、見たことのない訝し気な顔をして遠くを睨みつけている。
これは尋常ではないと、俺も直ぐに索敵を再開した。
「いるな……」
野獣のモノではない、常軌を逸した殺意の気配。
まだだいぶ距離はあるが、ハースはこの異常な気配を感じ取っていたのだろう。
それにしても……この殺意に満ちた感情は何だ?
標的を定めていない。場当たり的に殺戮を行っているような異常者の気配だ。
「ハース、アレーシア、前に出るなよ」
「ターナス様、この気配は恐らく野盗かと思われます」
「……野盗……やとぉ……やとおぉ……グルルゥゥゥ……ヴァアア……ッ」
「ハース‼」
それまで警戒心と懐疑心で訝し気な表情をしていたハースだったが、「野盗」と聞いた途端に憎悪の感情が溢れ出して飛び出しそうになった。
慌てて抑え込んだが、これがハースなのかと疑いそうになる程に、狂気を剥き出しにして唸っている。
力を緩めれば直ぐにでも、飛び出し暴れ狂うのではないだろうか。
「落ち着け、ハース! 落ち着くんだ!」
「グルルルルルルゥゥゥ……」
「どうしたの? 一体どうなってるの?」
見たこともないハースの異常な行動に、アレーシアも困惑しているようだ。
「……ハースは家族を野盗に殺されてるんだ。ハースの気持ちは分かるが、この状態はマズイ。兎に角いったん落ち着かせないと」
「でも……どうすればいいの?」
「取り敢えず……」
やむを得ず、ハースに鎮静の魔法を掛ける。
それまで牙を剥き唸っていたハースだが、次第に意識を失い眠ってくれた。
「アレーシア、この場から少し離れよう」
ハースを抱えて山道から外れ、道を見下ろせつつ三人が身を隠せる場所へ駆け上がると、そのまま隠匿魔法を掛けてからハースを降ろした。
野盗がこの辺りに来るまでは、まだ多少時間がある。
「ハースを起こすぞ」
「大丈夫なのですか? またさっきみたいな事に……」
「大丈夫だ。鎮静解除と同時に平静魔法を掛けるからな」
心配するアレーシアを落ち着かせ、ハースに鎮静解除と平静を掛けた。
静かに寝息を立てていたハースの瞼が、ゆっくりと開いていく。
「ターナス……さま……?」
「ああ、俺だ。分かるか?」
「……はい、わかります。あの、ターナスさま……その……」
「心配するな。お前は少し動転しちゃっただけだから」
「あ……はい、あの、すみませんでした」
「大丈夫、気にするな」
自分に何が起こったのかを覚えてはいるが、平静魔法のおかげで落ち着いている。
「ハース、私が分かる?」
「アレーシアさん……あの、ごめんなさい」
困惑していたアレーシアも、ハースがシッカリと意識を持ち、何が起き何をしたのかを理解しながらも落ち着いていると分かり、ようやく安堵したようだ。
さりとて、あまりゆっくりしている余裕は無い。
ハースさえ問題なければ、野盗への対策に取り掛かりたいところだが……。
「どうだハース、動けそうか?」
「はい、大丈夫です。すみませんでした、ターナス様」
「うむ。それじゃあこれから、野盗をぶちのめす計画を立てるぞ? アレーシアもいいか?」
「「はい!」」
さて、では野盗殲滅作戦を練るとするか。