第19話 人獣無害
ハースとアレーシアが解体した猪型野獣の肉を魔法で水分飛ばし、即席乾燥肉にしたら――
何故かアレーシアに白い目で見られてしまった。
解せん……。
「こうすれば直ぐに乾燥するし、何より此処で野宿する必要もなくて良かっただろう?」
「それはそうですけどね。ターナス様がやる事は度が過ぎるんですよ」
これは、普段の行動では魔法は自重しないとダメか? ダメなのか?
アレーシア曰く――
「詠唱を必要としない魔法が使えるのは魔族だけ」「その魔法でさえ、大掛かりな魔法は短いとは言え詠唱を必要とする」「そもそも魔法も魔術も普段使いなどしていれば、あっと言う間に魔力が尽きてしまう」「つまり、肉を乾燥する為だけに魔法や魔術を使うなどあり得ない」等々。
否、他にももっとクドクドと「やり過ぎ」を説かてしまったのだが、これからは「人前ではしない事」と注意されて終わってくれた。
――反省。
シッカリと乾燥させたので程好く小さく縮んだ肉は、乾燥させる前と同じ様に剥いだ皮で包む。
乾燥前とは雲泥の差で大荷物とはならなくなった……が、それでもまだミカン箱で三箱分くらいはある。
「乾燥させたとは言え、まだまだ結構な量になりますね。三人で分担して持ちますか?」
「あぁ―そのぉーなんだ、アレーシア。空間収納――」「ハアッ⁉」
あっ、アレーシアが目を見開いたと思ったら……今度は閉じて項垂れちゃった。
いやぁ、二人がせっせと包んでる間にな、もしかしたら空間収納が出来るんじゃないか? って思って試してみたんだよなぁ。
そしたら、“普通に”収納出来る空間を創り出せたんだよねぇ……。
「……出来るんですね? 空間収納」
「ああ、出来る……ぞ」
「すぅぅぅう……、はぁぁぁ……っ。それではお願いします」
「……了解」
止めてっ! そんなジト目で見ないでくれっ! 便利じゃないか。便利だし、二人も楽出来るんだから良いじゃないか。
う~ん、これもアレーシアに言わせれば “やり過ぎ” の部類に入るのか?
解せん……。
乾燥した肉を空間収納に入れて、再びランデールを目指して歩き出した。
沢山あった肉が異次元に消えていくのを見たハースは、それはそれは真ん丸に見開いた目を輝かせ、尻尾をピンと立てて「凄い!」とか「流石!」とか「私も入ってみたい!」とか言って喜んでたけど……いや、入れないよ?
まぁ、無邪気で可愛いじゃないか。なぁアレーシア、そう思わんか?
……ジト目でこっち見んな。
道中、暫く行くと一件の建物が見えた。
アレーシア曰く、夜間の山越えを避けたい人の為にある宿屋なのだそうだ。
「俺達はどうするんだ? まだ日は高いが」
「野営の用意がありませんから、今夜はこの宿に泊まって、明日早朝から山越えするのが無難かと思います」
「そうか。じゃあ此処で……と、ちょっと待った。宿代は幾らくらいするんだ?」
「この手の宿屋は安く提供していますし、丁度干し肉もたんまりありますからね」
「宿屋に売る……って事か?」
「はい」
なるほど。そういう取り引きもあるワケか。
なかなか頼りになる女だ。
宿屋のカウンターで「干し肉を宿賃の代わりに提供したい」と申し出ると、食料品は多いに越したことはないとの事で、宿屋の主も快く受け取ってくれた。
因みに、主は猫獣人族だった。
俺とアレーシアを見ても特に警戒する素振りもなかったので、理由を聞いてみると「匂いで分かりますよ。お客さんからは獣人族の生活の匂いがしますしね。それに、ガーネリアス教徒から漂う嫌な気配もありませんし」と笑って言う。
つまり……匂いはアダルやセサンで寝泊まりしてたのが染み付いてたって事か。ガーネリアス教徒の気配ってのも、獣人には分かるものなのか。少し勉強になったな。
こうして無事に部屋を取る事が出来たワケだが、何故か三人で一部屋である。
「何部屋も取るなんて勿体ないではありませんか。それに、私はターナス様を信頼していますので……大丈夫……ですよね?」
「ああ、大丈夫だ。信用してくれ」
「ありがとうございます」
当たり前だ。ハースの居る前で何をするってんだ。
いや、ハースが居なくても何もしないけどね。
という事で、三人一部屋なのだが―ー――ベッドは二つ。
これは俺とアレーシアがそれぞれ使うと、ハースとアレーシアが決めた。
では、ハースは何処で寝るのかと言うと――勿論、俺と一緒のベッドだ。
何故かって? だって既にハースは俺と一緒に寝てるからなんだと。幌馬車の中で。
だから「一緒に寝るのは当然でしょ? 何かおかしいですか?」と、逆にハースから問い質されてしまうと、確かに今更何を気にすることがあるんだ。と、納得するしかないではないか。
そんなワケで、宿屋で一夜を明かした。
勿論、“何事も無く”だ。
そして翌日――。
「それじゃまあ、気を取り直して出発といくか」
ランデール目指して、山越えの開始だ。
普段なら朝飯は無いのだけれど、念のためハンガーノックにならないよう、軽めの朝食を摂らせておいた。
山道を歩き進めて暫く行くと、風景は多少なりとも平地とは異なってくる。
ただ、「山越え」と聞いて日本の鬱蒼とした峠道をイメージしていたのだが、意外にも木々が開けていて明るいし、どちらかと言えば“整備された高原の道”といった感じで歩きやすい。
既に歩き始めて2時間ちょい経過してるが……まぁ、体力の消耗なんて微塵も感じない俺には、散歩してるのと同じなんだけどな。
とはいえ、見た感じでは標高1500m級はあるだろうし、生身の人間――と猫獣人の二人にとっては、歩いて登るのは結構酷だと思うのだが……。
「ハース、大丈夫か? 疲れてないか?」
「はい、ターナス様。まだまだ全然大丈夫ですよ!」
「そうか。辛くなったら我慢しないで言えよ?」
「はい、分かりました!」
アレーシアはこれを「山一つ越える程度で、それ程でもない」と言うくらいだったし、ハースも獣人族だけあって、体力は見た目以上にあるのだろうな。
返事もシッカリしてるし、見た感じでは本当にまだ疲れてはいなそうだ。
「アレーシア、お前も疲れたらちゃんと言ってくれよ」
「はい、ありがとうございます。それよりもターナス様、これから先は少し周囲に気を付けて進むようにしてください」
「何かあるのか?」
「山岳狼の生息地になると思います」
「狼の野獣か……それは結構危険な部類に入るんだな?」
「う~ん。危険と言えば危険なのですが、山岳狼は警戒心が強い上に頭が良いので、それなりに面倒な野獣なんですよ」
「……と言うと?」
アレーシアの説明によれば、山岳狼は自分達と相手との力の差を計り、相手が自分達よりも弱い、或いは少数と見れば襲って来るが、強い相手、或いは数が多過ぎて自分達にも被害が及ぶと感じると襲って来ないのだと言う。
ならば熊除けの鈴みたいに、予めこちらの存在を示しておけば寄って来ないのでは? と言うと、音を出すと却って偵察しに近付いてくるから逆効果なのだとか。確かに面倒だ。
「あれ? ちょっと待ってください……」
アレーシアは何かを察知したのか、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。




