第18話 死神降臨
自分に掛けている認識阻害。
それをほんの僅かだけ緩めて、敵意剝き出しにしてきたローブの男達に向けて軽微な気迫を放ってやる。
「な……なん、なんだ……」「あ……あひィィィ!」「な、何なのだこれは! き、貴様は……何も……の……クッ……」
本当に軽微な覇気を向けただけなのだがな。それなのに、こいつ等は腰を抜かして身動き出来なくなっていやがる。
これは死神の気迫ってやつになるのか。
「俺が何者なのか知りたいか? 折角だから教えてやろう。俺はなぁ――――」
ここで更に認識阻害を緩める。
――と言っても、あくまでもローブ男達だけに俺の存在を“認識”させてやるわけで、少し離れた所にいるハースとアレーシアには、気配を感じる事が出来ない。
「こ、これ……は……」「ばか……な……⁉」「……」
顔面蒼白になりガクガクと震え出す男達。
絶対に敵わない存在だと感じたはずだ。
「俺は――――」
「し、し、死に……死神……タナ、トリ……」「違うっ、違うのです! 私はただ……命令されただけで」「おた、おた、お、お、おおおおお……お助けををををぉ」
「俺は死神ターナ……ス……」
「捨てます! ガーネリアス教の信仰など捨てます! ですからタナトリアス殿、どうぞ、どうぞ命だけはぁぁぁぁ!」
「な、何を言っておる! 死神なんぞに、い、命乞いするなど、か、神が許す、許す、許すわけなかろう!」
「神よ……神よ……神よ……」
こいつ等、俺の言葉を全然聞いちゃいない……と言うか、タナトリアスって何だよ、名前間違えるなっての。
「……黙れ」
「「「ヒッ……!」」」
「お前等、猫獣人と俺を“道具にする”って言ってたな?」
ローブ男達は無言のまま、蒼白な顔に汗を垂らして震えるばかりだ。
「お前等の国には、道具にされてる亜人種族が居る……という事だな?」
怯えるだけで、答えられないか。
「答える気が無いのなら――」
これ見よがしに右腕を振り上げて、魔法を掛けるような素振りをすると……。
「居ります! 亜人種はトラバンスト聖王国に囚われて居ります!」
「……そうか」
「お、お答え致しました故、どうか……どうか命だけは……」
「いや、死んでもらうよ」
「なっ……⁉」「お待ちを! 我等はまだ何もして――」
「する気だっただろ?」
男達の言葉を遮って糺すと、それっきり口を噤んで……否、それ以上言わせない。
処分されるのは、こいつ等の方だ。
さて、大きな声で騒がれても面倒だし、ハースとアレーシアを放っておくワケにもいかないし、さっさと片付けてしまうか。
死神らしく演じてみるのも……面白いかな。
「呪縛――」
ローブ男達の体を魔法で拘束し、言葉も発せられないようにする。
自分達に掛けられた魔法の効力に、愕然とし……迫る死の恐怖に慄いているようだ。
「貴様等のような輩が、この世に存在していたという事すら反吐が出る。塵芥となるがいい」
男等を球状の結界で蔽う。体を動かす事は出来ないが眼球だけはグルグルと動き回っている。
その球体の結界の中で炎を焚く。
男等はその炎を見つめて怯えている。それはこれから自分等がどうなるのかを察したからだろう。
「地獄へ堕ちろ、死絶の業火!」
結界の中を地獄の業火で焼き尽くし、奴等を微細な灰燼と化してやった。
そして結界を解くと、その灰燼は僅かに吹く微風に乗って散って行き、見る影もなくなった。
焼き尽くした場所と自分の手を見るが、 やはり人間中心主義を信仰する人間を殺しても、何とも思わないな。感傷に浸る? 寧ろスッキリしたくらいだ。
これからもっと、こういう事が増えてくるのかもしれない。ランデールに着くまでは、ハースを一人にするのは危険だな。
まぁ、人間であるアレーシアが一緒なら無闇に襲われる事は無いだろうけど。
「さて、そのハースとアレーシアの解体作業は、どうなってるかなぁ」
トコトコと何事も無かったような素振りで二人の下に戻ると、猪型野獣の解体はほぼ終わろうとしていた。
「おっ、随分と早く解体出来たな」
「ターナス様に施術して頂いた、このナイフのおかげ……なんですけどもね。これ程良く切れるナイフなんて、熟練のドワーフだって打てやしませんよ」
ほぼバラし終わっている事にびっくりしつつ、一応は褒めたつもり? なんだけど、アレーシアはどうして俺にナイフを向けているのだろう……?
こいつを解体する前に、燻製肉で試し切りしたじゃないか。
「良く切れるのは分かってるんです。分かってるんですけど……。余りにも良く切れるから、切っちゃイケナイ所まで切りそうになったんです……って、分かります? 野獣の解体をするのに、最低でも一刻は掛かるんですよ。皮を傷付けないよう気を付けて、肉を削いで、牙や爪も切り落として。それが……まだ影の形も変わってないじゃないですか」
「ああ……っと、早く終わった方が良いんじゃないか? 切っちゃイケナイ所は、切らなかったんだろ?」
「勿論、気を付けて切りましたし、それに早く終わった方が良いに決まってます。ただ……」
「ただ……何だ?」
「もっと早く、このナイフが欲しかったです」
要は嬉しいんだろ? ハッキリとそう言えばいいのに。
「ターナス様、ターナス様!」
今度はハースか。こっちはこっちで喜んでるようだ。
「おお、ハース。お前はどうだ?」
「凄い良く切れて楽しかったですよ。もう、こうやってスーッて切って、サァーってやって」
「ああ、ハースが楽しんでくれて俺も嬉しいぞ。でも良く切れるから、扱いには十分気を付けてくれよな」
「はいっ!」
ハースの表現方法は相変わらずオノマトペだが、気持ちが伝わるって意味では分かり易い。
ま、放っておくといつまで続くかワカランし、フンスと鼻を鳴らして自分の手柄みたいに胸を張ってるのも、それはそれで可愛いがな。
しかし、結構な巨躯の猪型野獣だったから、解体してもそれなりの重量物だ。これを運ぶ手立ては考えているのだろうか。
するとアレーシアは、肉は持って行ける分だけを剥いだ皮で包み、牙も一緒に縄で結んでおいて背負うのが普通だと言う。
残った肉は一旦そのままにして、近くに村でもあれば立ち寄って、村人に「提供するから取りに行け」と伝えるのだと言う。代わりに、その村での滞在許可、及び寝床と食事を提供してもらうのだとか。
ただし、ギルドがあるような街の近くであれば、第三者に横取り換金されるのを防ぐため、パーティーの誰かが残って番をし、その間に仲間がギルドへ走り鑑定士を連れて換金の手続きをするらしい。
もし村も集落も無ければ……他の野獣か魔物が食べてしまうから何も問題ないと。
ふむ、少し広範囲に周囲探知をしてみるが……人が住んでる気配は無いな。
「アレーシア、この先暫くは人の住んでる気配が無い。この肉は干し肉にしたらどうだ?」
「いえ、ターナス様。干し肉にするには数日掛かります。それだと此処に滞在する事になりますから、今回は諦めましょう」
「いや、乾燥させればいいのだろ?」
俺は全ての肉を薄く切って並べさせた。これなら塩を使わなくてもある程度保存が効くだろう。
そして、魔法でじんわりと――だが時間を掛けずに、肉から水分を蒸発させていく。
「ああ、そういう事ですね……」
なんだかアレーシアの呆れたような視線が……冷たく突き刺さる。




