第146話 だいじな事でした
トラバンスト聖王国との国境線における戦闘は、ガットランド王国の「無敵部隊」導入によりトラバンスト軍を押し返し、今では戦場をトラバンスト国内へと移してそのまま進軍しているらしい。
この世界での国家間の戦争のやり方がどういったものなのかはワカランが、一応は兵站に関する事も理解しているようなので大丈夫だろう。
そして今は、俺たちがトラバンストへと侵入するルートの説明を受けている。
「タナトリアス公とお仲間方は、グーレディアから聖王国へと入るのがよろしいかと思います」
王国騎士団長だという男がテーブルに広げた簡易的な地図の一部を示した。
「その、グーレディアというのはどういう所なんだ?」
「はい。グーレディアは古くからのトラバンスト聖王国との交易の地であります。国同士が戦争になっても、物品の交易はそう簡単に止めるワケにはいきませんので、此処であれば容易くトラバンストへ入国する事が可能かと」
「その場合、例えば商人に変装して入国する……とかか?」
「いえ、皆様方なら冒険者として問題ないかと」
「冒険者のままで? 武器を持っていても止められたりしないのか?」
「はい。冒険者は国家に縛られない職業ですから。勿論、一等級や特等級の冒険者となると、その国の要人や貴族等と繋がりが出来ますので多少は入国に際して問答があるかもしれませんが、それでも戦争とは無関係であることを告げれば通常は問題ありません」
「そういうものなのか?」
ふと、グレッグやパイルたちに顔を向けて聞いてみると、二人ともコクコクと頷いている。なので、騎士団長の言っている事はこの世界では当然の事なのだろう。
再び騎士団長に相向かって訊ねる。
「ふむ。それで、そこへ行くのにはどのくらいかかる?」
「馬車で一日半ほどです。現況を鑑みても今日明日程度では大きく戦況が変わる事はないでしょうし、寧ろ勢いのある我が方が攻め込み過ぎないよう加減する必要があるでしょう。グーレディアからトラバンストに入国しましたら聖王国の冒険者ギルドに寄っていただき、ギルド発行の通行証を入手して下さい。トラバンストではガットランドの通行証は通用しませんので」
「まぁ、その辺の事は俺に任せてくれ。一応は俺もトラバンストの出だから勝手は分かる」
軽く手を挙げてグレッグが言った。そういえばグレッグはトラバンスト出身だといってたっけ。
「ああ、助かる。それじゃあスグにでも準備に取り掛かるとするか」
全員が大きく頷いて会議は終わりとした。
宰相や大臣たちが簡単に俺に声をかけて部屋を出ていき、あとは俺たちだけになるとパイルが大きく伸びをしながら口を開いた。
「私のような獣人種族がトラバンストに行くって……考えたこともなかったですよ」
「そうか……。スマン、やっぱり不安だよな?」
「ん? いえいえ、全く不安はありませんよ! そりゃあ以前ならそんなの死にに行くようなもですから、間違っても嫌でしたけどね。今じゃ逆に何が出来るか楽しみでしょうがないですよ」
ケラケラと笑っているが……確かに、あの顔はどうやら本音のようだ。
隣でシーニャも薄ら笑いしているし、本当に大丈夫そうだな。
――が、一方でレトルスはまだ複雑な表情をしている。
「レトルス、やはり心配か?」
「あ、いえ。そういうワケではないのですが……。戦闘に関しては正直、何も心配していません。それよりもトラバンスト聖王国自体が今まで禁忌的な地という認識でしたので、ガットランド王国とどう違うのかが気になるといいますか……」
「取り敢えず、気をつけたいのは聖王国騎士団と中央聖騎士団かしら。どちらも人間中心主義そのものなのだけれど、聖王国騎士団と中央聖騎士団は性質が少し異なるのよね」
レトルスの心配事に対してアレーシアが答えると、更にグレッグが続けた。
「聖王国騎士団は何の躊躇いもなく亜人種族狩りをするような連中だ。兎に角、見つけ次第殺そうとするような連中だな。逆に中央聖騎士団は亜人種族を奴隷として捕らえるのが主体だ。まぁ、どっちも攻撃的ではあるが」
「ただ、騎士団の中には私たちと同じ考えを持つ者も少なからずいるから、初見でいきなり殺したりするのは……ちょっと待ってほしいの」
「まぁ、確かに道中も、亜人種族を逃がす手伝いをしていた元騎士団の連中もいたしな。流石に出合い頭でぶっ叩くワケにもいかないか」
「ガルメリア宰相だってグレアモルドだって、根っからの人間中心主義じゃなかっただろ」
「そういや、そうだな」
トラバンストへ行く前に、改めてこの事に気付けたのは良かったかもな。
こんな話をしていなかったら、それこそ騎士団と出合い頭で皆殺しにしてたかもしれん。アブナイアブナイ……。