第142話 おそらくは御前会議
「やはりトラバンスト聖王国は我が国と事を構えるつもりのようですな」
トラバンストからの返答を受けて政務に係る者たちが呼ばれた。
俺たち<不気味な刈手>も全員が出席している。まぁ、ハースはちょっと場違いではあるが外すワケにもいかないのでこの場にいるが……ちょっと退屈そうだ。
その中でガルメリア宰相が発した言葉に王国関係者が険しい顔をしている。
そもそも討伐前にトラバンスト聖王国には「反逆貴族に加担したトラバンストを侵攻とみなす」と通告しておいたのだから、最初からトラバンストは戦争をするつもりだったのだろう。
「あの……タナトリアス公はどのようにお考えでありましょうか?」
「俺の考えとは?」
シェレル女王の摂政であるローデンサスが、小さく挙手をしながら、恐る恐る俺に訊ねた。
「戦争になった場合、その……公は我が国にお力添えしていただけるのか……と」
「力を貸すも何も、俺のやる事はただ一つ。『人間中心主義』を無くす事だ。今回の件があろうとなかろうと、トラバンストが亜人種族を迫害しているのなら、それを終わらせるだけ。ガットランドが『人間中心主義』を放棄して種族差別を無くした今、それを守るのは当然の事だろう?」
「あ、ありがとうございます……」
俺の言葉に政府関係者は皆、ホッとしたような表情をしているが、正直、他人任せじゃ困るんだがな。まぁ国の主戦力がほぼ壊滅しているような現状では仕方がないだろう。
……そもそも壊滅させたのは俺達だし。
「では聖王国への返答は、如何様にするのが最善かと思われるか。意見のある方はおられるか?」
ガルメリア宰相が座している一同に向かって強い口調で言葉と顔を向ける。
皆、考えているようで俺の顔をチラチラの見ている。要は俺に全部放り投げたいんだろうな。
とは言え、ガルメリア宰相もその事は分かっているようで、少々渋い顔をしてそんな一同を睨みつけているので、ハッキリと提案する事が出来ず縮こまっていた。
「ガルメリア宰相、今現在動員出来るこの国の兵力はどのくらいだか分かるか?」
「はい。現在戦力として動けるのは私の直轄騎士団を含め、正騎士およそ450~500、一般兵が1万~2万ほどでしょうか。ただ、あくまでもこれは新女王に忠誠を誓った事が確認できている貴族が保有するだけの数なので、実際にはもう少し多く動かせるはずですが―ー」
「いや、別に総動員させるつもりで言ったワケじゃない。まだこの国は新政権になって間もないし、一般の民衆の中には俺を含め仲間たちに対して敵愾心を持っている奴も少なからずいるだろうからな。国内の警備を緩めるワケにはいかない。それに、正直言って、まだそんなに動ける兵力があるとは思ってなかった」
「は……はぁ、そ、そうですか……?」
もっともそりゃそうだ。俺たちが相手にしたのは王都に居る騎士や衛兵だけだもんな。
「グレッグ、どうだ? トラバンストを制圧するのにどのくらいの兵力が必要になると思う?」
隣に座るグレッグに訊ねると、目を伏せ腕を組みつつ暫し唸り、口を開いた。
「やり方次第ではあるが、ユメラシアの連中と同じような“無敵部隊”を作って編成すりゃあ、数百人いればどうとでもなりそうじゃないか?」
グレッグの「数百人」という言葉に政府関係者は一様に驚きと懐疑でザワつきだした。
「グレッグ殿、いくらなんでも数百人というのは……流石に無理ではないだろうか」
「確かにタナトリアス公やグレッグ殿たちは、並外れた戦闘力をお持ちであると伺っているが……」
「その、ユメラシアと同じ無敵部隊というのは、一体どのようなモノなのでしょうか?」
一人が発言しだすと、途端に他の連中もアレコレと追及しだす。
そんな連中を見てグレッグが俺に目配せをする。
俺に説明しろってか……。
「知ってるとは思うが、トラバンストはユメラシアにも侵攻している。俺たちはそんなユメラシアの魔王軍の一部に“絶対に死なない魔法”を掛けて戦場に送り出した。因みに、俺たちと戦ったこの国の騎士や衛兵なら、それがどんな魔法なのか嫌というほど味わったはずだ」
俺の言葉に更に場がザワつくと、ガルメリア宰相が近衛騎士を呼び寄せ耳打ちをし、近衛騎士は軽く会釈をして会場から出て行った。
束の間を置いて扉が外からノックされ、グレアモルドを先頭にザーラン、ケルツ、ナッスルの四人が入ってきた。
成る程、彼等に説明させるつもりか。
ガルメリア宰相に促され、まずはグレアモルドが前国王と教王とを葬った際の王城戦で自分が見た事を述べた。
王城であった戦闘行為を見てはいないものの、報告は受けていたはずの貴族たちだが、実際に戦闘行為に携わったグレアモルドの言葉に驚愕している。
そして次に、ザーランたちが今回の反乱貴族討伐において、自分たちが受けた『絶対的身体防護』の魔法の効果をしどろもどろに話し始めた。
ところが、最初はしどろもどろだったザーランたちだが、話しているうちに興奮気味になり身振り手振りを大きく交えて話しだしたので、途中でガルメリア宰相に制止されてしまった。
そして、四人の話を聞いた政府関係者は……その後誰も口を開かなくなってしまった。
「女王陛下、ご判断をお願い致します」
立場上、会議には出席していたが、ほぼお飾り状態のシェレルにガルメリア宰相が判断を委ねる。
判断力の有る無しは別として、やはり国のトップの言葉が必要になるのだろうから、おそらくは御前会議的な場として必要なのだろう。
「皆さんにお任せします」
10歳かそこらの子供に戦争になるか否かの外交的政治判断が出来るわけがない。どうせ「最後に判断を委ねるから“そう言え”とでも言われたんだろう。
そして、結論はトラバンスト聖王国へ「今回の内政干渉への謝罪と軍事介入未遂に対する説明」を求め、「返答如何によっては戦争も辞さない」と通告する事が決まった。