第134話 いざ、出発
※一部表現を修正しました。
ジェネリアス領へはガルメリア侯爵が用意してくれた馬車を使うとのことで、俺とパイル、そして選抜されたナッスル、ケルツ、ザーランの三人の騎士で馬車のある離宮前広場へと向かった。
「こいつは単なる移動用の馬車とは違うな?」
馬二頭立てで、馬車本体も外装が革と鉄板で強化されて装甲車のような見栄えだ。
「これは戦場を強行突破するために作られた特別性の物です。敵を押し退けて突撃する際にも使いますが、それとは逆に戦線を離脱する際に使う事も間々あります。まぁ、言ってみれば『死守すべきモノ』がある時に使う馬車ですね」
なるほど。中々面白い馬車があるもんだ。
馬車をマジマジと眺めていたら、ナッスルが声をかけてきた。
「タナトリアス公とパイル殿は中へどうぞ。座席は幾分改良しておりますので、座り心地は多少マシになってます」
「馬車の座り心地なんてどれも同じだろ。そもそも、俺たちが使ってる馬車なんて荷馬車だもんな」
「そうですね。座り心地も何も、積み荷と一緒ですからね」
思いっきりの笑顔でパイルが言うが……。
そう、俺たちが普段使ってる馬車は幌が付いた単なる荷馬車なんだ。要は幌付きトラックの荷台で移動してる俺たちにとって、屋根付き座席付きの馬車なんて旅客バスみたいなもんなんだよ。
ナッスル達も若干引き気味に苦笑しているのが悲しい。
「まぁ、それは兎も角、どうぞお乗りください。ザーランは車内待機。ケルツは後方警戒。俺が最初の案内をする」
俺たちが馬車の中に入るとスグにナッスルが他の二人に指示を出し、ザーランは御者台のすぐ裏にある座席へ。ケルツは馬車の後部にあるデッキ部にそれぞれ就き、ナッスルがサッと御者台に座った。
「では出発します」
ナッスルが手綱を振り上げて馬車が動き出す。
パカ、パカ、パカ、パカパカパカパカ、パカラッパカラッパカラッ……
ゆっくりと動き出した馬車は、然程置かずスグにスピードを上げて行った……が。
ん、んんん?
駈歩……襲歩は流石に無理だとしても、このスピードじゃいくらなんでもだな。
この走りで四日って事か。これは馬にとっても良くない。
「ちょっと待て!」
「な、何かありましたか⁉」
ちょっと焦り気味で声を掛けてしまったのか、ザーランは何か粗相をしてしまったのかと緊張してしまったようだ。
「この速度の移動で四日掛かるんだろ?」
「ええ。ですが、流石に長距離ですから、これ以上の速度はちょっと……」
「いや、それは分かってる。だが、やはりこれでは遅い」
「しかし、これ以上だと馬に負担が掛かってしまいますし、それに、これでも途中で何度か休ませないと今日一日すら持ちません」
「ああ、分かってる。だから馬に頼るのはやめて、魔法で移動する」
「魔法で……ですか?」
驚くザーランをよそに、パイルの方は目を輝かしていた。
「タナトリアス様、目標が無いと転移は出来ないんですよね? 瞬間移動ですか?」
俺は今、人間の姿をしているから普段のパイルなら「ターナスさん」呼びなのだが、どうやら騎士に対して俺の存在位置を合わせているようだ。
パイルは空気が読めるのか気遣いが出来るのか、ワリとその場の状況で態度や言葉遣いを変える。これは他のメンバーには無い特徴だったりする。
「いや、瞬間移動じゃない。アレはまだ人を連れて移動出来るか試してないだろ? だから超速移動ってのをやってみようかと――」
「おお~っ、新しい魔法だぁ!」
そりゃまぁ、さっき考えたからね。
「それで、どんな魔法なんですか?」
「いやいや、ちょっと待てって。取り敢えず本当に可能かどうか、試してみる所からだからな」
【超速移動】何の事はない。要は浮遊というか、地面から浮き上がった状態なら襲歩よりも早く移動出来るんじゃないか――っていう考えなワケで。
イメージとしては『空飛ぶ絨毯』だな。
まずは急な状況変化で馬がパニックに陥るのを防ぐ。
大地を蹴って走っていたのに、急に浮き上がったら人間だって動転する。そもそも馬は非常に繊細な動物だからパニックに陥りやすい。
『沈着』
馬に落ち着かせる魔法を掛けると、次第に速度を落としてゆっくりと歩きだし、最後はそのままストップした。
尤も、これは魔法というより暗示に近いか。
馬を制御していたナッスルが焦っているようなので、ザーランに事情を説明させる。
後方警戒していたケルツにはパイルに説明させた。
馬車全体が一枚の板に乗ったイメージで浮遊させたら、高速移動する際に生じる風圧を無くすために、馬の手前に風防をイメージした結界膜を張る。
「ナッスル騎士。行く方向を教えてくれ」
「は、はい。取り敢えずは、この道を暫く進みます」
「分かった。じゃあ、行くぞ」
空飛ぶ絨毯をイメージしたまま、ナッスルが示した方向へ馬車を飛ばす。
「こ……これは……」
ナッスルたち三人の騎士は目を見開いて驚愕し、振り落とされまいと両手で馬車にしがみついていた。
勿論、振り落とされるようなことは無いのだけど、無意識にそういう行動を取ってしまうのは仕方ないだろう。
一方、パイルの方は――――
「ほぉ~! これはこれは! タナトリアス様、これは何という魔法ですか?」
同じように目を見開いて驚いてはいるが、馬車から身を乗り出して下を覗き込んだり、上を見たり後ろを見たりと忙しない。
「名前は別に無いが、これなら人間や馬に負担が掛からず高速で移動が可能だろ。猛禽類が超低空を滑空してるイメージかな」
空飛ぶ絨毯とか言っても分かり難いだろう。
「浮遊と移動の重ね掛けですね。フムフム……」
「それだけじゃないぞ。馬の前に結界を張ってる。勿論、結界の形は平面じゃなく流線形になってるがな」
「流線形? それはどういう意味ですか?」
「風の抵抗を受け難くしてるんだよ」
――と、手を広げて空気抵抗がどういうものかを説明してやると、熱心に聞き入りながら魔術での再現方法を考え始めだした。
流石というか何というか……相変わらずだな。