第130話 意外と……
大聖堂での一戦後、その場に残って『人間中心主義』の教えに従順ではない者――、つまりは完全な人間中心主義者ではなく、亜人種族に対して好意的とまではいかなくても、蔑んだり嫌悪するような考えを持っていない者を探していたグレッグの所へグレアモルドを連れて戻って来ると、既に分け隔てられた集団が出来ていた。
「グレッグ、調子はどうだ?」
「ああ、この通りだ」
そう言ってグレッグは分けられた集団の数の少ない方を親指で示した。
パッと見では30人いるかどうか……ってところか。鎧を着た騎士が殆どだが、民間人らしき普通の恰好をした連中も数人いるな。この王都の中にこれだけの数の「理解者がいた」って事なんだろうけど、これが多いのか少ないのかはよく分からん。
「グレアモルド、どう思う?」
「そうですね。見たところやはり国外の出身者が多いように見受けられます」
グレアモルドに訊ねると、顎を指で擦りながら納得したように答えた。
「分かるのか?」
「ええ、南方の顔立ちの者が多くいますので、ユーゲンスト侯国やカラスト国などの出身者かと思われます。そもそもユーゲンストは元来亜人種差別の無い国ですが、カラストは近年になってガーネリアス教が蔓延……いや、改宗が進んで若い層に人間中心主義が広がってきているものの、年配者にはそれほど浸透しておりません。なので、見ていただけるとお分かりかと思いますが、やや年齢層が高いかと……」
年齢層が高いと言っても見た感じでは30代くらいが多いように感じるけど、もっともっと若年層にガーネリアス教が広がってるって事なのか。
まぁ、改宗なんてのはそう簡単にいかないモンだと思うし、元々の宗教に対して年配者は熱心な信者だったものの、若者はなんとなくその宗教に触れていたって程度だったんだろうな。
「俺にはあまりその……なんだ……この世界の人種の顔立ちの違いってのがよく分からんのだが、見る人が見れば分かるんだな?」
「そうですね。同じ犬人種族だとしても幾つもの亜種がいるように、人間族とて微妙に異なる亜種がいるものですので」
「亜種……ねぇ」
人間の人種の違いも、この世界じゃ亜種扱いかよ。
「タナトリアス様は人間族とは違いますもんねェ?」
俺とグレアモルドの会話に茶々を入れるように割り込んできたのはパイルだ。
「俺だって一応人間族だと思うぞ」
「一応……ですよね。もともとターナスさんは死神の国からやって来たわけでしょう? そもそも死神ってのは人間族じゃないですよねぇ?」
「いや、俺はもともと人間だってぇの! ただこの世界の人間じゃないだけで、元の世界でも極々普通の人間だったの。結果的にラダリンスさんに死神にされただけで――」
「パイル、そのくらいにしとけ。ターナスも本気にすんなよ」
少し呆れ顔でグレッグに宥められてしまった。くそゥ……。
「まあ、そういうワケで人間中心主義に懐疑的な者はこれだけだ。で、どうすんだ?」
「ああ、それじゃグレアモルド、彼等を尋問して本当に人間中心主義に懐疑的か、反意があるかを調べてくれ。シーニャ、悪いが付添って真偽の確かめて欲しい」
「心得ました」
「ん、了解」
一先ずはグレアモルドとシーニャに任せるとして――だ。
探し出してくれた<協力者となり得るかもしれない者達>の事をグレッグに聞いてみた。
「この人数ってのは、多いのか? 少ないのか? どっちなんだ?」
「俺が予想してたよりも騎士が多かったな。逆に民衆の中にはもっといると思ったんだが……こっちはハズレた」
「意外と民衆は『人間中心主義』に染まってると?」
「ああ。結局のところ王都にいるのは元々から王都に住んでた者が多いって事だろうな。だから家族がガーネリアス教徒なら物心ついた頃にはもうガーネリアス教の教えが植え付けられてるって事だ。逆に騎士が多かったのは余所から移住してきた者が多いって事だろう」
「そもそもだが、この国の生まれじゃない者がそう簡単に騎士になれるものなのか? 普通はこの国の貴族かなんかに生まれた者が、騎士団に入れるんじゃないのか?」
「いや、騎士は別に貴族だけがなるモンじゃないぞ。騎士っては騎士団への入団試験に合格すれば大抵の者――まぁ、犯罪者とかじゃなきゃ騎士になれる。あとは戦で武勲を上げた者だな。こいつは領主権限で騎士にして貰える」
成る程、そういう理屈か。
「それはそうと、王族の方はどうだったんだ?」
「ああ、第一王子ってのがいたが……コイツは国王よりはマシな感じだったが、それでも亜人種への侮蔑があることは否めなかったから処刑した。それで、第一王女ってのがいてな。こっちはまだ亜人種差別を教育されてなかったんだよ」
「へえ、そいつは驚きだな。王族なら物心つく前から『人間中心主義』を教育しているもんだとばかり思ったが」
「俺もそう思ってたが、グレアモルドによると王族や貴族は子供が十二歳になってからガーネリアス教の教えを学ぶそうなんだ」
「成る程。それじゃあ、その第一王女ってのはまだ幼いって事なんだな?」
「ああ。まだ十歳だ。それとその下に第二王子がいるらしい」
「……って事は?」
「取り敢えず、第一王女に女王となってもらって、彼女の叔父ってのがいるんだが、コイツもどうやら『人間中心主義』には染まり切ってないみたいだから、そいつに摂政をさせようかと思ってるんだ」
まだシェレルの叔父……ローデンサスが信用出来るかどうか分からんから決定ではないが、信用出来るならガットランドの『人間中心主義』を上から変えられるかもしれん。
ただ――そこに民衆が付いて来るかどうかだけどな。




