第128話 残された王族
国王と教王の死を告げると、固まり震える王族たちは更に絶望感に陥ったのか、力なく崩れたり、抱き合って泣き出す者もいた。
そんな中、一人の若い男が手を挙げる。
「私はガットランド王国第一王子、レビエンス・ガールド・グランドロスと言う。国王を殺めたのは其方であろうか?」
「如何にも。俺は【人間中心主義】を終わらせる為にこの世界にやって来た。人間族に虐げられている亜人種族を救うよう、ラダリンス神に頼まれたからな」
「ラダリンス神が……? 其方はいったい何者なのだ?」
「俺の名はタナトリアス。創造神ラダリンスによって召喚された死神だ」
「死神……タナトリアス……」
第一王子とやらの顔から血の気が失せたように見える。
「ラダリンス神は全ての種族の共存共栄を願っている。ならば亜人種族を害する人間族が亜人種族の迫害をやめれば済む話なんだがな。どうやら人間族……否、ガーネリアス教を信仰している者にはその気が無いようだ」
「……して、死神殿は此処にいる我ら全てを殺すのであろうか?」
「ふむ、どうかな。お前は第一王子だと言ったな? 王子であればこの国は勿論、ガーネリアス教会がやっていた事も承知していたんだろ? それを間違ってるとは思わなかったか?」
「魔族……魔族を筆頭に、亜人種族は総じて粗暴で教養も無い種族だ。そのような種族と人間族とは相容れない。それに、彼奴等は多くの人間族を害してきた」
「それは亜人種族にとっても同じだろう。人間族に害されたから仕返ししたんじゃないのか?」
「先にやったのは――――ッ」
「亜人種族だってのか?」
「……そ、その通りだ」
「いつだ。いつから亜人種族が人間族に害を及ぼしてきた?」
「そ、それは……魔族の存在が明らかになった時からだと、ガーネリアス教典に記してある」
「という事は――――誰も見てないって事だよな?」
そもそも、そんなものはガーネリアスが捏造したものだろう。
どんくらい昔にガーネリアス教が出来たのか知らんが、宗教の教典やどっかの神話なんてのは現実的にあり得ない事ばかり書いてあるお伽噺みたいなもんだからな。
尤も、獣人やら魔族なんてのが存在する世界も、本当ならあり得ないか。
何か言いたそうだけど何も言い返せないのが悔しいのか、王子様の手は強く握った拳がプルプル震えてやがる。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。かつてそう言った人物がいた。その意味は分かるか?」
「それは……人間族こそが唯一の……」
ダメだこりゃ。
「第一王子ってことは、お前が王位継承第一位だな?」
「……そうだ」
「第二位は誰だ?」
「それを知ってどうすると?」
「いいから言え」
「……」
フン、言いたくないらしい。そりゃあ今この時点での遣り取りからすれば、自分は不要と思われても仕方ないだろうからな。
ま、事実……否、まだ分からんか。
「あ……あのぅ……」
レビエンス第一王子の後ろにいた女子供の中から、小さな声とおずおずと挙げられる手が見えた。
「おいっ!」
「お前は黙れ」
「――ッ⁉」
小さな声を制した第一王子の口を魔法で封じる。
「今、手を挙げたのは誰だ?」
「わ……私です」
再び小さな声と共にゆっくりと手が挙げられた。
見た感じ、まだ小学校低学年くらいの子供だ。
「うん、君が第二王子かな?」
「あ、あの。私は王子ではありません。その……わ、私は第一王女シェレル・ガールド・グランドロスといいます」
王女……女の子だったか。
「そうか、スマン。では第一王女、続けて」
「は、はい。あの、お……王位継承第二位は……私の弟ですが、その……弟は、まだ小さくて……あの、その、まだ、何も知らないのです。で……ですから、その……私は王位継承第三位なので……その、私が代わりに……」
自分だって10歳にもなってないような感じなのに、その自分より幼い弟の身代わりを買って出るとは、なかなか出来たお嬢さん……否、王女か。
「弟が第二位という事は、この国では男に王位継承の優先権があるのかい?」
「は……はい、その通りです」
こんな死神だの悪魔だの冒険者だの言ってる敵意剥き出しの輩と相向うのは相当怖いだろう。怯えの感情は隠しきれてはいないが、それでも懸命に気持ちを抑えている姿は思わず申し訳なくなっちまうな。
「シェレル……だったかな?」
「はい」
「君は人間中心主義をどう思ってる?」
「わ、私は……その……正直申し上げて、亜人種族を見た事もありませんので、いったいどういう者達なのかよく分からなくて……。ですのから……あの……」
オドオドとしてはいるものの、嘘は吐いてないみたいだな。
「あの、タナトリアス殿」
背後からグレアモルドが声を掛けてきた。
「なんだ?」
「王室では齢十二になってからガーネリアス教の教えを学ぶ事になっております。シェレル王女様は未だ九つなので、人間中心主義についても学習される前だと存じます」
「ほう、そうなのか。俺はてっきり物心つく前から洗脳するように教え込むもんだと思ってたが、そうじゃないのか」
「あくまでも王室は――と言う事ですが。逆に聖職者の子供などは赤子のうちから人間中心主義を擦り込んでいます。今回ばかりは王族であった事が幸いだったのかと……っと! 申し訳ございません、幸いなどと――」
「いや、大丈夫だ。問題無い。グレアモルドさんの言う通り幸いだったようだ」
何しろ第一王子の方はやはり亜人種差別が定着してるしな。ここはシェレル王女と第二王子の方に期待するとして、第一王子の方は――――国王の跡を追ってもらうとしようか。