第126話 騎士の反旗
国のトップである国王と、ガーネリアス教のトップである教王が結界に閉じ込められたうえ、その結界の中で生きたまま業火に焼かれた。
その一部始終を目撃した民衆は、声を発する事も、その場から動く事も出来ずにただただ立ち竦んでいた。
「終わったんですね」
大聖堂の外で王宮の衛兵や騎士団の連中を相手にしていたアレーシアが声をかけてきた。
アレーシアやパイルも相当な無双をしていたようで、衛兵たちが早々に剣を降ろしたのも、彼女たちの強さを目の当たりにして半ば折れかけつつも維持していた戦意と士気を国王と教王の失墜で完全に敗北を悟ったからのようだ。
「これで一応は諸悪の根源を絶つ事は出来たけどな。ただ、だからと言ってこの国の人間族全てが亜人種族を受け入れるとは限らんよ」
「それは……そうですが……」
そう言ってアレーシアは周囲で言葉無く息を呑み事の成り行きを見守る――否、この先自分たちがどうしたらいいのかが分からないでいる民衆たちを見渡して、先行きを憂慮するかのように眉をひそめた。
そんなアレーシアにグレッグが言葉を放つ。
「まぁ簡単じゃねぇだろうが、たった数人の俺たちがこれだけの事をやったのを見てるんだ。本気で逆らうようなヤツはいないだろうさ」
「表立って逆らって来る者はいないでしょうけど、実際問題どれだけ『人間中心主義』の思想を排除できるか……ですよ」
「そこら辺はタナトリアスがどうにかするんじゃないのか? なぁ、死神様?」
「その言い方……。まぁそれは取り敢えず置いといてだ。この中に近衛兵はいるか?」
武装蜂起した衛兵や騎士たちに向かって問う――が、手を挙げるヤツはいない。当然か。
「別に今更危害を加えるつもりはない。国王は討ったが他の王族や役人がいるだろう。その者らが何処にいるのか知っている者がいたら出て来てほしい」
一様に互いの顔を見合わせたり俯いたり、周囲をキョロキョロ見渡して探している素振りをしていたりするが、名乗り出る者はいない。この中にはいないのか?
「自分は近衛ではありませんが、王族の居場所なら案内できると思います」
固まっていた衛兵、騎士たちの端の方から声がすると、声の主が他の者の間をかき分けて姿を見せた。
やや中年の域に差し掛かっているような風貌で、甲冑から見て騎士団のようだ。
「自分はガルメリア侯爵付き騎士団第三分隊所属のグレアモルドと言います。ここ暫くガルメリア侯爵に付いて王城にて護衛勤務をしておりましたので、王族や宰相らがいる場所はほぼ把握しております」
「王家や貴族を裏切る事になるぞ?」
「構いません。自分は元々亜人種族差別には嫌悪しておりましたので」
「……何故だ?」
「自分は元々ユーゲンスト侯国の生まれです。生まれ故郷では亜人種差別はありませんでしたから」
「それがどうしてガットランドの騎士団に?」
「両親の都合で子供の頃にこの国に移住しまして、その後、父から騎士団への入団を薦められて……という感じです。まぁ、率直に言いますと今までガーネリアス教の教えも実感がなかったのですよ。亜人種族は人間族に劣ると言われても、ユーゲンストでは犬獣人種族の子供と一緒に遊んだりしていましたし、教会で人間族が如何に至高な存在であるかを唱えられても、正直“ふうん”程度にしか思っていませんでした。騎士団に入っても仕事は侯爵邸の警備と王都への参勤の際の護衛が主でしたから」
「そうか。まぁ理由は兎も角、案内してもらおうか」
「はッ!」
敵である俺……しかも騎士団にとっちゃ厭忌であるはずの死神に対して敬礼なんてしていいのかよ。
「私もご一緒します!」「じ、自分も行きます!」
グレアモルドの敬礼が直らないうちに、数人の声が響いた。
グレアモルドが言うには自分の部下らしいが、やはり彼らもガットランドの生まれではない言う。どうやら彼の属する第三分隊ってのが、元々国外から移住してきた者の子息が多く、熱心なガーネリアス教の信者は少ないのだそうだ。
「グレッグ、そういうワケで俺たちは残ってる王族や政治家を探し出して……始末する事になると思う、多分」
「ああ、分かった。政のトップ連中なんてのはどうせ考えが変わらないだろう。とっとと始末した方が遺恨が残らなくて済む」
「それで、グレッグは生存してる騎士と衛兵を一カ所に集めてもらえるか? その中から『人間中心主義』に異議を持っている者を見つけたい。それと、民衆の中にも『反・人間中心主義』やガーネリアス教徒ではない者がいるかもしれないから、そっちも探して貰えると助かる」
「分かった、やってみよう。パイル、シーニャ、手伝ってくれ」
「ええ」「ん」
こちらの協力者になれる『反・人間中心主義者』をグレッグに探してもらう。
アレーシアのかつての仲間だった騎士や、方々で亜人種族の保護をしている元騎士団の連中だっている。既に救出した亜人種族の何人かは、トラバンストやガットランドの騎士団、そしてガーネリアス教の中央聖騎士団に所属していた元騎士が集まっている集落だ。
ならば、今この場にいる騎士や衛兵の中にも、同様に嫌々従事しているヤツがいるかもしれん。
「そうすれば、こっちはグレッグたちに任せて、俺たちは残った王族や政治に関わっている連中を探しに行くとしよう」
アレーシア、ハース、レトルス、リビエナ。そしてグレアモルド他五名の騎士を案内人として、崩れかけた王城の奥へと向かう事にした。