第124話 教王
玉座と思われる座に着く男と、それを囲む多数の兵士。
此処が王の間で間違いないだろう。
扉に向かってグレッグが数度剣を振ると、大きく分厚い扉が幾つかの木片に分かれて崩れ落ちた。
「邪魔するぜ」
意気揚々と王の間に踏み込むグレッグに続いて俺とレトゥームスも入って行く。
「キサマ等が例の死神を名乗る集団か。フンッ、ただの冒険者崩れではないか」
玉座に座っている国王と思われるジジイは、グレッグを睨みつけながら言葉を吐く。とても国王とは思えない言葉遣いだけどな。
「確かに俺は冒険者だが、まだ崩れちゃいないぜ?」
「フンッ、強がっていられるのも今だけだ。――彼奴等を殺せ!」
おうおうおう、こんなのが国王かよ。まったく酷いにも程がある。
とは言え、その国王の言葉を聞いたフルアーマーの兵士たちが、一斉に剣を抜きこちらに向かってきた。
一応は王の間だからそれなりの広さはあると言っても、所詮は壁と天井に囲まれた室内だ。大勢で寄ってたかって剣を振り翳したら同士討ちになり兼ねないのが分からないのだろうか……。
「はあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
グレッグが気合を入れるように声を発すると、剣身がバチバチと火花を散らし始める。
そして、向かって来る兵士たちに対して横一文字に剣を振り払った。
部屋の中に雷が落ちたかと思う程の大きな炸裂音がし、眩いばかりの閃光が走る。
耳を劈く炸裂音が治まり少しずつ聴力も戻ってくると、まだ小さくパチパチと音がしているのが分かった。
閃光で閉ざされた視界も戻れば、部屋の中は煙が立ち込めていて、仄かに焦げた匂いも漂っていた。
魔法で軽く風を起こして煙を飛ばすと、元は銀色に輝いていたはずの黒く煤けたフルアーマーの兵士たちが転がっていた。
「な……なんと……⁉」
「この国の兵士は一介の冒険者が振るった、たった一撃でこの有り様かよ、ええ? ガットランドの国王様よォ」
まぁ、その一介の冒険者が持つ剣は、『最強種の悪魔』の魔法が掛かってるんだからな。普通じゃないんだよ。
「ま、魔術師よ、さっさと彼奴等を葬れ! 何をボサっとしておる!」
「おっと、それじゃあ魔術師は俺が相手をしてやろう。――『魔術封じ』 ……ってな」
二十人はいるかと思われる魔術師たちが一斉に詠唱を始めたところで、魔法阻害術のお返しにと魔術阻害の魔法を創ったのでお見舞いしてやった。
詠唱が終わっても魔術が発動しない事に動揺する魔術師たち。
それを見て何が起こったのか分からず怒鳴り散らす国王。無様だねぇ。
「さあ、遊びの時間は終わりだ」(言ってみたかった!)
「き、キサマ……何をした⁉ 何をしおったのだ⁉」
「お前たちが魔法を封じるように、先に魔術を封じさせてもらっただけさ」
「魔術を封じるだと? オイッ、そのような魔法があるのか⁉」
魔術師に聞いたって知りゃあしねぇよ。俺が創造した魔法なんだからよ。
「全員、捕縛させてもらうぞ。――『呪縛』」
「……ッ⁉」
魔術師は勿論、国王も『呪縛』で拘束する。
あとは教王の居場所を聞き出さなくちゃだな。
取り敢えず、国王は首から上だけ呪縛を解除しておく。
「これに懲りて<人間中心主義>は捨てる事だ。多国領のように亜人種族と共存しろとは言わないが、<全ては人間族の為にある>という考えは過ちだったと認め、亜人種族への差別、蔑視、虐待は止める事だ」
「そ、そんな事はガーネリアス様が認めん」
「ガーネリアス神じゃなく、お前たちが人間中心主義の教義を止めればいいんだよ。ガーネリアスが認めるとか関係ないの。おわかり?」
「許さん……ガーネリアス様が許さん。許すはずがない!」
「許す許さねぇじゃねぇんだよ。どっちにしたってガーネリアスは俺が始末をつける。何でもガーネリアスは他の神様を排除して、自分が唯一神だと偽ってるらしいからな。そんな事は俺が許さねぇよ。死神タナトリアスがな」
「しに……がみ……」
「そう、死神。死神も神の一柱だからな。それに、死神タナトリアスにはもう一つの顔がある」
「もう一つの顔だと?」
「そうだ。もう一つ……最強種の悪魔としての顔がな」
「ま……まさか、本当にお主は死神なのか? 本物の死神……タナトリアスだと……」
「だからそう言ってんだろ」
タナトリアスの名前を出したところで、どうやら漸く俺が本物の死神だと理解したらしい。国王を始め、魔術師たちも真っ青な顔をして怯えている。
「国民に宣言出来るな? 人間中心主義は終わりだっ――」
国王に言い終える寸前、背後から魔術攻撃の気配を察して防御壁を展開した。
「……鼠が自分から姿を現したか」(こういうセリフも良くあるよな)
「死神だの悪魔だの、そんな戯言に惑わされるものか」
やたらと豪華な出で立ちの坊さんが出て来たが……。
「ガランドル聖下!」
国王が「聖下」と言うからには、コイツが教王か。
「国王陛下、随分と嘆かわしい姿ですな」
「聖下、どうか聖下のお力で彼奴等の排除を!」
「分かっておる。ガーネリアス神により授かった我が力であれば、死神なんぞ虫けら以下の存在。最高位魔術をとくと味わうがいい!」
両手を広げた教王が小さく何かを呟くと、幾つもの鋭く尖った氷の塊が飛んで来た。最高位魔術と言うワリには、ただの氷結弾にしか見えないし、先程展開した防御壁に当たると同時に粉砕してしまい、一つも俺たちには届いていない。
「……」
氷結攻撃が阻まれた教王は、僅かに顔を顰めたものの、何も言葉を発しない。
まさか予想外だったとか?
「どうした、随分と拙い魔術のようだが……これが最高位魔術なのか?」
「……」
「タナトリアス様、少々試してもよろしいでしょうか?」
レトゥームスが教王を見ながら訪ねてきた。何をするつもり……ああ、あの程度の魔術ならレトゥームスでも同様の魔法が使えるからな。それを試すつもりか?
「ああ、やってみろ」
「では。 ハアァ――――ッ!」
手のひらを胸の前で合わせた後、そのまま頭の上まで振りかぶり、掛け声と共に前方へ振り抜く。
大聖堂前で敵を一瞬のうちに丸コゲにした『雷撃衝撃弾』を更に威力を高めた上で、標的を教王ただ一人に集中させて撃った感じだ。
爆発的な光の衝撃で建物が揺れ、パラパラと壁や天井の一部が壊れ……否、一部どころじゃなかった。教王がいた場所の後ろの壁が無くなっていて、遠くに明かりが見える。建物を貫通しちゃったか。
「レトゥームス、教王はどこだ?」
「……はっ! ど、何処でしょう?」
別に消し飛んだとかでもいいんだけどさ、取り敢えず負けを認めさせたかったんだよなぁ。
俺に言われて教王の姿が見えない事に焦ったのか、レトゥームスはアタフタしながら瓦礫の中を探ろうとしている。
「レトゥームス、待て。教王はまだそこにいるぞ」
気配を察して告げると、レトゥームスは瞬時に戻って再び臨戦態勢に入った。
「どうやら高位魔術が使えるのは本当らしいな。攻撃を受ける寸前で防御結界を張ったようだ。無詠唱ではないが、詠唱破棄に近い事が出来るみたいだな」
「あの一瞬に……ですか」
「ああ。パイルが使った魔術印符に近い。あれも詠唱を必要とせずに魔術を発動させる事が出来るからな」
レトゥームスが「なるほど」と納得していると、瓦礫がガラガラと動いて中から教王が這い出てきた……が、かなりボロボロだ。防御結界で防いだとは言え、流石にアレを喰らっても無事だというワケにはいかなかったようだ。
「ば……バカな。魔族が……こ、こんな魔法を……使えるワケが……」
力尽きたのか、そこまで言って教王はその場に倒れてしまった。