第122話 いざ王城へ
王城へ向かうにあたり、拘束した枢機卿とガウリレルをどうやって運ぶか相談してみると、パイルが近くに転がっている壊れた荷車を指差した。
「あれを直して載せていくのはどうでしょう?」
片側の車輪が外れているが、形状的には大八車と同じか。直すのは魔法で簡単に出来るけど、あれだと誰かが引かなきゃならないよなぁ。
「パイル、こんな連中は叩き起こして歩かせた方がいいわよ」
……と言うのは勿論アレーシアである。冷徹と言うか無慈悲と言うか、まぁ彼女らしいっちゃ彼女らしいんだけど……俺も見習うべきかな。
「私くらいになると、タナトリアス様が考えてる事が手に取るように分かるから」
「違うッ! 俺はそんな事考えてないぞ。ただ“誰かに荷車を引かせるのは申し訳ないからどうしようかなぁ”って思ってただけだ」
「つまり―― “だったら自分で歩かせればいいんだ”っていう事じゃないですか。合ってますよね?」
「オマエ……。もうそれでいいよ、まったく」
皆も苦笑いしてるところを見ると、やっぱりアレーシアの無茶振りに呆れてるんだよな。
結局、枢機卿とガウリレルを叩き起こして歩かせる事になった。
勿論、歩く為に足の拘束は解くが上半身は縄でグルグル巻きに縛った上で、更に魔法で呪縛を掛けておく。その為、二人共ぎこちない動きになるが歩くのには支障ない。ただし走る事は不可能だ。
大聖堂前は死屍累々となっており、ボロボロになった建物も多くある。
戦闘が始まる前に民間人は避難したようだが、それでも多少は巻き添えになった者もいるだろう……とは思うものの、ガーネリアス教徒だと思えば何も感じない。
リビエナの案内で王城へと歩きはじめると、被害を免れた地区の住民が遠巻きにこちらを見ていた。憎悪や敵意は感じられるが手を出してくる気は無い……と言うか、あの惨状を目の当たりにすれば、何の能力も持たない者が俺たちに歯向かう気なんて起きないだろう。
「あちこちから凄い視線を感じますね」
少々怯え気味にリビエナが呟いた。
やっぱり気付くよなぁ。
「ガーネリアス教徒にとって死神は最悪の敵だろ? その敵が人間族の勇者を打ち負かした上に、捕らえて連れ回してるんだからな。そりゃ憎々しいだろ」
「流石に攻撃してくるような事は無さそうですけどね」
パイルは自身が獣人種族であるにも関わらず、住民の視線にはあまり気にしていない様子だ。
だがそんなパイルにグレッグが言う。
「仮に国王と教王が“人間中心主義を破棄する“と宣言したとしても、あの様子じゃ亜人種族に対する感情は変わりそうもないかもな」
「長年人々の間に根付いていた種族差別意識は、そう簡単には変わらないさ。ただ、だからと言ってそれを仕方がないで済ませるワケにはいかん。そもそもガットランドやトラバンスト以外の国じゃあ人間族も亜人種族も分け隔てなく暮らしていけてるんだ。出来ないとは言わせないさ」
「タナトリアス様なら、国のひとつやふたつ消滅させる事も可能でしょうから、死にたくなければ言う事を聞くしかないですしね」
「可能だけど! 可能だけども! そう簡単に国家を消滅させるなんてしないからな。勿論、最後の最後の手段としては……やらなくもないけど」
アレーシアが俺の事をどう思ってるのか、一晩掛けて問い質してやりたいぜまったく。
そんな俺たちの会話が嫌でも耳に入っていたであろう枢機卿とガウリレルの二人は、青白い顔に大粒の汗を流して震えていた。
足取りが重いのも国王や教王に対して、どう弁解すれば良いのかを考えているのか、それとも重い処罰を下されるのを恐れているのか……まぁ、何にせよ自分等の上司には会いたくないってのが心情なんだろう。
枢機卿は兎も角として、ガウリレルは人間族を代表する勇者として死神に挑んでおきながら、完膚なきまでやられてしまったのだから、ただでは済まないと思ってるハズだ。
ただ、あくまでも本当の勇者の影武者だったとすれば…………すれば?
どうなんだ?
影武者なら負けても仕方がない。そんなヤツは見捨てて神の勇者が相手になる――的な流れになるかもしれん。
そうなると、ガウリレルはどっちに転んでも終わりなんじゃね? そう考えれば、ガウリレルの足取りが重いのも納得いくな。
王城への道すがら、歩みの遅い枢機卿とガウリレルの背中を長めの木の枝でシーニャが突いて急かせつつ、それでもメンバーたちは然程緊張している風もなく、雑談交じりに言葉を交わしながら進んでいれば、いつの間にか目の前に王城が見えていた。
見えているのは王城の上の方。下の方はまだ街の建物で隠れている。
――が、進むべき道の先には多くの人が集まって行く手を塞いでいるように見えた。
「ありゃ王城の衛兵や騎士だな」
口角を上げながらグレッグが言う。
「うわっ、結構な数いますよ」
顔を顰めて不快な表情でパイルが言う。
「はぁ~、面倒ですね」
勿論、アレーシアである。
「タナトリアス様、魔法で攻撃しますか?」
睨みを利かせヤル気満々のレトゥームスだ。
「……ッ!」
味方を見て助けを求めようとした枢機卿だが、体を縛っている縄をシーニャに引っ張られて尻もちをついてしまう。
そんな枢機卿とは対照的に、ガウリレルは腰を曲げて身を潜めるような格好をしていた。おそらく、みっともない姿を見られたくないのだろうな。
「アレーシア、大き目な炎を一発お見舞いしてやれ。パイル、飛び抜けて来たヤツラがいたら『虚空斬』で対処してくれ。ハースとシーニャはリビエナの護衛を頼む。グレッグとレトゥームスは枢機卿とガウリレルを連れて俺と一緒に突破だ」
それぞれに指示を出して敵と立ち向かう。
「それじゃあ、いきますよ――『地獄火炎斬』」
アレーシアがショートソードを頭上に掲げ、切先で円を描くようにクルクルと回して垂直に剣を振り下ろす。
特大火炎放射器のような炎が一直線に敵に向かって放出され、敵の集団に届くと爆発的に燃え広がった。
その炎を掻い潜り飛び出して来る数人の兵士たち。その連中に向かってパイルがこれまた特大な『虚空斬』を撃ち放つと、向かって来ていた兵士たちの体をスパッと真っ二つに切り裂いて、そのまま炎の中に飛んで行き――。
『虚空斬』が突っ込んでいった場所を中心に炎が渦を巻き始め、次第にその渦の勢いが早くなっていった。
もう炎が轟々と燃え盛る音なのか、炎に焼かれて叫んでいる悲鳴なのか、何とも言い表せない音が耳に届く。
「俺たちも行くぞ。ハース、シーニャ、後を頼む」
「はいっ! タナトリアス様も気を付けて!」
「おう!」
枢機卿とガウリレルを縛っている縄の端をシーニャから受取り、瞬間移動で騎士や衛兵等を突き抜ける。
同様に、グレッグは神速で。レトゥームスも瞬間移動に似た高速移動魔法で追従してくる。
そのまま目の前の建物を飛び越えて、一足飛びに王城の前まで到達した。
王城はやや高台に建っているせいか外堀もなく、高い外壁に囲まれているだけだ。ただ、正門だと思われる大きな通用口は閉ざされていて、その前にはやはり武装した衛兵が待ち構えていた。
「取り敢えずー― 邪魔だてすんなッ!」
衛兵の数は……ざっと見て百人近くいそうな感じだが、そんな臨戦態勢にいる衛兵等に向かって、グレッグが『雷撃破砕斬』を放つと、あっと言う間に半分以上がその場に倒れてしまった。
「ついでにその門も破壊しておくか」
そう言ってグレッグは地面を蹴って一瞬で残りの衛兵たちに斬り掛かり、集団を左右に分け隔てて正門へと到達すると、大きな門に一撃を加えた。
雷鳴と共に稲妻と振動が起こり、僅か目を逸らした間に、ものの見事に門が破壊されていた。
「タナトリアス、レトゥームスと一緒に先に行け。俺は残りの連中を片付けてから行く」
「分かった。レトゥームス、行くぞ」
「はい」
俺とレトゥームスは一足先に、破壊された門から城壁内へと入った。
因みに、枢機卿とガウリレルは既に気を失っちまってたから、そのまま引き摺って門を潜る事にした。




