第119話 畏怖する枢機卿
※誤字及び若干の事誤りを修正しました。(内容に変更はありません)
大聖堂から出て来た枢機卿は、完全武装の聖騎士団と僧兵としての色が強い神官に守られていたが、そんな連中に『死絶の業火』を撃ち込んだ。
結界や防御障壁などで囲っていない状態での『死絶の業火』なので、その炎の勢いは充満したガスが引火して一気に大爆発を起こしたような壮絶さだ。
一瞬、連中が炎を防ぐ対魔法聖術を詠唱したようだったが……その声はスグに悲鳴に変ったのが聞こえる。
業火の勢いはそう簡単には収まらず、延々と燃え続ける様にも思えたが、どうやら少しは手応えのある相手がいたようだ。
「へぇ、アレを防ぐとは大したもんだな」
少しずつ炎が勢いを落としていき、連中の姿が薄っすらと見えてくると、枢機卿を包む結界を作っていた神官らは全て息絶えて見るも無残な姿になり転がっていたが、甲冑に身を包んだ聖騎士団は前面にいた数人を除き立っているじゃないか。
あの聖騎士団の連中が『死絶の業火』を防ぐだけの聖術使いってワケか。
「……これだけの魔法が使えるとは、下等種の悪魔ではないようだな」
「思い違いをしてるようだから教えておいてやるが、俺は悪魔じゃなくて死神だ。亜人種族を捕らえていた連中から聞いてたんじゃないのか? 死神タナトリアスが出たと」
「死神……タナトリアスだと?」
何故か枢機卿が驚いた顔をしてるんだが……知らなかったって事はないよな。最初に収容所で始末した衛兵や騎士団をはじめ、勇者と聖女にもタナトリアスだって名乗ってるんだし。
「確かに……確かにその姿は死神に似ているが……。た、対魔聖騎士よ! 彼奴に『悪魔霊崩壊陣』を放て‼」
枢機卿の命令で甲冑の聖騎士団が一斉に詠唱を始めた。
「させるかよッ――『雷撃瀑布』!」
流石に聖騎士団の連中は聖術を放つのに長々と詠唱をする必要があったようで、そのおかげで詠唱の要らない俺の方が先に魔法を放つ事が出来たワケだが――。
連中の頭上から滝の如く雷撃を降り注いでやると、俺への攻撃用の詠唱をしていた為にこちらの攻撃を防御する暇など無く、撃たれるがままに雷撃瀑布を喰らって……悲鳴に叫声、絶叫と。兎に角凄まじい断末魔に、魔法を放った俺でさえ気分が悪くなっちまった。
「……こ、こんな……こんな事が……」
甲冑の騎士たち――枢機卿は<対魔聖騎士>と言ってたか。彼等は成す術もなく雷撃瀑布を喰らって全滅した。
そして、神官たちが作り出していた枢機卿を守る結界も雷撃瀑布をなんとか持ち堪えたようで、取り敢えず枢機卿だけは生き残っていたのだが――。
結局はその結界を作っていた神官たちが死んじまってるから、結界も崩壊を抑えることは出来ずに砕け散ってしまう。
「さあ、枢機卿。もう後が無いぞ」
「まさか……死神にこんな力があるはずが……。し、死神? 悪魔? いったいキサマは何者なんだ……?」
「う~ん、だからさあ、俺はタナトリアス。最強種の悪魔の力を授かった死神、タナトリアスだって言ってるだろ」
大聖堂で対面した時は大口叩いて、仲間であるはずの他の教会関係者を巻き添えにしてでも攻撃してくるようなヤバイ奴だと思ったが、こっちも外に出て本気で魔法が使える状況になって攻撃を加えてみれば、今度は顔中汗が流れ落ちるほど焦って尻込みをしている。
「さあ、いくぞ?」
「聖なる天父神よ禍々しく忌憚な者の方術より我が身をお守り下さい――『神聖なる天父神の結界』!」
特にどんな攻撃をするか考えもせず、なんとなく姿勢を前傾して勢いをつける体制をとってみたら、枢機卿が長々と詠唱を始めたので取り敢えず何をするのかと様子を見てみれば――。
先程の神官たちが作っていた結界よりも、更に強固そうな結果を作って守りを固めやがった。
「フム、面白いな」
試しに色々な攻撃魔法を放ってみる。
――火炎、雷撃、斬撃、衝撃波。どれも結界に当たっては飛散して破壊する事は出来ない。
なるほど、やはりリビエナが言ってた通り、枢機卿は対魔法術に関しては高位の術者のようだ。
さて、魔法に対する耐性があるのなら、物理攻撃はどうだ?
右手の長く禍々しい爪を引っ込め、拳を握り、拳頭部から鉄鋲の如く鈍く光る鋭い突起を生やす。
我ながらおかしな事をしてると思うけど、何となくイケるんじゃないかと思うもので……。
こうしている間、俺は攻撃の手を止めているワケなのだが……枢機卿は反撃してこない。
……という事は。あの結界の中からは外への攻撃が出来ないってワケだな。
「さあ、踏ん張ってみろよ」
黒い翼膜を広げて大地を蹴り、枢機卿へ向かって一直線に跳躍して結界を殴りつけた。
甲高い音が鳴り、拳の突起が結界を叩きつける。
キチキチと小さい音が聞こえ、次第にその音が共鳴するように広がっていく。
「な……これはいったい……何だ。いったい、どういう事なのだ⁉」
結界ってのは物理的な物ではないと思うのだけれど、こうやって物理攻撃をしてみると、手応えは意外と分厚いガラスのような感覚なんだな。
などと思っていると、結界には無数のひび割れが生じていき、そのひび割れが全面に到達したのを確認した後、結界を殴っていた右手を引っ込め、そのまま軽く裏拳で叩く。
パンッと軽やかな音と共に結界が壊れ消えていく。
「……バ、バカな。神聖なる結界が……天父神の結界が破られるなど……そんな事が……そんな事があるはずがないだろう!」
今までの自信が全て壊れてしまったからか、枢機卿は現状を信じられずに驚愕の色を浮かべ震えている。
「ガーネリアス教、そして人間中心主義もこれまでだ。亜人種族に対する間違った教えを改める気になったか?」
「な……何を。あ、亜人種族は……我ら人間族の為に……」
「まぁ~だそんな事言うのか」
当然だろうけどな。
脅した程度で信仰心を覆すなんて無理なのは承知してる。
それに――。
「何でお前たちが此処に来れたのかな?」
大聖堂の陰から俺に対する殺気がビンビンと伝わってくる。
ちょうど枢機卿の結界を破壊した直後からだが、その気配は先程までの枢機卿や聖騎士団などによるものと似て非なるものだ。
「お前が死神か?」
「そうだ……と言ったら?」
「……」
何だよ、質問しておいて答えたら苦い顔して口を閉ざすのかよ。
相手は……二人。この感覚は残りの勇者で間違いない。
とは言え、グレッグたちの身に何かあった気配は無い。取り敢えず無事ではありそうだが……。
「悪いな、タナトリアス。こいつ等、逃げ足が速いんだよ」
思慮するのが馬鹿らしくなるほど軽い口を叩いて、グレッグが姿を見せた。
「逃げられたのか」
「前の勇者よりも少しは手応えがあるんだが、どうもこっちの状況が気になってたみたいでな。コソコソと相談しては姿をくらまそうとしやがるんだ」
勇者は枢機卿の援護に来たかったようだが、グレッグの攻撃を躱すので精一杯だったって事か。
「おお、カンレルト殿、ガウリレル殿。貴殿らであればあの死神の相手など容易いであろう。さあ、早く始末するんだ!」
二人の勇者が武器を構えて枢機卿の前に出ると、当の枢機卿は勝てるつもりになったのかニヤニヤと顔を歪めている。
だが、それとは反対に勇者らは……やはりグレッグとの戦闘で戦力差が身に染みたのだろう、やけにジリ貧に迫られた表情でこちらを睨んでいる。
「俺の名はタナトリアス。そして最強種の悪魔の力を授かった死神でもある。お前らが亜人種族に対する迫害を止めるのであれば良し。止めずにこれからも亜人種族を虐げるというのであれば……」
黒い翼膜を広げ、長く鋭く禍々しい爪を勇者に向けて指差して言う。
「ガーネリアス教と人間中心主義を信仰する全ての人間族を殺す!」




