第118話 ガーバンス司教枢機卿
あけましておめでとうございます。
少々忙しく、更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
なるべく短い間隔で更新していきたいと思っていますが、生温かい目で見守って下さい。
今年もよろしくお願い致します。
扉が開き、ゆっくりと部屋から出て来たのは一際豪奢な装束を纏った偉そうな聖職者。こいつが枢機卿か。
「カーム司教、随分と情けない姿をしてますね」
「あ、彼奴は……ただの悪魔ではありません。悪魔祓い部隊が一瞬にしてやられてしまいました!」
司教が両膝を突いて縋るような姿勢で枢機卿と思しき男に伝えると、男は司教を振り払い一歩前に出た。
「……悪魔など、忌まわしい存在が何故ここにいる」
「お前が枢機卿で間違いないか?」
「悪魔がほざくな。聖なる場が汚れる」
お前に言われたくはない! と言いたくなる程、お前の方が悪い顔してるだろうよ。だいたい何で高位の聖職者ってのは悪そうな顔してるのかね? まぁ、どうせ裏で悪い事してるんだろうからな。俺の偏見だけどさ。
「俺からしたら、知性ある亜人種を迫害してるお前等の方が、よっぽど忌まわしく汚らしい愚人だぜ」
「黙れッ! 『悪魔霊崩壊陣!』」
「チッ――『反聖術盾!』」
枢機卿が放った聖術に対して、咄嗟に防御壁となる魔法を展開して攻撃を防ぐことが出来たが、こいつはどの程度の対悪魔聖術が使えるんだ……。
『虚空斬!』
効かないだろうとは思いつつも、取り敢えず枢機卿からの攻撃手段を撃たせないようにして間合いを取る。
「フンッ、悪魔だ何だと言ってもこの程度か。こんな子供騙しの魔法にやられた勇者も情けないものだ」
まだ俺は本気を出してないだけだ――ってね。
「三等級冒険者の魔術師でも魔術として使える魔法だからな。それこそ、この程度で勝負がついちまったら面白くないだろ?」
「戯言を。強がっていて良いのか? 先程の悪魔祓い部隊と同じだと思ったら、大間違いだぞ」
「思っちゃいないさ。けどな、だからと言ってアンタが警戒するほどの人間でもないってのは分かるぜ」
「……小癪な。ならば、とっとと終りにしてやろう。――『神聖なる雷撃波』」
こんな狭い場所で雷撃の聖術なんか打てば、他の連中が巻き添えになるだろッ!
『雷撃滅壊!』
枢機卿が手を上に掲げて簡易詠唱をすると、幅は狭いが上には広がりがあるこの廊下の天井に向かって放った雷撃波は、その衝撃で大聖堂を揺るがすと、激しい衝撃と共に壁や天井をバラバラと崩しながら下に向かって稲妻の如く打ち付けてくる。
それに対し電撃を放電させる滅壊の魔法を創り出して相対させると、ぶつかり合ってより大きな衝撃を起した。
降り注ぐ壁や天井の破片からアレーシアとリビエナ、レトゥームスを守る為に防御結界を張る。
三人には『絶対的身体防護』を掛けてあるから実際にはケガを負う事はないのだが……念の為。
地響きのような揺れと降り注ぐ壊れた壁や天井の破片。まるで爆撃機からの空襲にでも遭ってるみたいだな。
そう言えばこの世界には地震があるのだろうか? アレーシアたちは結界の中で身を縮めて不安そうな顔をしているし、いくら完全な防御の中にいるとは言ってもこのままじゃかわいそうだ。
「外に出るぞ。みんな塊れ」
三人が縮こまりながら身を寄せ合ったところで、覆いかぶさりながら大聖堂の外へ転移をした。
「あの枢機卿はタナトリアス様でも強敵なのでしょうか?」
大聖堂正面から少し離れた場所に転移しつつ、そのまま更に少し移動すると、やや不安そうな顔でアレーシアが聞いてきた。
「いや、そんな事はないと思うが、念の為だ。どうもあいつは周囲にいる者が例え教会の人間であろうと、全く意に介さず聖術を放ってくるみたいだからな」
「そういえば……先程も司教が近くにいるのにも関わらず、攻撃してきましたね」
「先に倒した勇者に関しても、死んで当然のような事を言ってたしな。強さがどうこうってよりも、あれは目的を遂行する為なら手段を選ばないヤバイ奴だ」
「それはタナトリアス様も……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、別に何も」
まったくアレーシアは! 聞こえてるっての。俺はちゃんと周りを見て判断してるからな。
「タナトリアス様、大聖堂が!」
レトゥームスの声で大聖堂の方に振り向くと、正面より奥の方から土煙が上がっている。位置的にはさっきまで俺たちがいた場所のようだ。
「崩れてるのか」
俺の言葉に返答したのはリビエナだった。
「そのようです。枢機卿が放った『神聖なる雷撃波』の影響でしょう」
「枢機卿が大聖堂を破壊するとか、あり得ないだろう。リビエナはあいつの事をどの程度知ってる?」
「あの方……いえ、彼はガーバンス司教枢機卿と言うのですが、ガーネリアス教会の次期教王とも目されている人物です。正直、私も実際に見たのは初めてなんですけど……」
「初めて見たのなら、別人って事もあるんじゃないか?」
「いえ、それはありません。あの装束は司教枢機卿のみが纏う事が出来るもので、それはガーネリアス教の聖職者であれば誰でも知ってますから」
「性格というか、人間的にはどんな人物なんだ?」
「一応……聖職者の鑑でありガーネリアス神に愛される偉大なる人間中心主義指導者――と言われてます」
「なるほど。要するに偉大なるクソ野郎って事ね」
「あの……ええ、まあ、はい。そいう事で……あっ!」
何とも言えない複雑な顔で苦笑をしていたリビエナが、急に真顔になって大聖堂を指差した。
「人々が逃げてます! あのままでは大聖堂が崩壊するかもしれません」
大聖堂の正面から中にいた信者や職員等が叫びながら逃げ惑い、次々と外に走って出て来ていた。
まぁ、大聖堂が崩壊しようが俺には関係ないが……枢機卿は何処にいるんだ?
時折ガラガラと大きな音と共に地響きがし、また土煙が立ち込める。
暫くすると崩れる音も地響きも収まり、逃げ惑っていた人々も様子を知ろうと周囲の気配を窺っているため、若干の静けさが漂っていた。
だが、その静けさも崩れかけた大聖堂の中から聞こえて来る「ガシャガシャ」という重々しい金属音で遮られる。
「――来るぞ」
大聖堂正面入り口を注視していると、銀製の甲冑を纏いロングソードを持った兵士らしき者達が現れ、その後ろから聖術杖を掲げて球状の結界を維持している神官等がやって来る。
そして、良く見ればその球状結界の中にはあの枢機卿がいるじゃないか。
「彼らは大聖堂専属の中央聖騎士団と神官たちですね。神官と言っても一般の教会に仕える神官とは役付けが異なり、ある意味、司教等の護衛と戦闘を専門とする者達です。正式な騎士ではないものの、騎士団に準じた戦闘職です」
「それで、枢機卿はあの連中に守られていたってワケか」
「あの場にはいなかったはずですが、悪魔祓い部隊同様に瞬間移動の聖術が使えるので、おそらく近くにはいたのでしょう」
「悪魔祓いの連中と然程違いがなければ問題ないだろう。取り敢えずお前たちは少し離れていろ。認識阻害を掛けておく」
三人に認識阻害を掛けて離れた場所に移動させる。
これで連中とやり合うにも気を遣わなくて済むだろう。
「さてと、それじゃあ一発、お見舞いしてみるかな」
枢機卿と、ヤツを囲む連中に向けて『死絶の業火』を撃ち込んだ。