第117話 悪魔祓い
大聖堂に入って行った聖女たちの後を追って、俺たちも中に潜入する。
ガットランド王国の、延いては全ての人間族にとって、華やかで麗しく清楚な存在の聖女と、勇敢でありガーネリアス教会の誇りでもある中央聖騎士団なのであろうが、日頃の眩い姿しか知らない神官や一般の信者らしき者たちは、すれ違いざまに目にした彼女等の徒ならぬ形相に皆驚きを隠せず、時には「ヒィッ」などと小さく悲鳴を上げる者さえいる。だが聖女等は全く構いもせず一目散に大聖堂の奥へと向かって行った。
「緊急事態だ。大至急猊下への拝見を」
「せ、聖女様⁉ いったいどういう……」
「お願いします、早く、枢機卿に。悪魔が、悪魔が勇者様を……」
「す、少し……お待ちください。直ちに猊下へお知らせ致します」
通路の奥にある部屋を守っているのであろう聖騎士の一人が、憔悴した表情の聖女に急かされて慌てて奥へと駆けて行った。
部屋は通路を曲がった所にあるようで、この場所からは見えないが……壁に手を付き千里眼で様子を窺ってみる。
「むっ、これは……」
「どうされました?」
思わず声に出してしまうと、アレーシアが吃驚して傍に寄ってきた。
「結界……とは違う、何か魔法を遮断する結界のようなモノが施されてる」
「それならおそらく、枢機卿の聖術によるものだと思います」
俺の魔法を遮断するような魔術があるのかと少々驚きつつアレーシアに答えると、すぐ後ろにいたリビエナがその正体を教えてくれた。魔術ではなく教会の人間が使う聖術にそのような方術があったようだ。
「それは、高等な聖術なのか?」
「はい。対魔法術の一つなのですが、使えるのは教王と一部の司教のみです。枢機卿なら間違いなく使えます」
「フム。で、リビエナはそいつの理屈ってのは分かるか?」
「理屈……ですか?」
「ああ。どんな方法で魔法をブロックするのか。その術式というか……」
「いえ、それが分かれば私だって使えるようになりますけど……?」
「……だよねぇ。スマン」
取り敢えず解析を試みるものの、やはりそれも妨害されてしまう。全てにおいて魔法に対する防御の術式が施されているってワケか。
魔法遮断壁の突破を試みようとしているうちに、中から先程の聖騎士が出て来て聖女たちを部屋の中に入れてしまった。
結局、聖女と枢機卿のやり取りを覗き見る事は出来ず仕舞いだ。
「なあリビエナ。枢機卿ってのは対魔法術ってのに長けてるのか?」
「すみません、その辺の事はよく分かりません。ただ、どっちにしても枢機卿は聖術の高位能力者ですから、対魔法術に関しても相当の手練れであると考えた方が良いと思います」
枢機卿の実力が分からない以上、無闇矢鱈と仕掛けるワケにもいかない。とは言え、果たして枢機卿は勇者よりも上なのか? 対魔法に長けた人物がいるのなら、勇者なんて必要ないだろう。そしてその勇者があの程度ならば、聖術の高位能力者と言ってもたかが知れてる……という事は、ないだろうか?
どうも引っ掛かるが、勇者と高位の聖職者とでは持ってる能力が違うのだろう。おそらく聖職者は聖術に長け、勇者は魔術込みの物理的攻撃に長けていると考えるべきか。
などと思考を巡らせていたら、部屋の扉が開き中から人が出て来た。
「ガーネリア・アウス教会に遣いを出せ。火と天空の勇者殿にこちらへ来るよう伝えるんだ」
「他の勇者様が亡くなった事は……」
「言っても構わん。あの二人にとっても三人が死んだのは吉報だろう」
部屋から出てきたのは偉そうな神官と聖騎士が二人だったが、話しぶりが聖職者とは思えないな。リビエナに聞いてみるか。
「あの偉そうなヤツが枢機卿か?」
「いえ、あれは司教です。この大聖堂には司教が三人いたハズなので、その内の一人ですね」
「……三人か」
「あ、でもその内の一人は……その……」
「ん? ああ、例のアレか?」
「……です」
リビエナに高ランクの聖術杖を持たせるために、司教の一人を始末したが、あの時の司教が三人の内の一人だったってワケか。
「あの話しぶりからすると、勇者同士で仲違いしていたっぽいな」
「私も初耳です」
「そういえば、そんな話を聞いた覚えがありますね」
勇者同士にイザコザがある事に少々驚いたが、レトゥームスはどうやら知っていたらしい。
「勇者は五人のパーティーですが、全員が同列というワケじゃないらしくて、天空の勇者ってのがリーダー格だって話です。ただ、個々の勇者の実力までは分からないので、なぜ天空の勇者がリーダーなのかまでは分からないんですけど」
「収容所に勇者が三人しか現れなかったのは、そのせいって事か。だとすると、残った二人の勇者はあの三人を最初から見殺しにするつもりだった……って事になるな」
「なんだか面倒な事になりましたね」
リビエナは神妙な面持ちで考え込んでるけど、別に面倒ではないだろう。仲間割れしてくれるならその方が俺たちにとっては楽だと思うんだけどな。
それよりも、聖女たちと枢機卿はどうしてるんだ。
司教から言付かった聖騎士の二人は廊下を駆けて行ってしまったが、司教はその場から動こうとしない。
あの司教もここで潰しておくか――と考えていたその時。
「悪魔祓い部隊、ここに参れ!」
司教が言葉を放つと、真っ白な装束に身を包んだ集団が突然現れた。
転移……ではなく、瞬間移動だな。人間族にも使える者がいるのか。
「この近くに悪魔が潜んでおる。探し出して抹消せよ」
――バレてる⁉
枢機卿の部屋を千里眼で探ろうとした時に魔法を遮断されたが、あれで俺の存在を感知したって事か。
「アレーシア、リビエナ、レトゥームス。俺から離れろ!」
三人を俺から離して距離を置かせ、俺一人で司教に近付き姿を見せる事にした。
「探す必要は無い。俺なら此処にいるぞ」
認識阻害を解き司教と白装束集団の前に姿を現すと、一瞬彼らは驚いたが、司教を除いた白装束集団はスグに戦闘態勢に入った。
「悪魔め、のこのこと姿を現したか。キサマのような下卑種族がこの場に足を踏み入れるなど、汚らわしいにも程がある! 早くこの悪魔を消滅させるんだ!」
「捕らえよ『聖なる束縛!』」
「穿て『聖なる雷光!』」
「貫け『聖なる稲光!』」
白装束集団が俺に向かって拘束の術を放ち、その上からやたらとビカビカ光る系統の攻撃聖術を放ってきやがった。
束縛系聖術で体を雁字搦めにされた俺に対し、雷光と稲光の聖術を浴びせて来る――が、どれも俺に損傷を与えるような威力は無く、どっちかと言えば眩しくて目が眩む方がキツイといった感じだ。
「ホーリーホーリー、うるせぇ!」
束縛聖術を打破し、ただ眩しいだけの攻撃を結界障壁で跳ね返す。
「バカな⁉ 対悪魔聖術が効かないだと……」
「これが対悪魔聖術? 随分と優しい聖術だな」
「黙れ悪魔ッ! 殲滅せよ『聖なる火炎弾!』」
『火炎放射』
白装束が撃った火炎弾に対し、爆炎の火炎放射をぶつける。
「う……うがあぁぁぁぁぁ!」
「ああああああぁぁぁぁぁ!」
火炎放射を浴びた白装束集団は、火だるまになって床を転げてのたうち回るが、スグに動かなくなった。
「そんな……悪魔祓い部隊が……」
「悪魔祓いねぇ。どうやらそんな能力は無かったみたいだな」
「ひッ……ヒイィィ」
俺に敵わぬと悟った司教は、顔面蒼白になり悲鳴を上げて後退り、背中を壁に阻まれ狼狽えている。
「さあ、その扉を開けて枢機卿でも呼んだらどうだ?」
「そ、それは……」
「呼ばないとお前が死ぬ事になるぞ?」
「グヒイィッ!」
司教は一際大きく豚の悲鳴のような声を上げると、枢機卿と聖女がいる部屋の扉を平手でバンバンと叩き、枢機卿に助けを求めて叫び出した。
そして、それが余程煩かったのか、それとも対決する意思を固めたのか……。
扉が開き、枢機卿と思しき偉そうな男が姿を見せた。




