第116話 聖女撤退
魔法で高水圧の水の矢を降らせ、水の勇者ラウレールを死に追い遣った。
水の矢で体中を穴だらけになり、右腕は肩から千切れた状態で立って絶命したラウレールの体がゆっくりと前に倒れる。
「ラウレール様!」「ラウレール‼」
聖女と風の勇者ミケルトが叫ぶ。聖女は悲愴感に苛まれ、最早自分の存在意義を失っているんじゃないかとすら思えるほど、絶望的な顔をしているが、ミケルトはやはり一応は勇者なのか、憎しみの感情が勝っているようだ。
一方、アレーシアの『地獄火炎斬』という技から逃れられていた少数の中央聖騎士団の方は……膝を突き、項垂れる者、頭を抱える者、喚き散らす者……と、既に戦意消失しているのは目に見えて明らかだ。
だが、そんな状況でもやはり勇者という立場上、背中を見せるワケにはいかないのか、ミケルトが聖女の前に出て立ち上がった。
「聖女様、此処は私が時間を稼ぎます。早く残った聖騎士団と撤退して下さい」
「いけません。例え勇者様でもお一人ではあの者達に敵いません。カンレルト様とガウリレル様に合流しましょう」
「いえ、彼奴等は我々を全滅させる気です。聖女様をそのような目に遭わせるわけにはいきません」
「しかし――」
「早く、撤退を! 聖騎士団は聖女様をお守りして撤退だ! 必ず枢機卿へ事の次第を報告しろ!」
口ぶりから他にも勇者がいるようだ。確か五人いるんだったか。
「タナトリアス様、纏めて焼き払いますか?」
アレーシアがショートソードを構え、逃げようとしている聖女や聖騎士団を睨みながら怖い事を言ってます。
「いや、聖女は逃がそう。リビエナ、勇者は枢機卿とは別の所にいると思うか?」
「ええ、おそらく別の所だと思います。枢機卿は王都の大聖堂にいますが、勇者にはガーネリア・アウス教会が与えられていますから、そっちにいる確率が高いです」
「それは、どこにあるんだ?」
「大聖堂から西に三区画行った所です。中央聖騎士団の本部と隣接した教会です」
「そうか。それじゃあ、アレーシアとレトゥームス、それとリビエナは聖女を追って枢機卿の居場所を掴んでくれ。それから……そうだな、グレッグが護衛で付いて行ってもらえるか?」
「う~ん、だったらタナトリアスが一緒に行ったらどうだ? 枢機卿ならほぼ敵の親玉だろ。もしかしたら教王もいるかもしれないし、勇者の方は俺達に任せてもらえればいい。あの三人の様子から考えても、残りの二人もそれほど手強いとは思えないからな。いやまぁ、勿論警戒はちゃんとするぞ」
「……無理はするなよ?」
「分かってる。任せておけ」
「ハース、パイル、シーニャ。お前たちも油断するな。危なくなったら退けよ」
「了解です」「はい、分かりました!」「……ん」
人間中心主義の壊滅には、やはりガーネリアス教のトップをぶちのめす必要があるだろうが、単にトップを倒したところで人間族に根付いた信念は、そう簡単に覆す事はできない。ならば、直接トップに教義の誤りと人間中心主義の廃止を言わせた方がいいのか……。
「そんじゃ取り敢えず、アイツは此処で仕留めておくとするか」
グレッグが一人残ったミケルトに向き直る。
この間、ミケルトは何度か長弓から矢を放っていたようだが、パイルが障壁魔術で防いでいたのでほんの僅かだが、ヤツの存在を忘れていた。
グレッグがロングソードを居合抜きの様に構えると、神速で瞬時に姿をけしてミケルトの懐に飛び込む。
ミケルトが纏めて放った三本の矢をロングソードで撥ね除け、その勢いで体を一回転捻り込んでミケルトの右側面からザッと撫で斬りすると、ミケルトの体は矢を射った姿勢のまま、上半身と下半身が離れ離れになってバタリと倒れた。
「さあ、行った行った」
ミケルトが倒れた事で、収容所に生存している敵は一人もいなくなった。
収容所のグラウンドに転がる衛兵や騎士団の死体は数十体だが、通用門にはおびただしい数の死体が転がっている。しかもその殆どが焼死体なのが……なんとも。
索敵を広げ、逃げている聖女と聖騎士団の集団を探ると、それはスグに見つかった。てっきり馬車で逃げたかと思ったけど、全員走ってるってことは……ここまで徒歩で来てたのか? 聖女と勇者なのに?
アレーシアたちと手を握り、見える範囲で転移を繰り返して聖女たちに近付く。
「やはり聖女たちは大聖堂に向かってるようですね」
聖女たちを目視出来る所まで来ると、一行が向かっている方向からリビエナがその行き先を告げた。
「それじゃあ全員に認識阻害を掛けるから、そのまま聖女の後を追って大聖堂に入って行こう」
聖女は普段全力で走るなんて事はないのだろう、息も絶え絶えで、時折手を膝に付いて前屈したまま、大きく肩で息をしていた。
尤も、聖女だけではなく、聖騎士団の連中も甲冑の肩を大きく揺らしている。まぁ、流石にあの格好で戦闘をするくらいなのだから、多少呼吸が荒くなるって程度だろう。
「聖女様、もう少しです。頑張って下さい」
「は……はい。もうし……申し訳……ありま……せん。ハァハァ……」
認識阻害を掛けているから見つかるような事はないのだが、何となく物陰に隠れながら至近距離で聖女の様子を窺う。走った事の疲労もあるだろうが、それ以上に悲愴感による気力の低下の方が大きいような感じだな。
「タナトリアス様、大聖堂は聖女がいる場所の先にある建物を曲がった所です」
リビエナが聖女たちの先を指差して告げる。
「先回りして待ち構えますか?」
リビエナが指差した方を視認したアレーシアが、振り返って提案する。
「そうだな。それならアレーシアとレトゥームスは先回りして大聖堂の出入り口付近の状況を確認してくれ。俺とリビエナはこのまま聖女の後を追う」
「承知しました」
返事をするとアレーシアとレトゥームスは顔を合わせて頷き、駆け足で聖女たちを素通りして大聖堂に向かった。
俺たちの眼にはアレーシアとレトゥームスはハッキリ認識出来ているが、聖女や聖騎士団の連中は全く気付く様子が無い。聖女クラスになれば認識阻害を掛けていても、若干の違和感を認識出来るかもしれないと危惧したが、取り越し苦労だった。
「聖女様、どうか――」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
聖女たちが動く。
「よし、俺たちも後を追うぞ」
「はい!」
今にも倒れそうなのを堪えながらゆっくりと動き出す聖女。
もう走ってるんだか歩いてるんだか分からないような速度に、聖騎士団の連中も少し戸惑っているようだが、流石に聖女のケツを叩いて走らせるワケにはいかず、形だけは走っている体で聖女に付添っている。
勿論俺たち二人は……歩きながら後を付けさせてもらってますよ……っと。




