第115話 聖女vs悪魔
土の勇者だと言うハルバートを振り回すミファールの攻撃をグレッグがロングソードで受け止めると、目が眩む程の激しい稲光が周囲を照らす。
そして、その光が治まり視界が戻って来ると、ハルバートの柄だけを握ったまま突っ立っているミファールの姿があった。
「そんな……バカな⁉」
「勇者ったって、所詮その程度だったか」
「……なっ」
グレッグの言葉にミファールが反応したが、既に遅し。
ミファールの両肘から先が無くなっている。
「うわぁぁぁぁっ! お、俺の腕があぁぁぁ!!!」
う~ん、いいのか? 敵とはいえ、一応は警戒していた勇者があんなにも弱いと逆に不安になるんだけど。
「ミファール! 聖女様、早く治癒を!」
「承知しました。聖なる天父神よ災厄を受けしこの勇者の傷を癒し復活させてください――『治癒再生!』」
見えていなかったが聖女とやらが同行していたのか。
流石に聖女の治癒聖術なら、斬り飛ばした腕も再生させられるってワケか。
「そんな……。聖なる天父神よ災厄を受け市この勇者の傷を癒し復活させてください――『治癒再生!』 ……どうして、どうして治癒が」
「聖女様、どうしたんですか⁉ 早くしないとミファールが死んでしまいます」
「……き、効かないのです。治癒が効かないのです。こんな事はあり得ないはずなのに……どうして。ま……まさか……」
おや? どうやら治癒の聖術が効かないみたいだな。まぁ、聖女とはいえ流石に無くなった腕の再生なんて不可能だよなぁ。
「せ、聖なる天父神よ災厄を受けしこの勇者の傷を癒し鎮静を与えてください――『治癒!』」
敵さんはなんだか全員が酷く驚いたり焦ったりと、聖女の掛ける聖術が効かない事に動揺してるが……今は戦闘中のハズなんだけどなぁ。
俺たちの事を放置して……というか、それどころじゃないみたいだけど。
「ダメです、効きません。聖術を受け付けません。こんな事あり得ません。これは……悪魔の魔法による仕業に間違いありません。あの者の剣には悪魔の呪いが込められています!」
「おっ⁉ タナトリアス、この剣の強化魔法って悪魔の魔法なのか?」
聖女がめちゃくちゃ怯えた表情でグレッグを指差して、悪魔の仕業とか何とか言い出したら、グレッグは自分のロングソードを見た後で俺に笑いながら訊ねてきた。
「あぁ~っと、そうなるのかな。ほら、俺の力は『最強種の悪魔』だから」
「ディ……最強種の悪魔……? まさか……では、あの魔族の者は……」
「あ、あやつは衛兵が言ってた死神を名乗る魔族です」
「死神……死神タナトリアスですか? まさか……死神が悪魔の力を? そんなはずは……そんな事はあり得ません。そんな事があってはならないです!」
聖女がえらく取り乱してるが、いったい何だってんだ。俺が悪魔の力を授かった死神だってのは知ってるはず……は、ないんだっけ。あれ? この事を知ってるのはクランのメンバーだけだったか?
「あの、タナトリアス様。グレッグさんのロングソードに強化魔法を施したのは、タナトリアス様でよろしいのですよね?」
「ああ、そうだよ」
レトゥームスが何故かおずおずとした様子で訊ねて来る。そんなに恐縮するような事じゃないと思うが……。
「タナトリアス様が授かった『最強種の悪魔』の力は、数百年前に当時まだユメラシアになる前の魔族の国に顕現して、時の魔王様を死に追いやった悪魔と同じ名前なんです。その悪魔には人間族の教皇や聖女たちが聖術で立ち向かったそうですが、聖術が全く効かずに蹂躙されたと言い伝えられてて……」
そうか。魔族のレトゥームスにとっては伝記とは言え魔王を殺した悪いヤツになるのか。それであんなにも委縮しちゃってんだな。
「俺は別に今の魔王を殺そうとか考えてないぞ」
「そ、それは分かってます! 別にタナトリアス様を嘗ての悪魔と同じには思ってませんから!」
おっと、顔を真っ赤にして怒らせてしまった。
「つまり、グレッグさんのロングソードに施した強化魔法は悪魔の力が宿っている事になるんです。なので、そのロングソードで負った傷には聖術が効かないんです」
レトゥームスの言葉に俺だけじゃなく、グレッグをはじめ他のメンバー達も、自分が持つ剣やナイフ、鉤爪などを驚きの顔を浮かべながら見入っていた。
パイルも魔術杖には何もしていないが、様ざまな用途で使っているナイフには強化魔法を施していたので、それを手に持って目を丸くして見つめ……ニヤニヤしていた。
「聖女様、此方へ! 撤退しましょう。対魔法術士をかき集めて出直すべきです」
中央聖騎士団の指揮官と思しき男が聖女に向かって叫んだ。
どうやら『最強種の悪魔』の力によって強化された武器で傷つけられると、頼みの聖術による治癒が効かない事に畏怖したようだ。
そして、その悪魔の力は勇者の武器でさえ破壊してしまうほど強堅である事を目にし、その場にいる戦力ではとても敵わないと判断したのだろう。
「させませんッ!――『地獄火炎斬‼』」
アレーシアがショートソードを頭上に掲げ、そのまま数回円を描くように切先をクルクルと回した後、垂直に剣を振り下ろす――と、炎が火炎放射器の如く一直線に伸びて飛んで行き、後方で撤退しようとしていた中央聖騎士団の集団に届くと、そのまま軽い小爆発を起こして一気に燃え広がった。
炎に焼かれ阿鼻叫喚とする騎士団。
振り返りそれを見つめる聖女や勇者などの残った少数の者たち。
轟々と音を立てて燃える炎と、未だ微かに聞こえる叫び声に少々悍ましさを感じるが、そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
パイルやリビエナ、レトゥームスまで微妙な顔をしてアレーシアを見ている。だがその要因を作った本人は……ショートソードを突き出したままの体勢で険しい顔をしていたが、次第に口角が上がって何とも言えない「やってやったぜ」的な顔になっていた。
とても美麗な女冒険者とは思えない悪人面だな。
「いつの間に、そんな技が使えるようになったんだ?」
「戦いの最中にも成長しているんです」
確かに、アレーシアにはグレッグの雷撃魔法で強化された剣に対して、火炎魔法での強化を頼まれたが……よくもまぁ、簡単に使いこなせるもんだ。
これも亜人種族を逃がす為に戦っていた、ここ数時間の間に編み出した技なのだそうだが、最早人間族の勇者が太刀打ちできないほどになるなんて思わないよな。
そんなグレッグやアレーシアの攻撃を受けた勇者様御一行はと言えば……。
両腕を斬られ聖女の治癒も効かずに瀕死の状態で倒れているミファールを聖騎士団たちが抱えて、それをラウレールとミケルトが身を挺して護衛している。
このまま撤退しようって魂胆だろうが、アレーシアと同じく「そうはさせん」
「これまで幾多の亜人種族を苦しめてきた人間中心主義のお前たちを許す事は出来ん。お前等には此処で死んでもらい、ガーネリアス教にも人間中心主義にも敗北を宣言してもらわなきゃな」
「ふ、ふざけるな! 俺たちは勇者だ。人間族繁栄の為に戦う事に意味がある。キサマのような悪魔をのさばらせるワケにはいかないんだ!」
「ラウレール……だったか。剣が震えてるぞ?」
「黙れ黙れ黙れッ‼ 蛮族が人間族に楯突くなァ――――ッ!」
ロングソードを構えたラウレールが地面を足蹴にして突進してくる。
大した速度ではないが、流石に普通の人間には不可能なスピードだ――が、俺にとっては歩いてるのと大差は無い。
「死ねェ、悪魔め!」
振りかぶったロングソードから渦巻く激流が放たれる。
上に飛び上がりトルネードを軽く躱し、ラウレールに向けて魔法を放つ。
無数の水の矢がラウレールを襲う。
「――なッ、なんだコレは⁉ うがあぁぁぁぁぁ!」
たかが水、されど水。水の勇者であるラウレールの攻撃は、大量の水を渦巻く激流にして飛ばすものだが、こっちは同じ大量の水でも超高水圧の水の矢だ。
圧を高めて噴射された水は、その威力を高めれば高める程、固い鉄板であろうと変形させ、穴を開ける事だって可能になる。
そんなたかが水の矢を受けたラウレールの甲冑は穴だらけになり、右腕は肩から落ちている。
ラウレールは立ったまま絶命していた。