第114話 勇者登場
収容所の衛兵や応援に来た中央聖騎士団との戦闘が外部の野次馬を呼び寄せ、戦闘が一段落つくとその野次馬たちの喧噪がより騒がしく聞こえていた。
だがその喧噪が一瞬にして止む。
僅かな騒めきは……ある。野次馬の民衆がヒソヒソと隣り合った人と話をしているのだがろうが、そんなヒソヒソ話も多くの大衆が同じ事をしていれば騒めきにもなるだろう。
収容所内の戦闘を目の当たりにしていた衛兵や騎士の一部は、その戦闘で同僚たちが成す術もなく倒れていく様子に怖気付き、門から中に入ってくることが出来ずにいた。
そんな騎士たちが一斉に後退していく。
「まかりなりにも中央聖騎士団ともあろう者が怯えるなど、情けない」
若そうだが力強く、よく通る声の主が姿を見せた。
「獣人族に、人間族……魔族もいるのか。それに、あれが例の死神ってヤツかい?」
「黒い翼膜に赤い瞳、そして……あの爪。聞いていた死神と一致するようだな」
中央聖騎士団とは異なる煌びやかな甲冑を身に付けた若い男が三人。背格好はバラバラだが、三人ともパッと見はまだ十七、八のガキに見える。
一番背が低い、金髪でロングソードを持ったヤツが声を上げた。
最初のよく通った声の主だ。
「蛮族の下賤属民が人間族に逆らうとは何事か! 恥を知れ!」
「下賤属民……ねぇ。人間族に逆らう? 俺も人間族だが、お前みたいな愚民に言われる筋合いはねえぞ」
ロングソードを構えたままグレッグが啖呵を切る。
「蛮族に肩入れした時点でお前も蛮族だ。人間族であると語る事はまかりならん。そもそも、死神の眷属となった者が人間族であるワケがないだろう」
「ラウレールよ、愚民に何を言っても無駄だ」
あの金髪ロングソードのヤツはラウレールという名前か。
「分かってるさ。けど、言っても分からないヤツには厳しいお仕置きが必要だろ?」
金髪のラウレールがロングソードを構え、垂直に振り上げる。すると、その切先の上空に渦巻く雲が作られ、それはスグに黒く大きくなっていく。
ラウレールが何かを唱えてロングソードをグレッグに向かって振り下ろすと、黒く渦巻く雲がそのまま激流となり、渦巻くトルネードのようになってグレッグを襲った。
「はああああっっっ!!!!!!!」
迫りくる激流のトルネードに向かってロングソードを振り下ろしたグレッグは、気迫迫る雄叫びと共に激流のトルネードを一刀両断にしてしまった。
二つに割れたトルネードの水流が、波のように辺り一面に覆いかぶさりながら散っていく。
「はあ⁉ そんなバカな事があるか!」
間抜けな声を上げるラウレール。そして、他の二人もやや呆気に取られた顔をしている。そりゃそうだろう、普通の人間にあんな事が出来るワケがないもんな。
「はっ、どうしたよガキが。水遊びはお終いか?」
「お前っ、何者だ!」
「言っただろ。俺はただの人間族だよ。そうだ、名前を教えてやろう。グレッグだ。二等級冒険者パーティー<宵闇の梟>リーダー、冒険者クラン<不気味な刈手>の一員、グレッグだ。よく覚えておけ」
「この……」「俺に任せろ」
青味がかった長髪の男がグレッグの煽りに苛立ったラウレールを制した。
「俺の名はミケルト。風の勇者ミケルトだ。今度は俺が相手をしてやろう」
風の勇者……。そうか、あいつらが勇者パーティーとか言ってたヤツ等か。
あいつが風の勇者と言うからには、他の連中もそれぞれ何かしらの勇者って事なんだろうけど、そうや勇者パーティーは五人だとかって言ってたっけ。それぞれ何らかの特性を持った勇者ってことか。という事は、ラウレールは水の勇者だったのか?
ミケルトと名乗った風の勇者は、ラウレールとは異なり弓矢が武器らしい。何やら絢爛な装飾が施された長弓を持っている。
ミケルトはアローホルダーから一本の矢を取り出して長弓につがえる。
鏃は返りのある尖矢だが、青白く薄っすらと光っていて、標準的な金属製ではない事は一目瞭然だった。
「グレッグ、気を付けろ。あの矢は魔術が込められているみたいだ」
「了解。払い落としてやるぜ」
「いや、避けた方がいい。触れると何かしらの魔術が発動する仕組みかもしれん」
「……なるほど、了解だ」
返事をしたグレッグは、返事とは裏腹にロングソードを構えて、放たれる矢を剣で払うような姿勢をとっている。勿論、ミケルトにこちらの意図を読まれないようにするためだ。
長弓の弦をゆっくりと引き、ミケルトが矢を放つ。
一直線に。それも普通の人間なら決して目視など出来ないほどの速度で放たれた矢だが、グレッグはそれを寸前でヒラリと躱す。
――が、グレッグが躱した矢は地面に刺さらず、垂直に上昇していった。
「……追尾するタイプか」
上空で反転し、グレッグに向かって急降下してくる矢に対し、俺は魔法を放ってその矢を結界に閉じ込めた。結界は矢を閉じ込めたまま空中でピタリと停止する。
「チッ、弾けろ!」
ミケルトが叫ぶと結界の中の矢が粉砕し、青白い光が結界内に散らばる。
「クソッ、魔法か。煩わしい」
結界を魔力操作してミケルトに向かって投げつけるが、ヤツと傍にいた勇者たちはヒラリと避け、結界はその後ろにいた騎士たちに当たって砕けた。
「なんだコレは?」
「なんか痺れ……」
「うっ……苦し……なん……で」
砕けた結界から散布した青白い光を浴びた騎士たちが苦しみだす。やはりあの鏃には毒の魔術が掛けられていたようだ。
「忌々しい死神め」
「勇者なんて言うワリには、随分と卑劣な武器を使うんだな」
「黙れッ! キサマ等蛮族なんぞにはコレとて勿体ないくらいだ」
「ほう、そうやって出し惜しみしておいて使い物にならないんじゃ、意味無いな」
「黙れ黙れ蛮族め!」
今度は三本の矢を同時につがい放ってきたが、それも結界で包んで放り返してやると、先程の状況を見ていた他の騎士たちが慌てふためいて後退していった。
それを見たラウレールが騎士たちを非難していたが、そりゃあんまりってもんだ。勇者なら逆に仲間である騎士たちを守ってやれよ。
何故か俺たちに憤慨しているミケルトとラウレールの間から、もう一人の勇者がズイと前に出て来る。
「お前たちじゃ手に負えないようだな。今度は俺がやろう」
前の二人よりも屈強な体格をした男はハルバートを持ち仁王立ちになる。
「俺は土の勇者ミファール。この二人と同じと思わない方がいい」
言い終わるや否や、ミファールと名乗った土の勇者はハルバートを構えて突進してきた。
「俺が出る」
グレッグも俺に告げると同時に前に出る。
スグに激しい金属音がして、グレッグがミファールのハルバートをロングソードで受け止めたのが目に入った。
「なるほど、アイツ等じゃキサマの相手は無理だったな」
「ほう、そういうお前は俺の相手になるってのかい?」
瞬時に離れて間を開けるが、再びハルバートとロングソードとの応戦となった。
長いハルバートを素早く軽々と振り回すミファールに対し、グレッグも通常なら太刀打ち出来るはずもないロングソードで、ハルバートを受け止めたりいなしたりと応酬している。
「そんな剣で……よくも俺のハルバートを受けられるもんだ……」
「鍛え方が違うからな。いや、これは “どーぴんぐ” ってやつだな」
「何を言ってるのか――――分からんな、蛮族が!」
「教えてやるさ、どーぴんぐの力を――『雷撃破砕斬!』」
ミファールが振り下ろしたハルバートをグレッグのロングソードが受け止めたその時、眩くも激しい稲光が周囲に飛散した。