第112話 魔法阻害術
『死絶の業火』の炎に巻かれた援軍の衛兵たちは、人間の声とは思えないような断末魔を叫びながら焼かれていく。
そして、その断末魔が未だ辛うじて生存している他の衛兵たちの耳に届くと、彼らは思わずその断末魔のする方向に振り向き硬直した。
結界の中で燃え盛る業火。
その業火の中で蠢く何か。
「あ……あれは……何だ……?」
ようやく声を出せた衛兵の一人が、誰に言うともなく訊ねる。
しかし、その言葉に答える衛兵はおらず、返答をしたのはグレッグだった。
「よく見てみろ。あれは死神に殺されてるお前等の仲間だ」
既に炭化しつつあるその何かは、自分達が身に付けている物と同じ形状のヘルムを被っている。
その金属製のヘルムでさえ、見る間に崩壊していく。
「そんな……」
先程まで喊声を上げて向かってきていた衛兵の顔から生気が失せていき、自分も同じ目に遭うのかもしれないという絶望の形相に変化していた。
「グレッグさん、ボサっとしてないで片付けてしまいましょう」
「――ギャッ!」
業火を見つめたまま、呆然と立ち尽くしている衛兵をアレーシアが斬り付けた。
斬られた衛兵の叫びに他の衛兵は驚くが、踵を返して自分に歩み寄って来るアレーシアを見ても動こうとしない。否、あれは動けないのだろうな。
「はっ!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
抵抗もせず、為されるがままに斬られる衛兵。
それは他の衛兵たちも同様で、ある者はグレッグに斬られ、ある者はパイルの魔術に倒れ、シーニャやハースに鉤爪を突き立てられて絶命する者もいた。
歩み寄るリビエナの姿を見た者は、一見すると戦闘職には見えない彼女の姿に助けてもらえると錯覚したようだが、近付くにつれハッキリと分かるその憎悪に満ちた形相に驚くと同時に――息絶えていた。
「粗方片付いたか?」
衛兵たちの死屍累々な光景が広がる収容所の庭を見て呟くグレッグだが、その言葉にシーニャが反応した。
「来る……大勢」
「外からか?」
「そう」
シーニャの言葉に全員が収容所の正門に目を向ける。
「数は?」
「分からない。多い」
「逃げた衛兵が増援を呼んだか」
「……衛兵じゃない。馬……鎧……騎士団かもしれない」
この収容所から逃げた衛兵が何処に連絡したのかは知らんが、大聖堂で司教を討ち果たしてから大分時間も経っている事だし、おそらく同一犯だと考えて中央聖騎士団が動き出したのだろう。
索敵するとやって来る敵の数は五十人ほど。だが、索敵には更に先の範囲にも数十人の集団がこちらに向かっているのが感知される。
援軍は小隊か中隊か。何れにせよ継続して増援するって感じの動きか。
「こっちの状況を考慮していれば、それなりの手練れた連中を寄こしたかな」
「だろうな。まぁ、そうだとしてもやる事は一緒だろ?」
「いやまぁ、そうだろうけどさ」
こういう所はグレッグらしいというか、オーガ族との一件でもそうだったけど、戦闘に対して敵との戦力差みたいなのは全く気にしない性格っぽいよなぁ。
そうこうしている内に、騎士団が収容所の塀の向こう側まで来たのを察知した。
だが、騎士団は突入してこない。
「タナトリアス様、塀の外から何か聞こえませんか?」
アレーシアに言われて塀の外の気配に注意を向けると、間を置かずにパイルが叫んだ。
「詠唱です! 何か詠唱をしています!」
「詠唱の内容は分かるか?」
「そこまでは――」
「魔法阻害術です!」
叫んだのはレトゥームスだった。
どうやら魔法を使えなくする魔術のようだ。
「タナトリアスさま、魔法阻害術を掛けられました。これでは魔法が使えません」
試しに虚空斬を放ってみる……が、なるほど確かに虚空斬が打てなくなってる。
俺が魔法を封じられたという事は、レトゥームスも同じ。
「レトゥームス、後ろに下がれ」
盾を構え、ハルバートを盾の横から突き出して横並びになった騎士たちが正門に姿を現すと、一歩ずつ敷地内に侵入して来る。
正門に入る時は横四列だった騎士は、敷地内に入ると両側に広がり、盾を八列に並べた態勢になった。
「弓隊、放てッ!」
指揮官らしき者が号令を発すると、前面に並んだ盾防御列の後ろから無数の矢が撃ち放たれた。
「くだらんッ!」
飛び出したグレッグが踊るように剣を振るい、飛んでくる矢を瞬く間に払い落としていく。
「ハアッ‼」
グレッグの少し後ろでは、別方向から飛来する矢をアレーシアが同様に払い落としていた。
だが、そうやって絶え間なく飛んでくる矢を振り払っている二人を余所に、盾とハルバートを構えた騎士たちが足早に進んで来ると――。
「大気の精霊よ空を斬れ――『虚空斬ッ!』」
「パイル、魔術は使えるのか?」
「魔法阻害術は、あくまでも魔法を使わせなくする魔術ですよ。魔術と魔法は原理が違うんです」
何故かパイルが少し嬉しそうだ。攻撃受けてるのに……何故だ?
「つまり――――私とリビエナさんには通用しないんですッ! 『虚空斬!』」
「そういう事です! 聖なる天父神よ我らを害する者を払い除け下さい――『聖なる旋風!』」
パイルの虚空斬がにじり寄る騎士団の盾を弾き飛ばし、リビエナの起こす竜巻が規律正しく並んでいた騎士たちをバラバラに投げ飛ばしていく。
鎧を着込んでいる騎士は、ガチャガチャと金属音を立てて体勢を崩し横倒れになっていくが、手に持っているハルバートを杖のようにして地面に突き刺し、身体を支えて転がるのを何とか防いだ騎士にとっては、逆にそれが立て続けに放たれる『虚空斬』で真っ二つにされてしまい、命取りとなっていた。
「怯むな! あそこに立ってる魔族の男は無防備だ、ヤツを仕留めろッ!」
「重騎士隊、前へ!」
重騎士だと?
先程の騎士たちが持っていた盾よりも、一回り大きく厳つい盾が並び、その盾の上方の抉れた部分からクロスボウを構えた銀の甲冑が見えた。
「目標、黒い羽根の魔族の男! 構えェェ――撃てェ!」
およそ十五くらいの並んだ盾の上から、クロスボウによる射撃だ。
人の手で引いた弓から撃たれる矢とは比較にならない速度と威力の矢が、一斉に俺に向かって撃たれる……が。
カァァァァ――――――ン
「な……なんだ⁉」
「は、弾かれました。弩の矢が……全て落とされました」
「バカな……。弓矢ではないのだぞ⁉ あれを払い落とせるワケがあるか!」
「しかし、あの魔族の男は無傷で立ってます」
「魔法阻害術で防御魔法が使えないハズだ。あの魔族には魔法阻害術が効かないのか? いや、それよりも魔法阻害術が効かないなんて事があり得るのか⁉」
確かに、今の俺は魔法が使えない。けど、だからといって何も対処出来ないワケじゃないんだぞ?
タナトリアスの姿となった俺には『最強種の悪魔』としての力は封じられていない。否、というか『最強種の悪魔』の力は、人間族の魔術如きで封じ込める事なんで出来ないっぽい。
長く、鋭く伸びた漆黒の爪で弩から撃たれた全ての矢を弾き落とした俺は、背中の黒い羽根を広げて重騎士たちに相対する。
「あれは……本当に魔族なのか……?」
「司教様を殺害した死神じゃないのか?」
「死神……あれが……か?」
「そういえば、あの黒い羽根……」
「衛兵が言ってたのは、本当だったんだ。ヤツは、ヤツは死神だァ!」
一応、先に逃げた衛兵は騎士団に「死神が出た」って伝えてたみたいだけど、どうも騎士団はそれを信じちゃいなかったみたいだな。
今頃になって慌てふためいても遅い。
「タナトリアス様、ちょっと魔術をぶっ放しますね。 火の精霊よ揺らめく炎を撃ち放て――『火炎弾』」
俺の隣に来たパイルが詠唱を唱えて、相対している騎士団の更に後方に向かって火炎弾を撃ち込むと、それまで効いていた魔法阻害術の効果が切れた。
「対魔法術士に贈り物です」
舌を出してウィンクして「テヘペロ」な顔したところで、やってる事は全然可愛くないんだけど……怖いわ逆に!
ともあれ、パイルのおかげで魔法阻害が無くなった。
今まで俺の見せ場が無かったからな。もう容赦しねぇぞ。
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