第111話 地獄の始まり
※誤字修正しました。
急な事態で収容所から転送させられずにいた残りの亜人種族を連れ、『精霊の休息地』へと転移した。
「ターナス様!」
憂い顔のハースが俺の胸に飛び込んで来る。
正直、十三歳といえども獣人種族のハースに飛び込んで来られると、予想外の腹パンを喰らったみたいな衝撃を受けるんだよなぁ。
「大丈夫だ、全員連れて来たからな。今度は此処からダグジールに行く。スグに戻るからまた待っててくれ。アレーシア、此処を頼む」
アレーシアにこの場所の警戒を託し、一気にダグジールへと転移する。
魔王軍のダグジール師団は、オーガ族との戦闘で外壁などは壊されたままではあるが、敷地内の建物には損傷が無かった事と、ダグジール師団にいた数十人の軍人がトランバンスと聖王国との最前線に向かった為、今現在は施設的に余剰人員を収容できるだけの余裕があるはずだ。
「タナトリアス様のご依頼とあれば、ダグジール師団総員で引き受けさせて頂きますから、どうぞご安心ください」
「悪いな、オータス師団長。まだ完全復興したワケじゃないのに」
「いえいえ、タナトリアス様のおかげでこの程度で済んだのですし、トラバンストとの前線に赴いた『無敵部隊』の精鋭たちも、相当の戦果を挙げていると報告を受けています。これも全てタナトリアス様のおかげなのですから、この程度の事では恩返しにすらなりませんよ」
「アトーレやジグラルダルの魔王軍師団にも同様に頼んであるんだが、自分で移動して故郷や隣国へ行きたいと希望するヤツがいれば、そのまま送り出してくれて構わない。行く当てが無いとか、体力的に移動するにはキツそうな者がいたら、取り敢えずの間だけ保護してくれると助かる」
「承知致しました」
「スマンな。面倒掛ける」
◆◇◆◇◆◇
森に戻るとスグに皆が俺を取り囲んだ。
勿論、次に何をするのかは決まってる。
「グレッグとレトルスの所に行くぞ」
「「「「「はいっ!」」」」」
真剣な眼差しで返事をする皆は、既に戦う準備……否、覚悟と言うべきか、気持ちはもう臨戦態勢に入っている様だ。
「パイルとリビエナは皆の支援を頼む。ハースとシーニャは二人を援護してやってくれ。詠唱してる間は無防備になりやすい」
「ん、大丈夫。いつも通り」
もともと<宵闇の梟>としても、同様にシーニャがパイルのバックアップをしていたようだから、そこら辺は慣れたものなんだろう。
ハースも戦闘自体は傭兵ギルドでの経験があるから問題ないだろうけど、シーニャの傍にいた方が何かと安心だしな。
アレーシアに視線を向けると、珍しく口角を上げてニヤリと笑った。うん、あれだ、ちょっと前にやたらと魔獣狩りなんかをしたがっていた時の雰囲気だ。
「傷を負う事は無いはずだが、体力は無尽蔵じゃないんだからな。疲れが出ると注意力も散漫になる。もし疲れを感じたなら俺かリビエナの所に来い。いいな?」
無茶をしないよう念を押してから、収容所へと転移する。
収容所に詰めていた大多数の衛兵は、グレッグとレトゥームスに倒されていたが、連絡が飛んだのであろう、俺たちが収容所に戻ってきたのとほぼ同じくらいに、増援の衛兵たちが門から雪崩れ込んでくるのが見えた。
「行きます!」
掛け声と共にアレーシアが飛び出し、先に衛兵と対峙しているレトゥームスのところへ向かった。
レトゥームスは人間族としての仮の姿で冒険者をしているから、剣による戦闘もこなせるが、本来の魔族の姿になっている時には魔法による攻守がメインになる。
アレーシアは敵の対魔法防御への物理攻撃として、レトゥームスの支援に入ったということだ。
グレッグは……問題無い。オーガ族との戦闘で見せた無双っぷりを此処でも発揮してやがる。
見た目はただの人間族の冒険者然としたグレッグの姿に、ガットランドの衛兵は「ちょっと手強い相手」くらいにしか思っていないのだろう。だがグレッグの持つ剣は金剛石並みか、それ以上の硬度を持ちつつ、物理的な物なら何でも斬れるんじゃないかと思う程の切れ味をしていて、尚且つ『雷撃』を加える事が出来る。
最初は数に任せて勢いよく挑んでいく衛兵たちだが、一薙ぎで仲間が真っ二つにされてしまうと恐れ戦き逃げ出してしまう者もいた。
「大地の精霊よ壁を成して行く手を塞げ『土壁!』」
逃げようとする衛兵の前に、後衛のパイルが魔術を放ち地面を盛り上げて壁を作り、衛兵たちの行く手を塞ぐ。
「残念だったな!」
逃げ場を塞がれた衛兵たちが後ろを振り返った時には、既にグレッグが追い打ちをかけていた。
「獣人種族のガキがいるぞ!」
ハースとシーニャに気付いた一部の衛兵が二人の方へ向かう。
「聖なる天父神よこの者達に怒りの矢を与えてください『聖なる矢』」
向かって来る衛兵たちに対して構えたハースとシーニャの後ろから、光の矢が放出されて衛兵たちを撃っていく。
一瞬の事に呆気に取られつつハースとシーニャが後ろをふりかえると、驚いた二人の顔に気付いたリビエナがニッコリと笑った。
「攻撃の聖術もあると言ってたが、ああいう事か……」
神官だから戦闘には向いていないと思ってたけど、なかなかどうしてヤルじゃないか。あれならハースとシーニャのバックアップがあれば、大きな問題は無さそうだな。
「さてと、俺も働きますかね」
皆それぞれ問題無く戦えているのが分かり、俺も安心して動ける。
外から雪崩れ込んで来る衛兵の数は既に百は越えているようだが、もともと収容所内にいた八十人ほどを足しても、残っている衛兵の数は半数にも満たなそうだ。
俺はターナスの姿から、死神タナトリアスの姿に変えて衛兵たちの前に立った。
「お、お前は魔族か⁉」
「おや、ガーネリアス教徒が死神の姿を知らないと?」
「死神? 何を言ってる。死神など……死神など……死神? 死神だと……⁉」
「お、おい。あれは……あの黒髪に赤い目……あの黒い羽根……し、死神……」
「そ、そういえば、大聖堂で司教様が殺されたと……」
「死神の紋章があったっていう……あれか?」
「まさか、本当に……」
「し、死神だ……。死神、タナトリアスだ……」
「さあ、理解したところでお前等全員死んでもらうぞ」
悲鳴を上げて逃げ出す者も数名いたが、一応は衛兵だけあって、多くの者は震えながらも剣やハルバートを構えて臨戦態勢を崩さずにいる。
「怖気るな! 我々は王国衛兵だ。教会の騎士団とは違うところを見せてやれ!」
衛兵隊の隊長だろうか、他の兵士を鼓舞する者がいた。
その声に奮い立たされたのか、それとも諦めて覚悟を決めたのか、衛兵たちが掛け声を上げて俺を睨む。
「行けェ! 死神を討ち取れェ!」
喊声を上げて突っ込んで来る衛兵たちに向かって右手を伸ばし、彼らの前に結界で障壁を作る。
結界にぶつかり慌てふためく衛兵たちを更に別の結界を作り出して閉じ込めた。
「何だこれは⁉」
「進めませんっ! 結界魔法のようです!」
結界に閉じ込められた事で身動き出来なくなった衛兵たちから焦りの色が見える。
結界の真正面にいるものは、結界の感触を確かめようとしたり、物理的に壊そうとハルバートで叩いている者もいる。ある者は、ただただキョロキョロと周囲を見渡して、逃げようが無いと悟ったのか神に祈ったりもしている。
――お前等のその神を叩き潰す為に俺がいるんだよ。
「地獄へ堕ちろ『死絶の業火!』」
結界の中を業火が渦巻き、閉じ込めた衛兵全てを焼き尽くしていく。
今回は球状結界ではなく、四方を取り囲んだだけの結界だ。その中で業火に焼かれる兵士たちの断末魔が天井の無い上から周囲に広がり、それは別の場所で戦闘を繰り広げていた他の兵士たちの耳にも届いた。




