第107話 段取り確認
「おう、首尾はどうだ?」
メンバーを目標に大聖堂から転移して戻ると、「おかえり」の一言も無くグレッグが結果を訊ねて来た。
「司教が持ってた結構イイヤツが手に入った」
「そりゃ良かった」
「ついでに宣戦布告もしてきた」
「は?」
聖教杖を司教から拝借した後、執務室にいた司教をはじめ四人を殺したうえで、執務室の壁に血文字で人間中心主義への制裁を意味する髑髏と、死を告げる文言を描いて来た事を話した。
我ながら厨二的かな? とも思ったけど、どっちにしろ死神を印象付けるなら髑髏マークは効果的だろ。尤も、この世界で髑髏マークが死を意味するのかどうか知らんけど……と思ったら、どうやら杞憂だったようだ。
「寧ろ、遅いくらいじゃないですか?」
「そう言えば、ターナスさんの世界では死神って『大鎌を持ったスケルトン』なんでしたっけ? ならば髑髏マークは死の象徴として持って来いですね」
「そうだな。だいたい、既にガットランドへは伝達者を送ってるんだから、今更ってのもあるよな」
「伝達者……ですか?」
メンバーの遣り取りを聞いていたリビエナが反応し、それにグレッグが答えた。
「ランデールで亜人種族が行方不明になったり、襲われて殺される事件があってな。まぁ、それが俺たちがガットランドに来る事になった一因でもあるんだが。亜人種族を襲った実行犯を捕らえて尋問したあと、そいつにガーネリアス教会への伝言を託して解放したんだよ」
「では、すでにガーネリアス教会に対して宣戦布告をしていた……と?」
「ああ。だがガーネリアス教会は何も対策をしていないようだし、死神が現れたというような噂話も聞かないという事は、その伝言は伝わっていなかったって事だ」
「何故でしょうか?」
「伝言以外の事を喋ったら、身体が燃え上がる魔法をターナスが掛けたからな。何処かで伝言以外の事を喋っちまったんだろう」
「なっ……。そんな悪魔のような魔法を……」
目を見開いて「信じられない」といった顔をするリビエナだが……悪魔のような魔法か。確かにそうなんだよなぁ。
「前に言っただろ。俺はラダリンス様から『最強種の悪魔』という力を授かったって。まぁ、ラダリンス様曰く『人間にとっては悪魔のような存在』って意味らしいがな」
「……そう言えば、そうでした。でも、本当に……いえ、本当なんですよね。はぁ」
何だか大きくため息を吐いた上に、額に三つ指を当てて考え込んでるみたいだけどな、事実は変わらないんだぞ?
そんなリビエナの姿を見て苦笑いしてるメンバーだったが、グレッグの言葉で現状を再認識する。
「兎に角、これで正式にィ――――かどうかは分からないが、ガーネリアス教への宣戦布告にはなったワケだし、リビエナも聖教杖を手に入れたワケだし、例の収容施設に向かうか?」
「そうですね。教会が宣戦布告を受け止めて、どう動いてくるのか……ですが。まだ塔の建設は始まってませんし、まずは囚われている亜人種族に何かあっては元も子もありませんから、彼らの解放を優先した方が良いかもしれませんね」
「そうだな。他の皆もそれでいいかな?」
収容所の亜人種族救出を優先するというグレッグとアレーシアの考えを他のメンバーに問うてみる。
「是も非も可も否も無いでしょう。まずは囚われている亜人種族を安全な場所に避難させましょう。そうすれば心置きなく暴れられるんじゃないですか?」
パイルの言葉にハースやシーニャ、レトルスも頷く。
皆のやる気にやや押された感のあるリビエナではあったが、司教を殺したあの場で言った「覚悟を決めている」の通り、手にした聖教杖を握り締めて大きく頷いた。
「収容所へは認識阻害を掛けて隠密に侵入しようと思う。囚われてる亜人種族は、いったん例の森に転移させようと思うが、どうだろう?」
「あの森に転移させるのはいいが、数が多いぞ」
囚われている亜人種族の数は四百人前後。森の大きさ的には問題無いはずだが、さりとて、一時的にとは言え四百人を避難させておく広場のような場所は無い。
それでも、身を隠しておくには十分だと思うが――。
「ターナスさん。いったん森に戻りませんか?」
パイルが小さく手を挙げて進言した。
「何か考えが浮かんだか?」
「ええ。取り敢えず話は戻ってからという事で」
「分かった。それじゃあ皆、一度森に戻るぞ」
◆◇◆◇◆◇
転移魔法で『森の精霊の休息地』に戻って来ると、スグにパイルが話を切り出した。
「ターナスさん。魔術印符に記した転移魔法の魔法陣ですが、一度に何人くらい転移させることが出来ますかね?」
「どうだろうか。俺自身は一カ所に纏まっていれば何人でも転移させられるし、その転移魔法を反映させたのだから、魔術印符でもほぼ同じ効果があるとは思うけどな。ただ、実証したワケじゃないから実際のところはどうだか……」
「ほぼ同じ効果なら問題ありません。あれだけの数の亜人種族全員をこの場所に待機させるのは不可能ですから、ある程度の数で区切って此処に転移させた方がいいと思うんです。それでですね、転移魔法の術式を記した魔術印符が三枚あるわけで、収容所からこの場所に、この場所からガットランド国外へ……と、いくつかのグループに分けて送り出し転送する事が出来れば、早く片付くんじゃないかと思うんですよ」
「確かにそれはそうだけど、魔術印符は万が一の緊急退避用で使っうべきじゃないか? じゃないと自分達自身が危ないだろう」
「そこは例の『絶対的身体防護』を掛けてもらえれば、私たちはほぼ無敵状態になるじゃないですか。それならこの魔術印符は転送に使った方が彼等の安全度も高まるってもんじゃないですか?」
「そりゃまぁ……な」
「それで、彼等の転送先なんですけど……。ターナスさんは何処に転移させるつもりなんです?」
「アトーレの冒険者ギルドでいいんじゃないか?」
「アトーレに四百人は厳しいです。ですから、ユメラシアの魔王国軍にも一時的な保護をお願いしましょう。ダグジールとジグラルダルの師団なら、受け入れてもらえるハズですし、あそこなら獣人種族やドワーフ族でも安全に保護してもらえると思うんですよ」
そうか、言われて見ればアトーレに四百人からの亜人種族を連れて行ったら、いくら何でもゴーランに迷惑を掛けちゃうよな。
「分かった、魔王軍にも頼むとしよう。それで、送り出す方法としては俺が収容所から亜人種族を此処へ転移させて、此処からは魔術印符でそれぞれの場所に転移――って事でいいのか?」
「いえ、逆の方がいいです。私が魔術印符で収容所から此処へ送りますから、ターナスさんが此処からユメラシアやアトーレに送ってください」
「いや、それだとパイルに危険が――」
「ターナス、俺たちに任せろ」
言い終わらないうちにグレッグに制された。
「さっきパイルも言ったが『絶対的身体防護』を掛けてもらえば、俺たちがケガするような事は無い。それに、今回は囚われている者たちの転送がメインで戦闘がメインじゃない。戦闘行為が起きたとしても部分的なモノであって、全面的な戦闘になるのは中央聖騎士団が動き出してからだ。収容所にいる衛兵程度なら、俺とパイル、アレーシア、レトルスの四人でも問題無いだろう」
「私は?」
グレッグが告げた名前の中に、自分が含まれていなかったシーニャが手を挙げた。
「シーニャはハースちゃんとリビエナと一緒にターナスを補助してほしい。ターナスだけよりも同じ獣人種族がいた方が安心するだろう?」
「でも……」
「もう一つ。シーニャにはハースちゃんとリビエナの護衛という意味もある。勿論、亜人種族の転送が終わったら本格的な戦闘になるから、その時はいつも通り戦ってもらうからな」
「う……。分かった」
「リビエナは傷病者がいたら治癒を頼む。ただし、あくまでも『一人で歩けない』といったような者だけでいい。転移先のギルドや魔王軍師団に負担を掛けないための処置だと思ってくれ」
「分かりました」
「そんなところでどうだ、ターナス?」
「ふぅ~っ、やっぱりこういう事はグレッグの方が慣れてるし、適格だな」
「当然だろ!」
何のかんの言っても、グレッグは頼りになる。
「それじゃあ、まずは全員で収容所に潜入する。そこからは最初に救出した亜人種族と一緒にターナスとリビエナ。それにシーニャとハースちゃんはこの森に転移してくれ。ターナスはそのまま次の場所へ転移させてくれればいい。俺たちは順次収容所から此処へ転移させる」
「了解した。それじゃあ全員に『絶対的身体防護』を掛けるぞ」
さて、いよいよ大仕事の始まりだな。