第106話 宣戦布告
※誤字修正しました。
大聖堂に入ると、中には礼拝に訪れた信者と思しき人々が多く行き来していた。
殆どは身形の良い服装を着ているので、おそらく王都の住人だと思う……が、中には冒険者らしき装いの者も見かけた。
聖堂に訪れるような熱心なガーネリアス教徒の冒険者であれば、ガットランドやトラバンスト以外の地域には行かないだろうな。
「そういえば、聖教杖にも等級ってのはあるのか?」
「ええ、あります。私のような一般的な神官が使うのは二等級聖教杖です。取り上げられたのも二等級の聖教杖でした」
「等級が上の聖教杖だと、何が出来るようになるんだ?」
「それは勿論、高位階の聖術を放つことが出来ます。ただし、特等級の聖教杖となると、教皇様でないと扱う事が出来ません」
「じゃあ、リビエナは一等級の聖教杖なら使えるのか?」
「はい。ただ、一等級聖教杖は司教になって初めて授与される物なので……」
「それじゃあ司教を探すか」
「はえっ⁉」
何を驚いたのか、リビエナは目を丸くして頓狂な声を上げた。
「どうせなら上等なモノの方がいいだろ?」
「そういう問題では……」
「そういう問題だよ」
何だかあまり納得がいってない顔をしてるリビエナだが、面倒なので強引に司教がいそうな場所を聞き出して先に進む。
周囲の人間に俺たちの姿は見えていないし、隠匿しているので気配すら感じる事はないのだから正々堂々としていいのだが、大聖堂の奥に進むに連れ、リビエナはオドオドしながら神官だか僧侶だか知らんが、すれ違う職員から隠れるようにして俺の陰に身を潜めていた。
「おい、案内役が俺の後ろに隠れてどうすんだ?」
「だ、だって……私は教会からすれば背教者なんですよ。そのうえ罪人扱いなんですから……」
「だとしても、お前の姿は見えてないんだから隠れる必要はないんだって」
「分かってます。分かってるんですけど……怖いんですよぉ」
教えに背いてまで亜人種族を匿い、逃がすような度胸があるのに、どうして此処じゃこうも弱気なんだ?
「まったく……。それで、どっちに行けばいいんだ?」
「えっと、右側です。この先に執務室に通じる扉があるはずです」
ほぼ引き摺るような感じでリビエナに案内させて進んで行くと、信者は勿論、教会の人間たちの姿もなくなった静かな廊下に出た。
蝋燭の明かりで薄っすらと照らしている窓の無い廊下の先に、如何にもな宗教的装飾のレリーフが施された扉が見える。
「あれか?」
「あれです」
扉に近付くと、その扉全体から異質な気配を感じる。
「これは……侵入者を感知する術が掛けられてるな」
「それならおそらく『検知と制止』の聖術だと思います。近付く者を検知すると同時に、その場から動けなくさせる聖術です」
「ほう。魔法で解除、もしくは突破が出来ると思うか?」
「それは何とも……」
まぁ、検知した上で瞬時に束縛するってのが分かれば問題無い。
扉に向かって手を伸ばすと、掛けられた聖術を吹き飛ばすイメージを思い浮かべながら、扉に向かって魔力を放った。
「あっ……」
リビエナは扉に掛けられた『検知と制止』の聖術が吹き飛んだのが分かったようで、小さく声を上げて目を見開いている。
扉そのモノは傷付きもしていないが、そこにはもう入室を拒む術は存在しない。
扉に手を当てて内部を探る。
「偉そうなヤツが一人と……神官っぽいのが三人いるな。一人が偉そうなヤツの傍に突っ立ってて、他は皆机で何かを読んでる」
「お仕事中だと思います。事務仕事も結構あるはずですから」
「司教も聖教杖は常に持ってるんだろうな?」
「ええ、勿論です。ローブの下の腰のあたりに身に付けてるハズです」
「それじゃあ、そいつを頂こう」
扉の取っ手に手を掛け、勢いよく扉を開く。
スグに中の四人が此方を向くが、瞬時に全員に束縛魔法を掛けて身動き出来なくした。勿論、声ひとつ上げる事も出来ないように。
部屋の中に入り、一番偉そうなヤツの所へ向かう。
「コイツが司教か?」
「はい」
「ちょいと失礼」
リビエナに確認してから司教のローブを捲り上げると、腰のベルトにパイルが持ってる魔術杖よりも少し長く、装飾が施された聖術杖があった。
「これが聖術杖か」
「はい。一等級聖術杖で間違いないです」
「なんか、宗教の偉い奴ってのは、長い杖を持ってるイメージがあるんだけどな」
「ああ、司教杖の事でしょうか? あれは祭式の時に使う物ですが、聖術には何の関係もありませんから」
「そうなのか?」
「ええ。単に権威を示す物です。聖術はあくまでも聖教杖を使うので」
まぁいい。兎に角コイツを頂くとしよう。
取り上げた聖教杖をリビエナに渡し、そのまま他の神官らしき男たちからも聖教杖を取り上げる。リビエナ曰く、彼らのは二等級聖教杖だそうだ。
「こいつも貰って行こう。予備として使ってもいいし、売れば幾らかにでもなるだろう?」
「聖教杖を売ったら怪しまれますよ。普通は売ってないんですから……」
ちょっとリビエナに呆れた顔をされてしまった。
「それじゃあ、土産だな」
パイルの土産にすれば、彼女も聖術の研究でも始めるかもしれないし、どっちにしろ良い玩具になるだろう。
「よし、試しにそいつを使って何か術を掛けてみろよ」
「えっと……何をしましょうか?」
「こいつ等の記憶を消すとか」
「……無理です」
「じゃあ、眠らせる事は?」
「それなら出来るかもしれません。――聖なる天父神よこの者達に深き眠りを与えてください――『深層睡波!』」
リビエナが唱えると、立ったまま束縛されていた男は床に崩れ落ち、椅子に座っていた三人もズルズルと椅子から滑り落ちて床に転がってしまった。
良く見ればどいつも口を半開きにして寝息を立てている。
「それは一等級の聖術なのか?」
「あ、いえ。聖術としては三等級でも掛けられるものです。ただ、この一等級聖術杖で掛けると、眠りの深さが相当深くなるはずですから、放っておけば起きるのは明日の今頃になるハズです」
同じ聖術でも、等級の高い聖術杖を使う事で効果に差が出るって事か。これが魔術杖でも同じことが起こるなら、今度パイルにも等級の高い魔術杖を買ってやってもいいかもしれないな。
さて、これで用も済んだし、皆の所へ戻るとするか。
「あのぅ、彼らはこのままにしておいてよろしいのでしょうか……?」
「ああ、そうだな。このままは良くないか。因みに、こいつ等も亜人種族狩りには相当関与してるよな?」
「それは……勿論ですが……」
「なら、死んでおいてもらおうか」
「こ、殺すの……ですか?」
「当然だろう。まぁ、宣戦布告の意味も含めてだな。見たくなければ後ろを向いていてもいいぞ」
「……いえ、大丈夫です。私も覚悟を決めてますから」
「そうか」
聖教杖を握り締めたリビエナは、先程までとは打って変わった強い眼差しで俺に返答をした。リビエナにしても、既に戦う覚悟は出来ているのだから当然なのだろうが、やはり本来は生かす事を是とする職業だったハズなのだから、敵になったとはいえ人を殺す事に罪悪感や嫌悪感を抱くと思っていたけど……杞憂だったみたいだな。
死んだのが司教である事は身形で分かるだろうが、念の為、頭部は残しておいた方がいいだろう。そうとなれば――。
虚空斬で昏睡している四人の胴体を真っ二つに切断した。
「あとは――」
切断面から流れる血を魔法で動かし、部屋の壁……扉から入って来ると真正面に見える壁に、大きく髑髏を描いて部屋から皆の下へ転移した。
『人間中心主義に死を―― 死神タナトリアス』




