第105話 確認と準備
元ガーネリアス教の神官だったリビエナによれば、王都城塞内に集められている亜人種族は、全て此処の一番大きな収監所に纏められていると見ていいらしい。
ならば、あとはどうやって救出するか――だ。
「囚われてる亜人種族が全て此処の収容所にいるのなら、やはりまず一度、中央門前の建設予定地まで行ってみよう。どの程度進んでいるのかを見てから計画を立てた方がいいだろう」
特に異存も無く、馬車に乗り込むとドリファスに貰った地図を頼りに、王都城塞中央門へと向かう。
王都だけあって人は多いが、それなりに道幅が広いので馬車でも難無く通行出来ている。城下町ってのはこういうもんなのだろうか? まぁ、流石に王城はもっと複雑な造りをしてるはずだろうけどな。
王都城塞全体の面積がどの程度なのかは分からないが、収容施設から中央門までは三十分程度掛かった。何度か道を右左折しながら進んでの距離としては、二km前後ってところだろう。
「あれが中央門ですね。という事は、此処が中央門前広場……塔の建設予定地って所でしょうかね」
馬車一台が通れる程度の門があり、両脇に憲兵であろうハルバートを持った兵士が立っている。
此処から見える限りでは、門の先には橋が架かっていて、そこを列を成した人々が往来しているのだが、あの橋の更に向こうには城塞に入る為の最初の検問所があるらしい。
「あそこがソレっぽいな」
グレッグが視線を向けながら顎で示した方へ目を向けると、広場の中心部に何本もの杭が円形に打たれていて、その円形に打たれた杭の中には、やはりハルバートを持った兵士が数人立っていた。
「まだ杭が打たれてる段階か。時間的にはまだだいぶ猶予はありそうか」
「ああ、工事自体が始まってないしな。問題は、どの時点で亜人種族が連れて来られるか……だ」
「人柱にするのなら、大きな穴を掘って生き埋めにするつもりだろうか?」
「可能性の一つだな。ただ、四百人からの亜人種族を生き埋めにするだけの穴となると、相当なモンだぞ?」
「そういえば……」
リビエナが何かを思い出したように口を開いた。
「これは以前聞いた話なのですが、ある街で捕らえた亜人種族……確か獣人種族と魔族の人狼だったと思いますが、体中を縛られて動けなくされた上で人柱にされた――と聞いた事があります」
「それは、穴に埋められたってのとは違うのか?」
「はい。話ではやはり塔だっと思いますが、壁にされたと……」
「壁……」
何となく、イメージ出来ちまった。
おそらくは立たされた状態で周りを粘土か何かで固められ、そのままレンガでも積まれてしまったんじゃないだろうか。
――クソッ、想像しただけで胸糞悪くて吐きそうだ。
「あの杭が打たれている範囲を見ると、直径二十……いや、十五メートルくらいか?」
「十五めーとる?」
パイルが不思議そうな顔をして俺に顔を向けた。
「ああ、いや、俺がいた世界の長さの単位だよ。あそこに立ってる兵士が大股気味に歩いたとして、ニ十歩くらいかな……ってな。大人がニ十歩、歩いた長さが、おおよそ十五メートルって長さかな……ってな」
「はぁ。まぁ、よく分かりませんが分かりました」
この世界にも長さを測る単位ってのはあるのかも知れないが、一般的には全く使われていないのか、今まで距離にしても時間にしても、抽象的な言葉でしか伝えられていないからなぁ。
「ターナス様、その……ちょっけいニ十歩の大きさっていうのは、どの位の大きさになるのですか?」
今度はハースだ。
俺が地面に円を描いて、その真ん中に一本の線を引いて「直径」を説明すると、皆その円をマジマジと見つめていた。
「なるほど。要は二十シュラットって事だな!」
「なんだ、グレッグは長さの単位を知ってるのか」
「ああ~、いや。まだトラバンストにいた頃に、建築技師に聞いただけさ。人が歩いた時の一歩の足跡の幅をシュラットって言うんだ……ってな」
「それは、トラバンストだけで使われてるのか?」
「ああ。一般的に使ってるのは建築ギルドくらいだな。あとは貴族が、自分の領地のことやら仕事上使うから知ってるらしいけどな」
「アレーシアやパイルは?」
「知りませんね」「私も知らないです」
ま、庶民は学校にも通ってないっぽいし、前世でも中世なんてこんなもんだったんだろうな。
「兎も角――だ。建てようとしてる【枢要塔】の大きさが何となく分かっただろ。リビエナの話から推測すると、集められた亜人種族は『壁』として使われる可能性が高い。勿論、基礎として埋められる可能性も捨てきれないが、穴を掘って生き埋めにされるのでないとすれば、工事が始まれば早々に囚われてる亜人種族の身に危険が迫る」
「そうと分かれば作戦会議か。何処か宿を探すか?」
「いや、誰かに聞かれるのはマズイ。話し声を漏らさないように魔法を掛ける事は出来るが、念には念をだ。あの森に戻って野営をしよう。あそこなら隠匿魔法で完全に隔離出来る」
皆、大きく頷いて馬車に乗り込んだ。
「そうだ、リビエナ。何処かに教会はあるか?」
「え、ええ。勿論ありますが……。教会に行くのですか?」
「ああ。お前の聖教杖とやらが必要だろう」
「えっ⁉ それって……まさか……」
「手に入れる」
魔術杖では聖術が使えないんだし、売ってない以上は教会で手に入れるしかないワケだし、リビエナだって戦力として数えておきたいし、そうなれば早めに手に入れるしかないだろう。
俺の言葉に些か混乱気味のリビエナだが、俺の言い方からおそらく「強奪する」のだと思ってるようだ。まぁ、そうなんだけどね。
アタフタしつつ周りを見れば……他の皆は「当然だろう」ってな顔をしてるし、グレッグなんてニヤニヤしてるもんだから、リビエナはこれから自分のために起きようとしてる事態を想像して青褪めてしまった。
「心配するな。派手にはやらん。ちょっと拝借するだけだよ」
「さあリビエナさん、教会に行きましょう!」
何故かパイルはノリノリだ。やはり魔術と聖術という似て非なるモノの比較が楽しみなんだろうな。
「リビエナの実力も知りたいし、何より戦力として役立って貰わなきゃならないんだ。お前だって亜人種族を助けたいんだろ?」
「勿論です!」
「なら、行こう」
地図では城塞中心部となる城の近くに大聖堂があるようだ。庶民向けの小さな教会もあるらしいが、その場合だと司祭一人と世話役が一人いるかどうかという程度で、下手すると誰もいない可能性もあると言う。
だったら最初から大聖堂に行って、それなりに権威のあるヤツから聖教杖を頂こうじゃないか。
来た道を戻りつつ城塞中心部に向かって進むと、小高い丘の上に城壁に囲まれた王城が見えて来た。
そして、王城のあるその丘の下に、豪奢な造りの大聖堂があった。
「あれが大聖堂です。ですが、私はもう神官ではありませんし、教会から見れば逃亡してる罪人ですよ? どうやって中に入るのですか?」
リビエナは身形こそ変えているけど、目立つ髪色なんかは変えてないからな。彼女の手配書がどの程度知れ渡ってるのか分からんし、どうせ正規に入手するワケじゃないんだから、認識阻害と隠匿魔法で気配を消して入るのが手っ取り早いだろう。
リビエナにその事を伝え、教会に入るのは俺とリビエナの二人だけとし、他のメンバーには此処で待っててもらう事した。
「だ、大丈夫でしょうか? 本当に見つかったりしませんか?」
「心配するな。仮に見つかったとしても何ら問題無い」
「ちょっ、それはどういう意味ですか⁉ 見つかる可能性もあるって事ですか?」
意外とリビエナは面倒な奴っぽい……。
「じゃあ、ちょっと行ってくるな」
皆に宣言してから問答無用でリビエナと自分自身に認識阻害を掛け、更に隠匿魔法を上掛けして完全に気配を消すと、もうその瞬間から他のメンバーもキョロキョロとし出しす。そんなメンバーの姿を見たリビエナは、グレッグやパイルの前で手を振ったり顔を覗き込んだりしていた。
「分かっただろ? さあ行くぞ」
「あっ、は……はいっ!」
大聖堂に出入りする人々に紛れ、俺たちは中に入った。