第104話 亜人種族の居場所
ドリファスから王都、及びその周辺が記された地図を貰った俺たちは、【枢要塔】の建設予定地である城塞中央門前の広場を目指して移動した。
「しかし、ドリファスは『上級冒険者にならず者が多い』なんて言ってたけど、普通逆じゃないのか?」
「土地柄にもよるだろうな。ランデールのように亜人種族の冒険者と共存しているような所だと、人格も求められるからな。それこそ人格に問題あるようなヤツは、大きなトラブルを起こす前に冒険者証を剥奪される。けど、逆にトラバンストやガットランドみたいに人間族しかいない国の冒険者なんてのは、力で優位が決まるからな。性格に問題があっても力でねじ伏せちまう。勿論、そんなヤツばかりじゃないし、真っ当な上級冒険者の方が多いっちゃ多いはずだぞ」
グレッグはトラバンスト出身だからなのか、アレーシアやパイルたちよりも他国の冒険者事情に詳しそうだ。
「それにしても――」
街並みを見渡すグレッグが何か気になったようだ。
「トラバンストでも亜人種族は奴隷として囚われていたから、それなりに市中でも見かけたもんだ。だがガットランドではその姿が全くない」
「何処かに集められているって事だろう?」
「いや、それはそうなんだが。それにしたって、移送中の亜人種族を見かけたっていいだろう? あれだけ亜人種集めをしているんだし、その目的地が王都なんだぜ?」
そう言われてしまえば、そうかもしれんが……。人目に付かないように移送してるって事も考えられると思うけどな。
「……グレッグ、いる」
後ろの荷台からシーニャが小声で伝えて来た。
「いる……とは?」
「亜人種族の匂いが、アチコチからする」
「近くにいるって事か?」
「……うん」
シーニャの言葉に俺とグレッグは顔を見合わせて、あまり目立たないように周囲に注意を払って様子を窺って見た。
『探知』
人間族とそれ以外の生体を探ってみると……確かにいた。
ある程度纏まって通路を移動している。十人前後の亜人種族がひと塊になり、その前後に人間族が規則的に配置されている。その状態の集団が五つ。
つまり、捕らえられた亜人種族が何処かに移送されている途中だという事だ。
「グレッグ、少し前にいる騎士団の馬車の隊列が見えるか?」
俺たちの馬車の前方―― 三十~四十メートル程の所に、中央聖騎士団の馬車列がいる。
馬車はまるでコンテナのような大きな木箱を積んだ荷車を曳いていて、その木箱の前後に騎士が二名ずつ立っている。まるで木箱を警護しているような感じだ。
「あの木箱の中に亜人種族がいるぞ」
「本当か⁉ それじゃあ、あれの後をつけて行けば――」
「ああ、亜人種族が集められている場所に行くかもしれん。だが、こっちの存在に気付かれると不審に思われる可能性もある」
「なら、どうする?」
「俺が後を追う。俺なら『探知』を使えば離れていても追跡出来る。グレッグは俺を目標にして後をついて来てくれ。それなら尾行だと気付かれる心配はないだろう」
「それなら、私もターナス様と一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
そう言うのはレトルスだった。
「シーニャさんは索敵が得意だと聞いてます。私の魔力をシーニャさんに伝達させることで、万が一に視界から見失っても探知出来るでしょうから、逸れる事もありません」
確かに、人込みの中で見失ったら探すのが面倒か。
「シーニャ。レトルスの姿が見えなくても、彼女の魔力を探知する事は可能なのか?」
「ん。レトルスの魔力色が分かれば大丈夫」
「魔力色?」
「私がシーニャさんに魔力を流すんです。そうすれば、シーニャさんには私の魔力の特色が伝わるので、それを感知してもらうんですよ」
要は、レトルスが自分の魔力をシーニャの体に流す事で、シーニャはレトルスの魔力の特徴を色として認識出来るようになるらしい。そうすると、レトルスの居場所が謂わばレーダーで探った時の様に明確に分かるみたいだ。
これは魔力を他者に伝達する事が出来る魔族だからこそ可能になる方法だと言う。
レトルスがシーニャに魔力を伝え、それをシーニャが確認したところで行動に移した。
俺とレトルスは騎士団の馬車が見えなくなってから、人込みに紛れてその行方を追いかけた。そして、少し離れてグレッグたちが馬車で追う。
ただし、途中で俺たちとグレッグたちの馬車が合流するのは控える事にした。何かあった時に馬車は少々目立ち過ぎるからだ。
◆◇◆◇◆◇
騎士団の馬車列は街並みから外れ、塀で囲われた場所にやって来た。
作りから見て、騎士団の詰所だろうか。出入口と思われる場所には中央聖騎士団の門番がいる。
「騎士団の詰所か?」
「塀の感じからすると、訓練所か収監所のように思われます」
「収監所って……監獄って事か?」
「監獄と言うか、牢獄と言うか……。おそらく、捕らえた亜人種族を此処に纏めているのかもしれません。全体の大きさが分かりませんが、此処から見える範囲の壁からして、少なくとも二百名は収監可能だと思います」
少し離れたところから、騎士団の馬車列が入って行った塀を窺う。
レトルスに言われて、まじまじと塀の作りを見てみれば、確かに刑務所の塀にある見張り塔のような物がある。
実際に塀に手を触れて『千里眼』を使えば、塔の中の様子も分かるのだが、亜人種族を載せた馬車列が入って行ったんだ。此処は収容施設と見て間違いないだろう。
「ターナス様、中に亜人種族がどの位いるか……分かりますか?」
「ああ、探知してみよう」
『探知』能力を塀の中まで広げていく。
先程の馬車列と思われる集団から、亜人種族が纏められて移動しているのが分かる。そして、そこから百メートルほど離れた場所だろうか。亜人種族が多数点在していた。二十人ほどに纏まった集団が二十はある。
つまり――。
「数が多いな。ざっと四百人は囚われてるぞ」
「そんなにですか⁉ そうなると、簡単には解放出来そうもないですね……」
「此処以外にも収容所が無いか調べてみよう。他に無ければ、やりようがある」
他にも大規模な収容施設があるとしたら、一カ所を解放している間に他の施設で亜人種族の殺害が起こる可能性もあるだろう。そんな事になったら元も子もない。
「取り敢えず、グレッグたちと合流しよう」
離れた場所で馬車を停め、こちらを窺っているグレッグたちに合流する。
塀の中に囚われている亜人種族の数。他にも同様の施設がないか。もしあった場合、どやって事を進めるか……綿密に計画を立てる必要が出て来る。
「中央門前の建設予定地に行ってみないか? 何処まで準備が進んでいる見てみよう。もし、結構な段階まで進んでいるなら……悠長に牢獄を探している暇はない。スグにでも襲撃して騎士団と事を構える必要があるだろう。もしまだ何も進んでいないなら、他の施設を探してから計画を立ててもいいんじゃないか?」
どの段階で亜人種族が人柱として贄にされるのか。場合によってはこうしている間にも、命の危険に晒されているのかもしれない――と考えると、気持ちとしてはスグにでも解放に向けて行動したいのだが……。
「あのぅ、亜人種族収監所なら、おそらくは此処だけだと思いますよ」
リビエナが小さく手を挙げて口を開いた。
「そうなのか?」
「はい。王都城塞内には収監所は三ヵ所ありますが、二ヵ所はもっと小さくて収容人数は百人にも満たないです。尚且つ、既に普通の犯罪者が多く収監されていますから、そこに亜人種族を一緒に収監する事は考えにくいです。そうなると、あの施設に纏めて収監するしかありません」
「他に、ガーネリアス教の教会ではどうだ? 収容施設は持ってないか?」
「教会にそのような施設はありませんし、教会の者が亜人種族を教会の敷地内に入れる事はありません。彼らはその辺は徹底して亜人種族を排除してます」
そうとなれば、やはり決行するべきかもしれない。