第103話 協力者
※軽微な間違いを修正しました。
「あなた方も冒険者のようですが、どちらからいらしたのですか?」
<疾風の旅団>と名乗る冒険者パーティーに絡まれていた商人は、俺たちが王都を拠点にしている冒険者ではないと気付いたようで、それにグレッグが応じた。
「俺達はランデール領から来たんだ」
「それはまた遠い所から! それにしても、ランデールの冒険者でしたか……」
「何か変か?」
「いえ。ただ、ランデールはガットランドと違って亜人種族を保護しているでしょう? そのような所の冒険者であれば、この国はあまり気分の良い場所ではないかと……」
「確かにな。俺たちにとっては気分の悪くなる話をよく聞いている」
「あの……余計なお世話かと思いますが、さっきの冒険者には気を付けてください。彼らは<疾風の旅団>と言って、この辺りの冒険者の中では特に質の悪い連中ですので、もしかしたら何処かでまた……」
「仕返ししてくる……か?」
「はい。あの、私が言ったなんて言わないでくださいね⁉」
「ハハハ、言いやしないさ。それよりも、口振りからしてあんたもこの街の者じゃなさそうだが?」
「ああ、分かりますか」
そこまで言ってから、やや小太りで中年の域に入ってるオジサン商人は自分の店の中に俺たちを案内し、奥の部屋へ通してから出自を語った。
名前をドリファスだと言うオジサン商人は、若い頃にカウス領で鉱石の買い付けをしていた親戚の下で奉公をして商売を学び、独り立ちしてからは行商をしながら各地を回り、数年前にガットランドで店を構えて落ち着いたのだと言う。
そして、その間に亜人種族と関わる事も多く、オジサン自身ガーネリアス教徒でもなかった為に亜人所属に対する差別意識などは無かったそうだ。
だが、トラバンストやガットランドで商売をするには、建前上は『人間中心主義』を装っていないと自分自身に危険が及んでしまうのだと言った。
「あんた、そんな事をベラベラ喋っちまっていいのか? 俺たちがガーネリアス教徒だったらどうするつもりなんだ?」
「ははは。あなた方が危険な人達ではない事くらい、分かりますよ。これでも商売人ですからね。人を見る目はあるんです」
「ドリファスさん。私もカウス領出身なんです」
それまで黙って話を聞いていたアレーシアが口を開いた。彼女もカウス領出身なのは知っていたから同郷なのだと言い出すかと思ったが、何も言わなかったので敢えて黙っていたんだけど……。
「そうですか。私はカレルという街の出なんですが、カレルはご存じで?」
「ええ、知ってます。私はキサンの出ですから」
「キサンですか! キサンには私の妹が嫁いでるんですよ。いやいや、何かご縁がありそうですね」
屈託なく笑うドリファスとアレーシアの会話を聞きながら、そっとシーニャの肩に手を掛けて視線を送ってみると、俺の顔をみて小さく頷いた。ドリファスの話は嘘ではないようだ。
「ところで、さっきの冒険者が持って行こうとしてた物って、何なんだ?」
ドリファスに対しては敵意を持たなくて良さそうなので、先程の冒険者とのトラブルの原因を聞いてみた。
「飲み水を作る魔道具です。川の水は勿論、泥水や湿った泥からでも飲める水を作る事が出来る魔道具です。冒険者なら持っていれば飲み水に困りませんから、欲しいのは分かるんですけど、何しろ高価な物なので……」
話を聞く限り、要はろ過装置って事だろうな。簡易的なろ過装置なら石や木炭があれば作れるが、飲み水となると雑菌の問題がある。
まぁ、この世界でそこまで理解されてるかどうかは知らんけど。
「確かに、浄化魔術が使えないなら必要ですね」
あまり興味無さそうにパイルが呟く。
「パーティーなら魔術師の一人くらいいるだろ? 浄化魔術が使えない魔術師なんているのか?」
二等級のパーティーならバランスの取れた編成になってると思うのだが、どうやらそういうワケでもないようだ。
「いますよ。――って言うか、浄化魔術は初級で覚えるものなんですけど、練度が上がって上級になるにつれて、『浄化』が『聖精化』されてしまうので、上位魔術師になるほど単なる『浄化』が使えなくなってしまうんですよ」
「その『聖精化』された水ってのは、飲めないのか?」
「要は『聖水』に近いモノになるんですよ。つまり、怪我や病気などを癒す為のモノになるから、飲み水としては使い難くなるって事ですね」
「喉が渇いたからって聖水を飲んじゃダメなのか?」
「当たり前です! 身体に不具合が無いのに聖水を飲むと、却って身体に負担を掛けてしまって動きが鈍くなるんです……って、知りませんでした?」
「ああ、知らなかった」
そういえば、今まで聖水を必要とするようなケガや病気を負ったヤツはいなかったなぁ。それに、そもそも俺が治癒魔法使えるから聖水なんてものは必要ないし、身体防御の魔法を掛けておけば掠り傷ひとつ負わないからなぁ。
「パイルはもう浄化魔術は使えないのか?」
「残念ながら…………まだ使えますよッ!」
「いやいや、怒るなよ。パイルが優秀な魔術師だってのは分かってるからさ」
「別にいいですけどね。それを言うならリビエナさんはどうなんです?」
「私が使うのは『聖浄化』なので、他の魔術師の方とは少し違いますね」
「『聖浄化』という事は、あなたは神官様なのですか?」
「えっ……ええ」
リビエナの『聖浄化』という言葉にドリファスが反応し、少し驚いた後にオドオドと挙動がおかしくなった。
そういえばリビエナはガーネリアス教の神官だった。背教者だとして囚われた後に棄教してるが、背景を知らないドリファスにしたら自分の出自や思想を明かしてしまった事で、ガーネリアス教から異端者として捕らえられるかもと思ったのかもしれない。
「心配しなくていい。彼女は既にガーネリアス教の神官じゃない。教会とは無縁だ」
「そ、そうなのですか? あの……私を教会に訴えたりとかは……」
「ない」
この男には俺たちの正体や目的を話しても大丈夫だろうと、グレッグやアレーシアの提案もあって、全てを話す事にした。
「此処からの話は、あんたを信頼して話す事だ。もし誰かに喋ったら、俺たちはあんたを殺さなきゃならなくなる。まぁ、そうならなそうだから話そうと決めたんだがな。俺たちは<不気味な刈手>というクランを名乗っているが、冒険者なのはこの五人で、俺と彼女等は冒険者ではない」
アレーシア、グレッグ、パイル、シーニャ、レトルスの五人は冒険者登録をしている正規の冒険者だが、俺とハースは冒険者登録はしていないし、リビエナは元ガーネリアス教会の神官であることを伝える。
そして――
真の目的が『人間中心主義』の壊滅であり、亜人種族の解放であること。俺が創造神ラダリンスによってこの世界に送られた者であり、ガーネリアス教にとって最悪の敵である死神――タナトリアスであること……など。
「それが……事実であれば、亜人種族は本当に救われるのですね?」
「勿論だ」
「……私は一介の商人です。ラダリア教徒でもありませんし、皆さまのお役に立てるような事は出来ないかもしれません。ですが、私に出来る事であればお手伝いさせて頂きます」
驚愕しながら話を聞いていたドリファスだったが、自分もかつて獣人種族の子供と遊んでいたことがあり、表には出さずとも『人間中心主義』には嫌悪感を抱いていたことを告げ、「力になりたい」と申し出てくれた。
「一般人であるあんたを危険な目に遭わせるつもりはないが、もし他にも『人間中心主義』に反する者がいれば、それとなく伝えておいてくれ。だが、くれぐれも用心にな。ガーネリアス教会に目を付けられれば、何をされるか分からんぞ?」
「はい、承知しています。同郷の商人には私と同じような者がいますから、その者達にはそれとなく伝えておきます」
その後は、ドリファスから王都の地図を譲り受け、王国騎士団と中央聖騎士団の要所や、【枢要塔】が建設されると思われる場所、亜人種族が囚われていそうな場所などを地図に記してもらう。
「城塞内では騎士団よりも冒険者に気を付けてください。騎士団は一応統制が採れていますが、王都にいる冒険者……特に上級冒険者はならず者が多いです。先程の<疾風の旅団>も、何処かで仕返ししてくる可能性が高いです」
ドリファスの話では、王都に滞在している冒険者の殆どはガーネリアス教徒であり、『人間中心主義』を肯定している者だそうで、他国から来るのも隣接するトラバンスト聖王国の冒険者くらいらしい。
一先ずは王都内に味方となり得る人物がいるという事が分かったが、その分『反・人間中心主義』の者がいるという事だから、そんな彼らを巻き添えにしないよう気を付ける必要性が出来てしまった。
「あまり気を負うな」
俺が何を考えていたのか知ってか知らずか、グレッグが笑って肩を叩く。
まったく、頼もしいんだか何だか……。




