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才媛は一日にして成らず  作者: 篠原 皐月
第4章 婚約破棄裏工作本格始動

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(24)ちりも積もれば山となる

 シレイアは前回に引き続き、開閉会式の進行を担当していたが、開始する前から不愉快な思いをする羽目になった。


「遅い! もう開会式を始める時間なのに、何をもたもたしている! お前達、揃いも揃ってたるんでいるぞ!」

(はぁ!? まだ開始予定時刻までは15分以上あるわよ! 待ちきれないあんたが、さっさと来ているだけでしょうが! 普段の授業の時も、今みたいに事前行動しなさいよ! いつも側付き達に急かされて、ギリギリに教室に入っていることくらい知ってるのよ!?)

 シレイアは内心で苛ついたが面には出さず、無言でグラディクトに小さく頭を下げた。居合わせた他の進行担当の者達も同様であったが、ここで今年の実行委員会委員長のラルフ・ヴァン・クレスターが歩み寄り、グラディクトに対して穏やかな笑みを浮かべながら声をかける。


「殿下。お早く足を運んでいただき、誠にありがとうございます。ですが開会式開始予定時間までは、あと15分ほどございます」

「それがどうした。お前には、あれが見えないのか? 既に母上が観覧席にお着きだ。お待たせするのは失礼だろうが!」

 開会宣言などを行う演壇とは試合会場を挟んで反対側に位置する、他とは一段高くしてある来賓用の観覧席に、招待客達が着席しているのがシレイアにも見て取れた。そこを指さしながらグラディクトが訴えたが、ラルフは平然と言葉を返す。


「勿論、存じ上げております。ですが、開始予定時間にまだ余裕があることで、生徒達で観覧席が完全に埋まっていない状態です。この状態で無理に前倒しで開始しても、些か盛り上がりに欠けるかと。それに来賓の方々は、ご案内しているエセリア様とマリーリカ様と、楽しくご歓談中のご様子。それを無理に中断していただくのは、無粋と感じられないかと推察いたします」

 尤もらしいラルフの指摘に、グラディクトは不満そうな表情で押し黙った。しかしすぐに、仏頂面で横柄に言いつける。


「……わかった。予定時間になったら、さっさと始めろ」

「勿論、そのつもりでございます。……君、すまないが、殿下がお座りになる椅子を一脚持って来てくれ」

「分かりました!」

 ラルフが側にいた生徒に椅子の用意を頼み、すぐにグラディクトの前に小さな木製の椅子が運ばれてきた。そのやり取りを目の当たりにしたシレイアは、ラルフの手腕に感心する。


(さすがは貴族科上級学年、しかも上級貴族の中でもグラディクト殿下派のクレスター侯爵家ご令息だけあって、殿下のあしらい方もそつがないわ。ナジェーク様の推薦で去年の年度末から話を持ちかけて、実行委員長を引き受けて頂いて良かった)

 シレイアは申し訳なく思いながら、グラディクトの相手をラルフに任せて最終的な確認を周囲の者達と済ませた。そして予定時間になり、ラルフが恭しくグラディクトを促す。


「それでは殿下。そろそろ時間になりますので、こちらで登壇の準備をお願いします」

「分かった」

(偉そうにふんぞり返って。それは確かに、晴れ姿を母親に見せたい気持ちは理解できますけどね。それに実行委員会名誉会長だから、仕事は開会宣言と閉会宣言だけだし。全く……、エセリア様とマリーリカ様は、側妃二人に張り付いて神経をすり減らしているって言うのに、呑気なことで……)

 先導するラルフに続いて、グラディクトが登壇した。その背中を見送ったシレイアは、何気なく観覧席の方に視線を向け、ある事に気がついて驚愕した。


「ほわぁあぁぁっ!?」

「え? な、何だっ!!」

「シレイアさん、どうかしましたか!?」

「今、変な声が聞こえたけど!」

 動揺のあまり、シレイアは変に裏返った声を上げてしまった。さすがにそれを耳にした周囲が、顔色を変えて彼女に声をかける。シレイアはそれで我に返り、慌てて皆に謝罪した。


「ご、ごめんなさい! 変な声を出して! すっかり忘れていたことを、唐突に思い出して! あ、剣術大会には全く関係がない事だから、安心して頂戴!」

「なんだ。脅かさないでくれよ」

「何事かと思ったわ」

「でも、なにか大きなミスとかでなくて良かった」

「本当に驚かせてごめんなさい」

 平謝りのシレイアに、周囲は苦笑と安堵の表情を見せながら、それぞれの仕事に戻った。演壇上ではグラディクトによる得意満面の開会宣言とそれに続く挨拶が続いていたが、それどころではないシレイアは、それをまともに聞いていなかった。


(ちょっと!! よりによって、どうしてあんな所にアリステアがいるのよっ!! それに観覧席は自由に座れるから、早い者勝ちなのに。どうしてあんな来賓席の前方斜め下の、一番見やすい席にいるわけ!?)

 演壇からは真正面に位置する観覧席の最前列に、堂々とアリステアが座っているのを見て、シレイアは本気で頭痛を覚えた。


(分かった。あの考えなし王太子が『アリステアが私の輝かしい姿を見るのに、一番良い席を確保しておけ』とか側付き達に命じたのに違いないわ。馬鹿じゃないの!?)

 どうやって位置取りをしたのかまでを、シレイアはあっさりと推察し、グラディクトとその側付き達を心の中で罵倒した。


(あんな所でアリステアが周囲を弁えず『グラディクト様! 素敵です! 光り輝いています!』とか大声で叫んだりしたら、絶対目立って来賓席の人達にも気づかれるわよ! まさかこんな事を考えていたなんて、開催間近で忙しなくて探れなかったわ)

 痛恨の事態に、シレイアはその場に蹲りたくなった。しかしなんとか気合を入れ直し、上機嫌でグラディクトに視線を送っているアリステアを凝視する。


(既にアリステアの悪評と言うか、関わり合いにならない方が良いと言う暗黙の了解が広まっているのか、彼女の周囲の席が微妙に空いて悪目立ちしているし。ここで奇声を上げて注目を浴びたりしたら、アリステアの事を外部にはなるべく漏らさないようにしているエセリア様の計画も瓦解しかねないわ。そんな事になったら許さないわよ!!)

 シレイアはアリステアに怒りを向けたが、幸いな事に無駄に長いグラディクトの挨拶が終わって観覧席から拍手が起きても、アリステアの叫びが会場内に響いたりはしなかった。


(良かった。凄い勢いで拍手していたようだけど、試合会場を挟んでいるから、大声を出しても聞こえないとか思ったのかしらね。どうせ後で二人きりで、開会宣言について能天気に語り合うんでしょうけど)

 挨拶を済ませたグラディクトはいつの間にか立ち去っており、それを認めたシレイアは溜め息を吐いて愚痴めいた呟きを漏らした。


「開会式だけで、どっと疲れたわ……」

「どうかしたのかい? 体調が悪いなら、無理しなくて良いが」

 偶々近くにいたらしいラルフがその呟きを聞きつけたらしく、心配そうにシレイアに声をかけてきた。それにシレイアは、恐縮気味に言葉を返す。


「いえ、体調は完璧ですが、少々気疲れしたと言いますか……。あの、先程は、ありがとうございました」

 固有名詞は出さなくとも、それだけでラルフには伝わった。それを聞いた彼は、苦笑いで応じる。


「ああ、あれか……。確かに、多少気疲れはするだろうね。でも後は閉会式まで顔を合わせる機会はないから、リラックスして順調な運営を心掛けていこう」

「はい、頑張ります」

 そこでシレイアは完全に気持ちを切り替え、試合運営に集中していった。




 その後、大きなトラブルもなく、大会初日の運営を終えたシレイアは、運営本部を引き揚げてエセリアがいると聞いていたカフェに向かった。すると情報通りエセリアとマリーリカが同じテーブルに着いているのが遠目に見えたが、二人の表情に妙に生気が無かった。


「エセリア様、マリーリカ様。まずは冷えたレモネードとかどうですか? すっきりして、気分が変わりますよ?」

「本当に、偶にはこういうのも良いわね……」

「はい……。程よい甘味と酸味、身体に染みわたります」

「それから今夜は、こちらのポプリ入りの香り袋を枕元に置いてみてください。安眠効果が期待できます」

「あ、優しい香りね。きつくないし、本当に良く眠れそう……」

「私も……、こういう香りは好きです。頂いていきますね」

「お代わりは、温かいお茶をお持ちします」

 周囲から何やかやと世話を焼かれている二人を眺めながら、シレイアは少し離れた場所にいたサビーネに歩み寄った。


「サビーネ……。まだ一日目が終わったばかりなのに、二人とも何となく目がうつろで、疲労感を漂わせているみたいだけど……」

 その囁きに、サビーネもうんざりした表情になりながら小声で応じる。


「疲れもするわよ……。側妃達のいがみ合いのとばっちりを受けないように、来賓席で同席している近衛騎士団の幹部の方々や学園長が、悉く空気になっているのだもの。孤軍奮闘されているお二人のご苦労を思うと、涙が出てくるわ」

「あと予選一日と、本戦二日か。そう考えると、先は長いわね」

 思わずシレイアは、遠い目をしてしまった。そこでローダスがやって来て、声をかけてくる。 


「お疲れ。今日は文句なしの成功だったな」

「ローダス、良いところに! 殿下がアリステアをディオーネ様に紹介するのは、最終日閉会式の後って、ちゃんとあの二人に吹き込んでおいてくれたわよね?」

 開会式から肝を冷やされた問題児達に、これ以上振り回されたくないシレイアは、憤然としながら確認を入れた。対するローダスは、冷静に状況を報告する。


「ああ、大丈夫だ。実は開会式の後、ディオーネ様の所に挨拶がてら出向いて感触を探ったらしいが、やはり閉会式の後の方が落ち着いて話を聞いて貰えそうだと言っていたからな」

「それなら、懸念材料の一つは無くなったわね」

「シレイアは最終日まで大会運営に集中していて。あの二人の監視は、私達がしっかりやっておくから」

「お願い。そうさせて貰うわ」

 サビーネから宥めるように言われ、シレイアは当面、剣術大会の成功に向けて集中することにしたのだった。



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