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ホラー

田中は去年駅にいた。今日も絶対駅にいる。そしてきっと来年も。

作者: 鞠目

通知『メッセージが届きました。』


19:00「駅着いた」

19:00「西出口にいるから」


 やっぱり来た。送り主は思った通り田中だ。

 5回も同じことが続くと慣れるらしい。鈍感力というかなんというか、我ながら自分の適応力に感心する。


19:05「おーい、スマホ見ろー」

19:06「遅いぞー。みんなで先に店に向かうから」


 これもいつも通り。

 毎年8月25日、19時になると必ず田中からメッセージが届く。

 5年前、社会人になってから久々に実家に帰った。タバコが切れたので近所のコンビニに行った時に高校の友だちの田中に会った。卒業式ぶりの再会で話がかなり盛り上がり、近いうちに飲みに行こうという話をした。

 それから一週間後、高校の時のメンバーで隣の市の大きな駅の近くにあるちょっと高級な居酒屋に行くことになった。日本酒と海鮮が美味しいと有名な店だ。

 おれを含めて飲みに行くメンバーは5人。高校に入学してからいつも一緒にいた5人だ。卒業後みんな進路がバラバラだったので久しぶりに会うのがすごく楽しみだった。

 飲み会当日、電車が遅れて待ち合わせの時間に10分遅刻したおれは、この日一緒に飲みに行く予定だった田中以外の3人と改札を出たところで合流した。

「田中はもう少し遅れるから先に店に行ってくれってさ」

 メンバーの中で一番のしっかり者……いやしっかりというか気配りができる佐々木がそう言うのでおれたちは先に店に向かった。

 近況報告はそこそこにして、高校の時の思い出話や仕事の愚痴を肴に酒を飲んだ。とっても楽しい飲み会だった。みんな顔を真っ赤にしながらやいのやいの騒いだ。楽しい時間はすごいスピードで過ぎていき気が付けば日付が変わろうとしていた。

 しかし、田中はこの飲み会に来ることはなかった。しかもこの日を境に行方がわからなくなった。誰も連絡を取ることができず、後日田中の両親が捜索願を出したと聞いた。前に実家に帰った時に母から聞いた話によると警察も動いたが何の手がかりも見つからなかったそうだ。


 田中が消えた翌年のことだ。あいつがどこかに行って一年になるのか、ふとそんな事を考えた時に田中からメッセージが届いた。


19:00「駅着いた」

19:00「西出口にいるから」


 おれは突然の出来事にぎょっとした。急いで居場所を聞くために返信を打とうとしたが何故か文字を入力することができなかった。アプリがバグったのかと思ったが他の人には問題なくメッセージが送れた。

 その後二つのメッセージが田中から一方的に届いた。やはりそれに対しても返信をすることはできなかった。その後特に変なことは何も起きなかったが一年に一度この変なメッセージが届くようになった。

 毎年同じメッセージが同じ時間に届くのはやはり気味が悪い。飾り気のない4行が繰り返し並ぶスマホの画面はかなり不気味だ。でもおれはこのことをを誰にも相談できないでいた。あの日一緒に飲みに行ったメンバーにさえ。


 田中が来なかった飲み会のあの日、解散する前にスマホを見ると機内モードになっていた。いつの間にか変わっていたらしい。何気なく機内モードを解除すると田中からの4つのメッセージが届いた。あの「駅着いた」のメッセージだ。どうやら飲み会の前から機内モードになっていたらしい。

 おれは田中のメッセージを見て首を傾げた。こいつは飲み会をすっぽかして何を言ってるんだろう……佐々木に遅れるって送ってたんじゃなかったのか?

「なあ、田中から変なメッセージが届いてた」

 おれはそう言ってみんなにスマホを見せた。特にこの行動に深い意味があったわけじゃない。あいつ一体何をしてるんだろうな、そう思って見せただけだ。しかしこの直後おれはこのことを後悔した。


 一瞬だった。

 さっきまで楽しかった空気が一気に張り詰めた。佐々木をはじめ酔っ払ってくだを巻いていた鈴原、林まで酔いが覚めたかのように真顔でこっちを見ていた。3人とも目が深い闇のようでなんだか直視していられなかった。

 動けなかった。酔っているからじゃない。蛇を目の前にしたネズミのような気持ちになった。生を諦めるような、目前まで迫る死を受け入れるような、そんな感覚だった。

「木村、どうしたそんな怯え切った顔をして。気分でも悪いのか?」

 佐々木はそう言いながら冷や汗を流すおれに近づいてきた。そしてそっとおれのスマホを取り上げた。

「木村、お前かなり酔ってるな。田中からメッセージなんて来てないじゃないか」

 佐々木から手渡されたスマホからは田中からのメッセージが消されていた。ああ、消されていたんだ。絶対に見間違えなんかじゃない。たしかに田中からのメッセージを見た記憶があるのだから。

 でも、なんで消したのか聞けなかった。笑顔でスマホを手渡してきた佐々木の顔を見た瞬間、聞いてはいけないと察した。

「すまん、見間違えてたみたいだ。会計してお開きにしようぜ」

 そう言うのがやっとだった。


 あの時だけだ、佐々木たちのことを怖いと思ったのは。それ以降何度か顔を合わせているが怖いと思ったことはない。何度も飲みに行っているし飲みに行けばとっても楽しい。でも、今も田中のメッセージを消された件については触れることができないでいる。


 今年も田中からのメッセージが届いた。ということはきっと今年も田中はあの駅にいるのだろう。去年勇気を出して8月25日19時に西出口に行った。しかし田中の姿はそこにはなかった。きっとあいつはおれの手の届かないところに行ってしまったのだろう。何もしてやることのできないおれは毎年この時期になると少し寂しくまた申し訳ない気持ちになる。

 きっと来年の今頃も……




□□□□□□□□□□




 5年前。

 ある駅の西出口。20代ぐらいの4人の男性が集まっている。


「田中、木村から連絡あった?」

「まだ。メッセージも未読のまま」

「木村なら店の場所わかるだろうし先行く?」

「そうしよう。先に店に行くって送っとく」




 毎年8月になるとおれたちはいつも後悔する。どうしてあの日、木村が来るまで駅で待っていてあげなかったんだろうと。

 駅の出口付近はすごく暑くて早く酒が飲みたくなったおれたちは先に店に行くことにした。店の場所はみんな知っていたし、木村もすぐにやってくるだろうと思ったのだ。でもその考えは間違っていた。

 木村はあの日おれたちが店に向かった少し後に駅に到着していた。しかし飲み会に顔を出すことなく一人でどこかへ行ってしまった。駅の防犯カメラには改札を出たところで何か独り言を呟いて西出口に向かう木村の姿が残っていたそうだ。しかしその後の行方は5年経った今でもわかっていない。木村のご両親はあと一年探してみてダメだったらもう探すのを諦めるそうだ。




 おれがあの日木村に送った4つのメッセージは未だに既読がつかない。



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― 新着の感想 ―
[一言] この作品は見落としてましたが、いでっち51号様のご推薦で拝読させていただきました。 実は逆の視点から見ていたという手法を本当に効果的に使われています。 怖かったですー。
[良い点] ∀・)はい、コレかなり僕の好きなヤツですね。田中というよくある名前が田中のポジションをやっているのが何とも妙なリアリティを生んでいるというか。そして豹変していく者たちに話が進めば進むほど謎…
[良い点] ぞわぞわぁ……とするラストでした。未読なんだなぁと……。この世ではないどこかへ行ってしまったのかしら。でも、どっちが? 誰の世界が本当で、誰の世界が嘘なのか……1人、2人、あるいは4人とも…
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