第2話 鉄鋼街のコロッケパン 02
「これは……マフじいさんか?」
どちらの写真にも、片方にはマフの面影を持つ男性が写っているのだが、女性と共に写っている方は今より圧倒的に若く、男性と共に写っている方は今よりは若く見えるが、もう一枚の写真のマフと比べると歳を取っているように見えた。
「おう、待たせたな」
写真を見ているとマフが2階から戻って来たので、レンタロウは写真から目を離し、マフの居る方へ歩み寄った。
「実はコイツをお前に探して欲しいんじゃ」
「人探しか、どれどれ……」
マフの持っている写真を見ると、そこに写っていたのは先程の二人のどちらでもなく、全身黒ずくめで、頭から足先までひょろっとしている男性であり、その男は無表情というよりは、無感情といった感じで写真に写っていた。
「ほう……写真以外に何か手掛かりは?」
「名前はヤマシタ ヨタロウじゃ」
「ヤマシタ ヨタロウ……与太郎ねぇ……」
名前を聞いたレンタロウは、それが偽名であるという事にすぐに気が付いた。しかも人を心底バカにしたような偽名であると。
与太郎。その言葉には、嘘やでたらめを言う人という意味が込められていた。
「他には?」
「無い。この写真だって、今教えた名前だって確かな手掛かりになる保証も無い。名前だって偽名かもしれんし、体型だって変わっとるかもしれんし、あるいは顔も変えとるかもしれん」
「なるほど……とりあえず表の人間じゃないって事だけは分かった。ってことは、捜す理由もあんまり訊かない方が良いか?」
「そうしてもらうと助かるわい」
マフは自然とレンタロウから目を逸らす。さっきまでの気さくな老人とは打って変わり、今の彼からはただならぬ、鬼気迫る感情を感じた。
「報酬はどうなんだ?」
「報酬は200万リョウじゃ。じゃから修理代は100万で請け負おう」
「なんだよ、全額負担してくれるんじゃないのか……」
「このチリチリ頭っ!! 」
「チリッ――!」
「いいか、今やバイオ燃料やらが主流の時に――」
「ああ分かった分かった! 200万でいいから!!」
また同じ説教をされるのはうんざりだと、レンタロウは嫌々ながらもマフの条件を呑む事にした。
「フン、分かればいいんじゃよ。それじゃあほれ、この写真持ってさっさと捜して来い」
マフは鼻を鳴らして落ち着きを取り戻すと、今回のターゲットが写っている写真をレンタロウに渡した。
「……ちなみにじいさん、この男、もし死んでたらどうする?」
「その時はその時よ。大丈夫、報酬の変更はせんから安心しろ」
「そうか」
「まあそれに……ソイツはいつ死んでもしょうがないような男じゃからな」
「…………」
「おっと話し過ぎたな! それじゃあワシはバイクの修理をしとくから、お前はさっさとソイツを見つけ出して来い」
「ああ、そうするよ」
レンタロウは去り際に悟った。マフが宿している感情、それが怨恨である事を。
しかしその感情の根源が一体何なのかを、マフは話す事を拒絶している。それ故に、レンタロウにはその怨恨の理由について、具体的な想像がつかなかったのだが、しかし一つだけパッと直感的に頭に浮かんだものがある。
それは、復讐だった。
「じいさん……コイツと何があったんだ?」
手に持った写真を見てレンタロウは問い掛けるが、写真に写っている男は無感情のまま何も答えてはくれなかった――。
*
「人探しをするんですか?」
修理屋の前で待っていたサヤカは、レンタロウに言われるなり、キョトンとした顔をしてみせた。
「ああ。ここの修理屋のじいさんが捜して欲しい人間がいるそうだ」
「ははあ……でもフブキさんが人の頼みを聞くなんて珍しいですね」
「修理代を安くするためだ。仕方ない」
「ああ、なるほどですねぇ……」
残念と言わんがばかりのサヤカの表情に、レンタロウは片眉を上げた。
「なんだよ?」
「いやぁ? フブキさんが無償で人の頼みを受けたのかと思ったら、やっぱり報酬付きだったんだって思っただけですよぉ?」
「当たり前だろ? 俺達はボランティアじゃないんだからな」
「まっ、それもそうですね」
サヤカは口元に笑みを浮かべて、レンタロウの言い分に同意した。