第2話 鉄鋼街のコロッケパン 20
「何だじいさんか」
「よう寝とったようじゃな」
「お陰様でこんな体になっちまったからな」
「フン、じゃからこうやって人に見つかりにくい病院を紹介してやったんじゃろ。どうじゃ寝心地は?」
「布団が薄くて寝辛いのと、看護師がうるさい」
「贅沢言いおって」
マフはよっこいせと、レンタロウのベッドの前にあったパイプ椅子に腰を掛けた。
「殺ったようじゃな、あの男を」
「まあな。俺はそこまでするつもりは無かったが、あっちが先に撃ってきたからな。やむを得ずだ。悪かったか?」
「いや、むしろ手を煩わさずに済んだわい」
マフは清々したような顔をして、そう言ってみせた。
「やっぱり俺に見つけさせて、自分で葬る気だったのか」
「復讐っていうのはそういうもんじゃろ? でなけりゃ、200万損を出すような頼み事なんかせんわ」
「……息子さんはどんな人だったんだ?」
レンタロウが尋ねると、今までは眉間に皺を寄せていたマフだったが、その話題になると穏やかな親父の顔になった。
「息子はそりゃあ良い職人じゃった……まだ経験が浅かったからそれなりじゃったが、将来ワシを超える職人になる事は間違いなかったじゃろう。それに正直で優しくもある、ワシの息子とは思えん程立派な子供じゃった」
「随分と親バカだな」
「フン……近所の奴らにも気に入られとったから、間違いは無い」
「そうか」
「ワシの言う事も忠実に聞いて、喧嘩なんかそれまでした事も無かったのだが、ある日息子が突然、工業学校に行きたいと言い出してな。ワシは学校で学べる事はここでも学べると突っぱねたのじゃが、この時息子は初めてワシに逆らって、それでも学校に行きたいと引くどころか押してきたんじゃ。それでカッとなったワシはつい息子に、ワシの言う事が聞けないのなら出て行けといってしまったんじゃ」
「それで息子さんは出て行ったのか?」
「いや、その一言で息子は折れた。だがそれ以降、ワシの話を流すばかりで聞かなくなり、ワシには見つからないよう工夫はしておったようだが、仕事をさぼる事もしばしばしておった。そんなギクシャクな雰囲気が続いて一週間後、息子は突然何者かに殺された。近所に買い物に行っている最中じゃった……」
「…………」
「息子を失ってから、ワシは初めて仕事に手が着かなくなった……妻を失った時はそうじゃなかったんだがな」
「そうか……じゃああの写真はアンタと嫁さんの写真だったのか」
レンタロウはマフの工場にあった写真の一枚に、女性と若かりし頃のマフが写っている写真があった事を思い出した。
「妻は生まれつき体が弱くてな。息子を生んだ後病気で逝っちまった。だけどその時はまだワシには息子がいた。だけどその息子も失い、ワシは家族というものを全て失ってしまったんじゃ……ワシにはもう、何も無くなった」
そう語ったマフの目からは光が完全に失われ、まるで廃人のような表情をしていた。
「……それで、何で復讐しようって事になったんだ?」
「ああ……」
落ち込むマフにレンタロウは声を掛けると、マフは気を取り戻し、再び瞳に光が戻った。
「それはここのマフィアのボスが殺された事を聞いたからじゃ。ボスを殺った奴こそが息子を殺した犯人だと、ワシはすぐに気づいた」
「アンタの息子さんとそのボス、顔が似ていたらしいからな」
「あの男から聞いたのか?」
「まあな」
「フンッ……じゃが確かに、新聞の一面に載っていた写真を見て、ワシも間違いそうになったくらいに似ておったが、それで誤って殺した言い訳にはならんぞっ!」
「俺にキレてどうするよ……」
「うっ……スマン。じゃがそれで気づいたのは確かじゃ。それで色んな場所を探し回って、時には高額な情報料も支払った。それでやっと手に入れたのがお前さんに渡したあの写真と、まだあの男がこの街に潜んでいるっていう情報じゃったんじゃ」
「なるほどね。でもそこまで行ったのに、カラスマ本人を見つける事は出来なかったって訳だな」
「まあな……ワシにも一応、待ってくれてるお客さんってのもいてな。いつまでも仕事をせん訳にはいかんかったからな」
「人気者は辛いな?」
「ハッハッハッ! ……はぁ……まあな。でも仕事に戻ったのは正解じゃった。忙しいせいで恨みや怒りを忘れて、冷静になる事が出来たからな」