第2話 鉄鋼街のコロッケパン 16
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「はぁ~……マズイ事になっちまったなぁ~……」
鉄工街にある小さな診療所。その場所の白いベッドの上で、レンタロウは仰向けの体勢で横たわりながら、大きな溜息を吐いた。
旧団地群を抜け出した後、スジカイの処置を終えて追いかけて来てくれたサヤカと合流したまでは鮮明に憶えているのだが、しかし肩や足からの出血が酷く、コッパー街の路地裏を目立たないように歩いている最中、急に意識が朦朧として途切れ、気づけば診療所のベッドの上に寝かされていたのだった。
「何がマズイんですか?」
レンタロウのベッドの傍にあるパイプ椅子に座って、サヤカは尋ねた。
「何がって……いいなぁお前はノーテンキで。羨ましいよ」
「何なんですかその言い方ぁ!」
レンタロウの馬鹿にした口調に、サヤカは腹を立てて前屈みになった。
「基地局ぶっ壊した事もう忘れたのか? 俺達は帝国に追われるような身分なんだから、あんまり同じとこに長居はしたくないんだよ俺は」
「それはそうかもしれませんけど、でも怪我しちゃったんだから仕方ないじゃないですか!」
「いや、だけどよぉ……」
「それに怪我したのはワタシじゃなくてフブキさんなんですから、悪いのはフブキさんなんですからね!」
「グッ……んあああああっ! クソッ!」
「アンタ達うるさいっ! ここは病院なんだから静かにしなさいっ!!」
ヒートアップしたレンタロウとサヤカの口論を見かねた女性の看護師はその場を諫め、二人は同時に「ごめんなさい」と看護師に謝罪した。
「ったく、お前のせいで怒られちまった」
「フブキさんのせいでしょうが……」
「チッ……そういや、スジカイはどうしたんだ? アイツもカラスマにやられたんだろ?」
レンタロウは話題を切り替え、サヤカに尋ねると、サヤカはうーんと顔を顰めた。
「どうも撃たれたかどうか分からないんですよねぇ。血は着いてましたけど、そこまですごい出血は見られませんでしたし、処置しようと思って傷口を見ようとしたら大した傷じゃないって誤魔化されたし、病院に連れて行こうとしたら、行きつけの所に自分で行けるからいいって言って、一人で行っちゃったんですよねぇ……」
「……所詮小悪党は小悪党のままか」
「やっぱり嘘吐いてたんですかね?」
「報酬だけじゃ少ないから、治療費とか言って余計に金を掠め取ろうと思ったんじゃねぇか? スキミングなんて、セコい手使って金をせしめようとした奴なんだからな」
「そっか……まあ、そんなにすぐには人は改心なんて出来ませんもんね」
「そうだな。それに奴は所謂スラム育ちだ。ああいうやり方が身に染み付いているんだろうよ」
「なんだか寂しいですねぇ……」
「いいじゃねぇか。逃げたって事はもう俺達の前には現れないだろうし、報酬代が浮いたと思えば……」
見切りを付けて、レンタロウがそう言いかけたその時、病室の扉が開き、見知った男が顔を出した。
「フブキの旦那! どうも奴に撃たれたらしいじゃねぇですかい! 大丈夫ですか!?」
入室してきたのは、もう二度とその顔を見る事は無いだろうと話題に上がっていたスジカイだった。
「…………」
「す……スジカイさん……」
「どうしたんですかい二人共? そんなすっとぼけたような顔しなさって?」
呆気に取られてしまっているレンタロウとサヤカを交互に見て、スジカイは首を傾げた。
「お前……怪我はどうしたんだ?」
「怪我? ああ! あの写真の男に撃たれたのならほれ、ここです」
そう言ってスジカイはズボンを捲り上げると、左の太腿に包帯がしっかりと巻かれていた。
「いやぁ……あの男を見つけて声を掛けたまでは良かったんですがねぇ。でも足にちょっと掠ったくらいだったから助かりやしたよ」
「そうか……そりゃ運が良くてよかったな」
「ええ……あっ! なんかフブキの旦那が大怪我してるのにすいやせん……」
「別にいい。その怪我なら治療費も払わずに済みそうだしな」
「治療費? 何のことですかい?」
「……スマン」
「いや、ええ? 何でイキナリ謝るんですかい?!」
先程までスジカイの陰口を叩いていた罪悪感に苛まれレンタロウは謝罪するが、それを知らないスジカイは意味が分からず、困惑していた。