第2話 鉄鋼街のコロッケパン 11
「お前、ナノデジは持ってるんだよな?」
「へえ、一応は」
「それじゃあこれ、俺の連絡先だから。見つけたら連絡しろよ」
レンタロウは一時的にナノデジの警戒モードを解き、近距離通信で自分のアドレスをスジカイに送った。
「悪用すんなよ」
「し、しませんよそんな事! フブキの旦那は疑り深けぇや」
「スリしようとした奴が何を」
「アッハハ……それじゃあフブキの旦那。吉報をお待ち下せぇ」
「ああ、よろしく頼む」
「おお、そうだ。お嬢さん」
すると今までレンタロウの後ろに居たサヤカに、スジカイは声を掛けた。
「な、何でしょう?」
「怖がらせちまってすまなかったな。でもこの街も、悪いとこばかりじゃねぇからな。それにフブキの旦那も居るから安心してくれ!」
「は、はい!」
「それじゃあな!」
最後にスジカイは、サヤカとレンタロウに手を振って路地の方へと向かって行った。
「さて、俺達も行くか」
「ええ……だけど――」
「どうした?」
「フブキさんって、時々厳しくなりますよね」
サヤカは先程までのスジカイとのやり取りを見ていて思った事を、レンタロウに打ち明けた。
「まあ、こうやらないと渡って行けないからなこの世界は
「はぁ……ワタシには到底真似出来そうにありませんね」
「別に無理して真似する必要はねぇよ。むしろお前はお前のままでいた方が良い」
「そ、そうですか?」
「その物腰の低さは、到底俺には真似出来ん」
「物腰の低さ……」
「それとヤバい時はとにかく全力で謝るとことかな」
「何ですかそれ! それじゃあワタシ、ただ頭下げるのが上手い人じゃないですか!」
「いやいやそれも十分才能だって。大人ってのはズルいもんでな。頭を下げるよりまず、頭を下げずに済む事を探すもんなんだよ」
「……今度はワタシが子供っぽいって言ってるんですか」
「さっきから何なんだそのネガティブ思考。俺は褒めてるのに」
「フブキさんが言うと褒めてるように聞こえないんですよ!」
「何だそれ」
自分の意思とは裏腹にどんどん怒りを心頭させていくサヤカを見て、レンタロウは首を傾げるばかりだった――。
*
スジカイと別れてからかれこれ3日が経った。
その日の夕刻となったハチマンシティの空は相変わらずの灰色であり、空からは時の流れを感じ取る事が出来なかった。
時の流れが停滞しているように見えるのと同様に、写真の男捜しの進捗も滞ってしまい、スジカイからの連絡も未だ無かった。
いよいよ歩き疲れたレンタロウとサヤカは、そこら辺に設置されていたボロボロのベンチに腰を掛け、休憩をしていた。
「まさか人探しがこれほどの苦行とは……」
レンタロウがベンチの背もたれに思いっきりもたれかかると、ベンチは非力そうに軋む音を出した。
「ちょっとフブキさん、あんまり体重掛けないで下さい! 座ってるだけで壊れそうなんですから!!」
「チッ……これだからボロは……」
サヤカに指摘され、レンタロウは背もたれから背中を浮かせた。
「しかしこれからどうしましょう……」
「今まで通り片っ端からローラーしていくしか無いだろ……」
「でもこれだけして目撃情報も無いんですよ?」
「訊いたらちゃんと答えてくれる連中ばかりとは限らんからな。中には金を握らせないと嘘ばっか吐く奴もいる」
「だったらそもそもローラー作戦自体が破綻してるじゃないですか……」
「だったら代案はあるのか?」
「それは……無いです」
「代案が無いなら最初から否定してくんな」
「むぅ……すいません……」
「はぁ……スマン、ちょっと八つ当たりしてしまった」
「そうもなりますよ」
二人は同時に大きな溜息を吐き、頭を垂らした。
体の疲れというよりかは、行く人行く人に声を掛けて回るので、気力の限界を感じ始めていた。
「なんか人通りも増えてきたし、こりゃあ今日も無理かもしれないな」
「もう夕方ですからね。仕事終わりの人が帰って来てるんでしょう」
「あーあ……やっぱ200万の仕事はそう簡単じゃねぇか」
二人の間に諦めムードが漂い始めたその時、ふとサヤカが顔を上げた瞬間、目の前に見た事のあるシルエットの男が、何食わぬ顔で通り掛かっていったのだ。
足から頭までひょろ長い、全身黒ずくめの男。しかもその仏頂面まで全く写真と相違無かった。
「フブキさんいましたっ!見つけましたっ!!」
「なにっ! どっち行った!?」
「あっちです!」
瞬時にレンタロウは顔を上げ、サヤカの指差す方向を見て立ち上がった。
「よっしゃあ! ゼッテー逃さねぇぞっ!!」
「はいっ!」