第2話 鉄鋼街のコロッケパン 05
「あっ、そうだ。これ残さないと!」
その美味しさのあまり歯止めが効かず、あと少しでコッペパンの上に乗っかるコロッケが無くなりかけたその時、ギリギリの所でサヤカは気づいた。
「おぉ危ない危ない……」
サヤカはふぅ、と口を窄めて息をそっと吐くと、懐からいつもの小袋を取り出した。
「またか」
「またですが何か?」
「別に」
いつもなら変な癖だと非難する所だが、どうせ何度言っても変える気は無いのだろうと早々に諦めてしまい、レンタロウは喉元まで出かかったものをそのまま呑み込んだ。
そんな事もいざ知らず、サヤカは平然と残りのコロッケパンを袋の中に詰めてしまい、真空になったのを確認してからまた懐に収めた。
「これでよし……それじゃあフブキさん、有力情報も出てきましたしこれからどうしましょうか?」
サヤカが尋ねると、レンタロウはうーんとしばらく唸り声をあげ、ミルクティーをカブ飲みした。
「まあこの周辺に居る可能性があるっちゃああるけど……それでも捜し出すのは難しいぜ? 練り歩くにしてもとても10日じゃ無理だ」
「まあそうですよねぇ……でもこのままボケッと座ってても何も始まりませんし」
「それはあるな……しゃーねぇ、さっきお前が言ったカフェにとりあえず行ってみよう。肉屋に来るくらいなら、カフェでコーヒー飲んでてもおかしく無さそうだしな」
「ですね。行きましょうか!」
二人はベンチから立ち上がり、飲み物のペットボトルを自動販売機横のゴミ箱に捨ててから、再び鉛色の空の下を歩き始めた。
「ウルハイムは汗が出るほど暑くて天気も良かったのに、ここに来て急に曇っちゃいましたよねぇ……」
「上のあの鉛色の、あれ空の色じゃねぇぞ」
「えっ!?」
予想外のレンタロウからの答えに、先を歩いていたサヤカは立ち止まり、回れ右をしてレンタロウの方を向いた。
「じゃああれは何なんですか?!」
「ありゃ粉塵だ。そこら中にある製鉄所から出てるな」
「粉塵!? だ、だったら吸ったら大変な事に!!」
慌てて口を手で覆い被せるサヤカを見て、レンタロウは大きな溜息を吐いた。
「バカよく見ろ。塵降ってきてないだろうが」
「あっ……ホントですね」
レンタロウに指摘され、サヤカは落ち着きを取り戻した。
「でも空に塵は飛んでるんですよね? 何で落ちてこないんですか?」
「そりゃこの街一帯に巨大な電磁バリアが張られてるからだ」
「電磁バリアがですか……じゃああの塵って、処理されず何処かに飛ばしてるって事なんですねぇ……」
「んなわけねぇだろ。あんなもん飛ばし続けてたら、今頃世界中は塵だらけだ」
「じゃああれ、どうしてるんですか?」
「説明するのめんどくせぇな……」
「まあまあ、そう言わずに」
ヘッヘッヘッと気持ち悪い笑みを浮かべながら、サヤカは腰を低くしてみせた。
「ったく……つまりこの上空には二重で電磁バリアが張られていて、バリアに挟まれたとこにあの塵は飛んでるんだ。んで、あの塵が飛んでるとこも二つの部屋みたいに分かれていて、街の上空は全て加速部って呼ばれるとこなんだ」
「加速部?」
「加速部は簡単に言えば、塵が飛ぶスピードを超高速になるように上げるとこ。だから空を見ても塵が塵に見えず、空が曇ってるようにしか見えないんだ」
「へえ……」
「そんで、この飛んでる全ての塵が行き着くのが街の海浜部にある圧縮部だ。超高速になった塵が空気圧縮されているその部分にぶつかることによって、摩擦で塵が燃え上がり、跡形も無くなるってことよ。お前、火球って知ってるだろ?」
「ああ、あれですよね。宇宙からの飛来物が大気圏に入って燃え上がるっていう」
「そうそう、それとおおよその原理は同じだ」
「へぇ~……何だか塵を燃やすだけで、そんな大がかりなことしてるんですね」
「公害は起こせない。だけど生産性を下げる事もできない。その挙句の果てが、この大掛かりな仕掛けってわけだな」
「やっぱり人間の欲は深いですねぇ」
「そういう話の落ち着き方になるのか」
「この方が頭良さげでしょ?」
「バカの発想だ」
そんな談笑をしながら歩いていると、目的地であるカフェ「サビツキ」に辿り着き、二人は入店する。モダンチックでオシャレな内装の店内は14時頃とお昼の時間から少しずれていたため、座席にはまばらに人が座っていた。