15 麒麟は呼べませんでした……
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秀吉の調略の手は三好康長だけでは無かった。
豊後を抜けて秋月へ向かおうとした池田恒興と立花道雪の軍勢に対し中川清秀と高山右近の軍勢が襲いかかった。
「池田殿、敵襲でござる!背後より敵が迫ってきておりますぞ!」
裏切りを知った大友家の立花道雪が焦って恒興の元に向かった。
「背後だと?誰じゃ!高山と中川は何をしておる!」
「ですから、その高山と中川が裏切ったのです!」
「なにぃ!?ええい!迎え撃つぞ!全軍かかれ!」
「父上!背後の秋月軍が動き出しました!」
続いて嫡男の元助が報告する。
「なんじゃと……。」
恒興は馬上にて立ち尽くした。
後ろを見ても敵、前を見ても敵。
この状況に恒興は絶望し自害、元助は討死し立花道雪も奮戦の末、何とか戦場を落ち延びたものの傷を負いそのまま果てた。
そしてこれと四国勢壊滅の報は直ぐに秀吉謀反で動揺している明智軍にも知らされた。
「フフフフ。流石は秀吉殿ですね。綿密に計画されていたのでしょう。」
この状況に至っても笑う光秀が信澄には不気味に見えてしょうが無かった。
「義父上、これはまずいのでは?」
「ええ、とてもまずい事態でございます。別働隊が壊滅し大友家は家中随一の名将を失い我らは3万の兵で5万の大軍とぶつからなければなりません。さらに言えば当初より龍造寺の鉄砲保有数はかなり多く目下5千丁は揃えているようです。明との貿易で儲けたようですね。」
「では我らはやはり?」
「ええ、これは危険です。大友などもはやどうなろうが九州勢を本土に上陸させなければ問題はありません。さっさと逃げましょう。」
明智軍も斎藤利三率いる鉄砲隊5千を殿に撤退することにした。
だが逃げる敵を見逃す程、龍造寺軍は甘くなかった。
「龍造寺を舐めてもらっちゃ困るぞ!石火矢放てい!」
龍造寺軍は織田軍よりも大量の石火矢を南蛮や明との貿易で手に入れていた。
鍋島直茂が采配を振るとその石火矢が斎藤勢に襲いかかる。
「くっ!怯むな!我らは時を稼ぐのじゃ!」
利三はそう言うが彼自身も伏せることしか出来なかった。
「存外、織田軍も弱いようだ。成松。お前突撃して敵をかき乱せ。」
隆信は家中最強格の成松信勝に命じた。
「応。」
信勝はうなづくと陣を出て行った。
「不気味な男だな。」
種実が言う。
「直茂より喋らんがあいつの腕は一流だ。1万預けたから明智なんて一溜りもないだろう。」
信勝は隆信の言った通りの活躍を見せた。
石火矢の攻撃で混乱する斎藤勢をものの数刻で壊滅させた成松勢はそのまま撤退する明智勢に襲いかかった。
「十兵衛様!敵が迫ってきておりまする!」
秀満が報告する。
「フフフフ、金ヶ崎を思い出しますね。婿殿には何としても生きながらえて貰わなければ困ります。我々は盾となりましょう。」
そう言って光秀は手を上げ敵の方向に指を向けた。
「行きますよ、左馬助。」
光秀は馬を方向転換させると成松勢の方に走り出した。
「くそっ!皆の者、十兵衛様をお守りせよ!我らに続け!」
秀満も仕方なく光秀を追いかけることにした。
「あははははは。存外龍造寺も弱いですね。この程度なら私でも相手に出来ますよ。」
光秀は笑いながら龍造寺兵の腹に片手で鉄砲を押し当てると引き金を引いた。
そしてもう片方の手で刀を握り腹を撃たれた兵の首を切り落とした。
「なんじゃこいつはぁ……。」
その光秀のサイコパスみたいな行動に龍造寺の兵たちは言葉を失いじわじわと後ずさりしていた。
「……。」
信勝はそれを見ると無言で短刀を投げつけた。
パスっ!
それを光秀は瞬時に指で止めた。
「おやおや、毒を仕込んだ短刀ですか?フフフフあなたの兵に味あわせて上げましょう。」
光秀はその短刀を近くにいた兵の喉元に突き刺した。
兵は喚きながら倒れるが信勝の表情は一切変わっていない。
「…………」
「フフフフ、中々肝が座っているようですね。そういうお人が私は大好きですよ!」
そう言って光秀は刀を抜き走り出した。
「……」
信勝はそれを見て刀を抜き光秀に突き刺した。
「フフフフ。この程度の痛みで私が苦しむとでも?」
だが光秀は平気で刀を腹から抜くとまた斬りかかってきた。
「なぜじゃ!なぜ刺されても死なぬ!」
もはや信勝以外の龍造寺の者たちはサイコパスすぎる光秀を前にビビり散らかし逃げる者まで現れた。
「薬か。」
黙り込んでいた信勝がやっと口を開いた。
「ええ。古い知り合いに医者がいましてね。その方に調合していただいたのですよ、フフフフ。」
光秀は何度も刀を信勝に叩き付ける。
だが信勝はそれを全て受け止めむしろじわじわと押し返していた。
「飽きた。」
そう言うと信勝は光秀の頭上より刀を振り下ろした。
「フフフフ、甘いですね!」
光秀は逆に脇差で信勝の腹を突き刺した。
「くっ……。」
信勝は腹を抑えたもののまだ戦えるようだ。
「左馬助!あなたは兵の半分を率いて撤退し婿殿と私の倅を支えてください。」
「それは出来ませぬ!この左馬助は最期まで十兵衛様に!」
「それが忠誠心なら私は嬉しくありません。私にとって最も喜ばしいのはあなたが生き延びて未来を作ることです。」
「そんな……!十兵衛様!」
「伝吾……あなたにも世話になりましたね。皆のこと任せましたよ。」
「承知致しました、この伝吾、十兵衛様にお仕えできて幸せでした!」
伝吾も秀満も泣き泣き撤退した。
「泣かせるな。」
信勝が血を吐きながら言う。
「フフフフ。まだ戦いは終わっていませんよ。」
その後光秀と信勝はお互いボロボロになるまで戦ったが池田勢を壊滅させたことを聞いた隆信が全軍の退却を命じたので決着はつかなかった。
「フフフフ、かなり疲れましたね。」
手勢の五千のほとんどが壊滅し光秀はただ1人夜空の下を歩いていた。
グズッ!
彼の腹に何かが刺さる。
「ああ、痛みを感じる……。薬は切れたようですね。フフフフ。」
「高そうな甲冑を身につけてるぞ!名のある将だ!」
落ち武者狩りのようだ。
「フフフフ。あなた方に与えるほど私の首は安くありませんよ。」
光秀は腹に刺さっている竹槍を引っこ抜くと落ち武者狩りのリーダーの喉に突き刺し彼の刀を奪い周りのものを斬り倒した。
「ああ、風が冷たい……。信長公、あの世で八郎殿が麒麟を呼ぶのを共に……。」
明智十兵衛光秀、享年56。
類まれなる才能を発揮し信長の天下統一を支えた梟雄は遂に力尽きた。
「1万も殺られたか……。」
門司城に入った信澄は半壊した自軍を見て言った。
「申し訳ありませぬ。我らがおりながら……。」
秀満は地面に頭を擦り付けて謝った。
「いや、お主は謝る事は無い。義父上の事は無念の極みじゃ。されどこうなった全ての原因の羽柴筑前を討たねば義父上も叔父上も悔やまれぬ。我らは体制を立て直し秀勝様と共に筑前を討つぞ。」
そういう信澄だったが瞳からは涙が溢れていた。
更に関東では
「父上!蘆名と伊達が挙兵し下野と上野に入ろうとしております!」
滝川一益は息子の一忠の報告を聞いて持っていた茶碗を落とした。
「ちっ!なぜじゃ……なぜ伊達が!」
一益は初め有り得ないと思っていた。
伊達も蘆名も元々織田家に従属している姿勢を見せており織田と戦うメリットなど無かったからだ。
この時点で本能寺の変の情報は未だ関東勢には伝わっておらず彼らは何が起きているのか分からなかった。
「北条は徳川殿にお任せし我らは伊達を迎え撃つべきかと!」
しばらくの沈黙の後、下野の宇都宮国綱が言うとほかの者も同意した。
「敵は如何程か?」
「およそ2万との事にございます。」
一忠が報告する。
「我らより少し少ないな。されど油断は出来ぬ。」
「ご案じなされますな。このワシに策がございまする。」
そう言ってドヤ顔で出てきたのは真田昌幸だった。




