14 さよなら一領具足 長宗我部元親死す!
四国勢の撤退と共に島津軍は岡本勢を粉砕し戸次川を渡り始めた。
「何としても敵を抑えるのじゃ!一領具足の者共よ!今こそ天下にそちらの名を知らしめよ!」
元親が怒号を上げそう言うと魚鱗の陣を組んだ長宗我部勢はいっせいに鉄砲を撃ちまくった。
意外と鉄砲を集めていた長宗我部勢に島津軍は攻めあぐねた。
「やはり長宗我部は一筋縄ではいかぬか……。何としても敵を切り崩せ!」
対する家久は鋒矢の陣で切り崩そうとした。
「良いか、我らは時間を稼ぐのじゃ。撤退する時は三七様が完全に撤退された時だと思え。」
「如三様、何故そこまでして……。」
家臣の谷忠澄が聞く。
元親の元に残った重臣は彼くらいであとは全て信親と共に撤退した。
「ワシの夢は果てた。ならば夢を繋いでくれるであろう信親とその可能性をくれた三七様を生かすだけよ。」
ああ、このお方はこの場で死ぬ気だ。
忠澄はそう確信した。
「しかし我が軍が撤退する前から島津は陣形を組み出していた。恐らく三好は内通しておるのだろうな。」
「それであれば三七様が危ないのでは……?」
「安心せい、信親に伝えてある。三好は始末されるであろう。」
「なるほど、ならば問題はありませぬな。」
「うむ。そろそろ前衛は厳しいか?」
如三は指揮を執る一領具足の竹内惣右衛門に聞く。
「そろそろ厳しいですな。一旦兵を引き体制を整えるのが良いかと。」
「そうであろうな。鉄砲隊はそのまま島津を抑え込め。残りの者は道沿いの林に隠れるのじゃ。騎馬武者も下馬し飛び道具を持つものは木の上に登れ。」
「又七郎様、敵が引いていきますぞ。」
「そのようじゃな。このまま叩き潰すぞ!」
「相手は長宗我部元親ですぞ。ただ撤退するとは思えませぬが?」
「そのような事は分かっておる。されど逃げる敵の大将を討ち損ねれば末代までの恥じゃ。6倍の兵を持ってすれば大したことは無い。」
忠元の進言が正しいことを家久は分かっていたがそれでも信孝の首を是が非でもあげなければならなかった。
「鉄砲隊は側面より味方を守れ。列が一列にならないように広い道を通るぞ!」
家久が命じると島津軍は長宗我部勢の後を追い始めた。
「又七郎様、広い道は全て石や木により塞がれております。残るのは林に囲まれた道のみでございます。」
島津軍が来そうな所と信孝が通った道は全て塞ぐように如三は命じていた。
島津は長宗我部軍の待ち受ける林道を通るしか術はなくなったのだ。
「ええい、仕方あるまい!周囲を警戒しながら進め!」
仕方なく家久はそのまま林道を通ることにした。
「ふっ。見事に網にかかってくれたな。」
元親は笑いながら鉄砲の照準を島津軍の先頭に立つ騎馬武者に合わせた。
ダァンッ!
銃声がなり騎馬武者が馬上より落ちると同時に長宗我部勢は槍衾で攻撃を始めた。
「やはり来たか!鉄砲隊は敵の指揮官と狙撃手を撃て!さすれば敵は乱れる!
対する家久も冷静に対応した。
弓と弾丸が飛び交う中で島津軍は全体的に落ち着いていた。
これは如三にも想定外だった。
「思ったより落ち着いているな……。流石は戦闘民族薩摩人と言ったところか。」
だが長宗我部の一領具足とて兵士の水準は島津に退けを取らない。
的確に敵を討ち取っていた。
合戦が続く中、撤退した織田勢は鶴賀城に到着していた。
「はぁ……。中々疲れるな。」
信孝は汗を拭いながら水を飲んだ。
「三七様、少しお耳に入れたいことが。」
信親がそう言って信孝の耳元で囁いた。
「何!?あの老いぼれめ島津に通じておったか!?」
信孝は康長の内通を聞き激昂した。
「おそらくは島津ではなく羽柴と繋がっておるのかと。そもそも上様と康長を結びつけたのは羽柴でございますゆえに。」
「おのれサルめ!考えただけで忌々しい。さっさと康長を呼び出せ!奴を斬り捨ててくれるわ!」
「殿……それが康長の手勢は二手に別れて康長の方は先に逃亡しもう一軍は南下して来た道を戻っておりまる。」
家臣の三宅権右衛門が言う。
「来た道を……まさか如三を……。」
「三好に我らは恨まれておりますからな。仕方ありますまい。」
「如三には申し訳の無いことをした。我らは一刻も早く三好を追撃し四国へ戻る方が良いな?」
信孝は信親に確認する。
「我ら長宗我部は皆、異存ありませぬ。」
「よし!行くぞ!」
信孝勢は再度動き始めた。
しかし長宗我部勢の方は限界を迎えていた。
「忠兵衛(忠澄)様お討死!もはやこれまでにございます。」
「引くな!我らは最後の一兵になっても敵の進軍を遅らせるのじゃ!」
如三自身も刀を持ち戦っていた。
「申し上げまする。背後より敵が接近しておりまする。旗印は三好のもの、大将は十河存保かと!」
「康長め……。ワシを何としても討ち取る気か!鬼若子の姿、生涯忘れられるぬようにしてくれるわ!」
元親は近くに落ちていた薙刀も持つと鬼のように敵兵を切り裂いていった。
「あのくそ坊主め、最期まで我らを苦しめる気か!討ち取れ!討ち取るのじゃ!」
対する十河存保は鉄砲隊による攻撃を更に増した。
そして1発の弾丸が如三の胸を貫いた。
「信長……少しは蝙蝠も役に立ったであろう?はっはっはっ!」
そう言って元親は笑いながら倒れた。
「如三は討ち取った!このまま長宗我部を皆殺しにせよ!」
存保が声をあげると一斉に十河勢は長宗我部の残党への攻撃を深めた。
三刻もすると最後まで抵抗していた一領具足は尽く討ち取られた。
「又七郎様……我が軍の損害はかなり大きく、これ以上兵を進めるのは厳しいかと……。」
忠元が転がる死体を眺めながら言う。
「無念じゃ……。十河の兵も千ほどしか居らん。ここらが潮時じゃな。」
「されどかの長宗我部元親を討ち取ったのです。初戦では十分な戦果でしょう。」
「くっ!」
家久は拳を震わせながら握りしめた。
この後四国勢は三好康長を討ち取りそのまま大友家を見捨てて伊予に撤退した。
しかし四国勢の精神的ダメージは相当なものだった。




