1-Ⅰ
※文抜けてました。
2019.5.14訂正
青い、青い空は照明。
灼熱の太陽はスポットライト。
グラウンドは舞台。
選手たちが、躍動する舞台。
そして、光輝く舞台。
キラキラ。
キラキラ。
光輝く舞台。
1
瞳を閉じれば。
鮮やかに記憶が甦る。
キィン。
と、響く金属音。
ボールを真芯でとらえた音だ。
わっと湧きあがる歓声。
空へ空へと、高く舞い上がる白球。
どよめきと共に、白球はフェンスを越えスタンドへと飛び込んでいく。
拳を突き上げるバッター。
それと同時に、審判が円を描くように腕を激しく回した。
どよめきは悲鳴に変わり、地鳴りのような歓声が響き渡る。
0行進であったスコアボードに1が刻まれた。
相手校は毎年のように決勝戦まで勝ち上がる私立の強豪校。
対するは、毎年初戦で敗れるような弱い公立高校。
誰の目から見ても、結果は見えている試合だった。
しかし今、信じられない事が目の前で起こっている。
弱小校が、1対0で強豪校に勝っているのだ。
その証拠に、地鳴りのように響き渡る歓声は鳴り止まない。
投げても強力打線を無失点に抑えるその選手に、ひとときの夢をみる。
このまま、勝ってしまうのではないだろうかというドラマチックな夢を。
しかし、さすがに鍛え抜かれた強豪校の選手たち。
夢を見続けることを許さなかった。
終盤に2点を取られ逆転を許し、その後、無失点に抑えたものの追加点が入らず2対1で敗戦。
1点ビハインドの中、最後まで諦めず投げ続けた背番号8の姿は、敵味方関係なく大勢の人の目に焼き付けられたことだろう。
試合終了を告げる審判の声に、ネクストバッターズサークルでバットを握り締めたまま立ち尽くす彼の姿に、惜しみない拍手が送られた。
容赦なく照りつける太陽と。
幾多の蝉たちが奏でる大合唱。
暑い。
熱い。
夏の日。
瞳を開ける。眼前には桜並木が広がっている。
花の盛りは過ぎたようで、お愛想程度にしか花をつけていない。
入学式の時は満開だったな、と美しいピンク色の優しげな花が瞼に浮かぶ。
季節は春。祥子も晴れて、ピカピカの高校一年生だ。
あの試合で、もしランナーが出塁して青年に打席が回っていたら、どうなっていたのだろう?と幾度となく考えた。
時間は戻らない。彼に打席が回らずに敗北した、それが事実だ。
事実は永遠に変わらない。しかし、それでも『もしも』という世界に期待を抱かずにはいられない。
何か奇跡を起こしてくれたのではないか、と期待させる何かがあの青年にはあった。
桜並木のも奥には、校門がある。
門の右壁には青雲高校と高校名が書かれたプレートが、はめ込まれていた。
大阪府立青雲高等学校。これから祥子が通う、高校の名前だ。
そして、昨年の夏に祥子の胸を熱くした背番号8の選手がいる学び舎。
ここに、あの選手がいると思うと、興奮と緊張で胸が高鳴る。
(それだけで、入学試験受けた私は相当バカよね……)
祥子は自分自身に苦笑した。
当時1年生だった選手は、現在は2年生。
1年生だったことにも驚き、ひとつだけしか歳が違わないことに驚いた。
実力、精神面での強さから、勝手に2年生か3年生だと思っていたのだ。
こちら的には助かったので、良かったのだが。
(もう一度、あの選手のプレイが見たい)
そう、ただそれだけの理由で、祥子は青雲高校を受験したのだ。
祥子は毎年、春と夏には必ずテレビに齧り付いて見るくらい高校野球が大好きだ。
女である自分も甲子園を目指したい、と夢を抱いている時期もあった。
もちろん、女子は出場できないことは知っている。選手として夢を追いかけることは不可能だ。
だから、諦めた。
男子に産まれていれば、何の障害もなく夢を追いかけられたというのに、なぜ自分は女子に産まれてしまったのだろう?
性別を選んで、産まれてくることはできない。こればかりは、己の力ではどうすることもできない。
嘆いても仕方のないことだと頭では理解できていても、男子が羨ましかった。
マネージャーという立場ならどうか?と、考えたこともあった。
マネージャーならば、選手と一緒に甲子園を目指せるのでは?と。
我ながら妙案だと歓喜した。が、知り合いにマネージャーの仕事を聞いて、自分には無理だと悟った。
スコアブックで記録付け。
これはまだいい。中学の頃入っていたソフトボール部でも記録係をやったことがある。
部室の掃除……自分たちで使う部屋くらい、部員で掃除すればいい。
着替えた後の衣服の整頓……脱いだ時に自分で畳めばいい。
スポーツドリンクの準備……下級生の仕事では?
ソフトボール部の時はそうだった。
練習試合のセッティング補助……監督か顧問の仕事だろう。
合宿の時の洗濯、食事、その他諸々。
そもそも、マネージャーという存在がソフトボール部にはいなかったのだが、ただの雑用係ではないか。
と気付き、自分に務まる役目ではないと祥子は諦めた。
選手のプレイを間近で見れるという特典は捨てがたいが、金網のフェンスの向こう側からでもいい。
プレイが見れればそれでいい。
今の祥子には、それだけで十分だった。
午後は体育館で、新入生対象のクラブオリエンテーションが行われる。
(あの人に会えるかな?)
祥子はステップを踏むような軽い足取りで校舎へと向かった。
1ーⅡへ続く