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ウェイザーズ・キル  作者: 染谷 秋文
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三、アイリスとロベール

 


「私はミィナ、紫の髪の子がドクくんで、もう一人の綺麗な女の子がリンネちゃんだよ!よろしくね、キルくん!」


 ウカイが去った地下室の中、部屋を一通り見終えたキルが何処かに行こうとした時、桃色の髪の少女、ミィナがキルを呼び止め、腕を引いて三人の集まっている革張りのソファーに座らせる。

 普通であれば、腕を弾いて一睨みすれば大抵の者は諦めて距離を置くし、キルも当然のように同様の行動を取ったのだが、単純な話、ミィナは一味違った。


「そうそう。キルの目的は“この世から天能者を消すこと”だそうだ。仲良くやってくれたまえ」


 部屋を出るウカイが何故そんな事を言い残したかは定かでないが、得体の知れない危険人物(キル)に不用意に近づくミィナを見て、他の二人がドギマギしているのは、間違いなくウカイのその一言が原因だろう。

 ドクとリンネは、いつもの事だからか、キルが無事ソファーに座ったからか、諦めたような、安心したような、どちらとも言えないそんな溜息を吐く。


「おい新人。君は僕より後輩なんだ。挨拶くらいしたらどうなんだい?」


 数秒の沈黙の後、ソファーに座り何も口にしないキルに、いきなりドクが先輩風を吹かせる。


「今すぐ死にたくなかったら黙ってろ、クソきのこ」


「く・・・くそ・・きの・・こ?くっ、クソきのこだと!?アイリス大修道院始まって以来の天才を自負するこの僕に向かって、くそだと!?調子に乗るなよ・・・、ここが修道院ならお前は、僕の奴隷だったんだぞ」


 ドクの言うアイリス大修道院とは、現在のダブルズの前身となった五つの国、カント、ナハイ、キシュ、シクク、ホッケンで、戦時中に破壊された幾つもの修道院に代わるようにダブルズが設立した、溢れる孤児達の養護施設となっている場所である。


「ブブゥッ!!あははは!!

 くそっーー、クソきのこだってさ!!あははは!!聞いたミィナ!?このクソガキ、いきなり偉そうなこと言い始めたと思ったらクソきのこって!あははは、あぁおかしっ!あははははは!あんた中々分かってんじゃん!」


「お前も黙ってろ。やかましい女だな」


「あぁ!?んだと、テメェ!?やんのかこら!」


「そ、そうだっ、新人のクセに偉そうだぞ!」


「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ!ね?ね?そうだ、キルくんの歓迎会をしようよ!私が美味しいミルクティーを入れてあげるからさ!」


 キルの加入により荒れる地下室。それを落ち着けたのは又してもミィナであった。

 窘められ三者ともに口を閉ざしてしまい、沈黙に流れるBGMはミィナの鼻歌。

 電気式の加熱器によってミルクを温めるのに合わて、部屋の明かりが少し薄暗くなり、甘い匂いが漂い始めた頃、再び明るくなる部屋。

 ミィナの鼻歌はそこで止まり、可愛らしいカップに入れられた四つのミルクティーがテーブルに並ぶ。


「はい、それじゃあキルくんの歓迎会を始めよ!」


「お前・・・、いや何でもない」


 馬鹿なのか?そう言おうとして、キルは思い直し、ティーカップを口元に運ぶ。

 死刑囚として投獄されていた三年間、素材の味のみの質素な食事を食べ生活していたせいか否か、キルはミルクティーを口に入れた瞬間、目を見開いた。


「・・・・うまい」


 その様子を見ていたミィナは、嬉しそうに笑い、リンネとドクは何故か自慢気だ。


「当たり前でしょ。ミィナの淹れるミルクティーは世界一なんだから」

「そうですね、それは天才の僕も認めましょう」


 世界一かどうかなどキルには分かる筈がない。

 だが、ミィナの淹れたミルクティーは、心地よい香りと甘味を持つ、心に染み渡るような、そんな優しい味がした。




 ーーーーーー





「俺も修道院の出だ」


 ミルクティーを飲み終え暫くすると、唐突にキルがそんな事を口にした。

 自分は何故そんな事を口に出してしまったのか?

 直後にそんな後悔の念に苛まれるが、既に後の祭りだと割り切り、キルは無表情を貫く。


 リンネとドクは少しだけ驚いたような表情を浮かべると、リンネは目を閉じてまだ中身の残っているティーカップを口元に運び、ドクはティーカップを手に持ったまま答える。

 それを見るミィナは一人微笑み嬉しそうだ。


「こんな世の中なんだから、修道院の出なんて珍しくも何とも無いだろ。僕と共通の話題を出して機嫌を伺うくらいなら、もっとまともなーーー」


「馬鹿かお前は、修道院では上位者には絶対服従だ」


 キルは先程の自分の発言を誤魔化すようにドクを煽ってみせる。

 ここは修道院では無い、そう言いかけてドクは言葉を詰まらせた。

 先程、修道院の話を引き合いに出したのは自分だと思い出したドクは、天才の自分がそのような浅はかな罠に掛かるものかと、違う視点から反論を繰り出す。

「へぇ、おかしいな。修道院で上位者に絶対服従なのはその通りだが、修道院は完全なる実力主義だよ?僕より先輩だと言いたいのかも知れないけどさ。

 僕はアイリスが始まった時からあそこに居たが、君なんて見たことも無いぞ?僕と同程度か更に優秀な者が居れば知らない訳ないんだけどねぇ」


 つまり、お前は修道院の出ではない。

 ドクなそんな意味を込めて嫌味を言う。


「俺が居たのは現アイリス修道院本部のある場所に嘗てあった、ロベール修道院という場所だ。

 アイリスとかいう、“生温い”施設が創設されて、確か九年か。

 九年もの“長い”歴史において歴代最高の天才を“自負”してるキノコが生えてるなんて俺も今の今まで知らなかったよ」


 アイリス大修道院では、養護施設を謳っている通り孤児達に最低限の食事と教育が保証されている。

 だがその裏で行われているのは神の教えと名した苛烈な洗脳と過酷な労働。

 その実態は、謂わば孤児達の強制労働施設であった。

 ダブルズとしては、いずれ犯罪者になる可能性の高い孤児達を収容することで将来起こるはずの犯罪を未然に防ぎつつ、孤児達を洗脳教育して国の為に戦う戦力とするのが目的であるため、優秀な者ほど院内での待遇は改善され、良い教育、良い食事が与えられる仕組みとなっている。

 実際に修道院からWPOへ入軍する者も現れていることから成果は出ていると言えるが、しばしば行われる“救済”と称した孤児狩りは非常に問題視され、貧困層が大多数を占めるダブルズの国民にとっては、大きな関心を寄せる事柄の一つとなっている。


「ロベール・・修道院?お前・・・、ロベールの出身者なのか・・?」

「ロベール修道院・・ってなによそれ?」


 ロベールの名を聞いたドクは驚きを見せ、リンネやミィナは聞いたことのない言葉に顔を見合わせる。


「ロベール修道院・・。彼の言うように、現アイリス大修道院がある位置に存在した、修道院の名を冠した史上最悪と言われる人体実験場です。

 ロベールでは過酷な労働や拷問だけでなく、兵器、灰獣、肉体改造、天能者の能力に関しての研究が長年行われていたらしく、大戦時代、ある十七年の間に、数十万人もの孤児がロベール実験の犠牲になったと言われているんですが・・・」


「ですが・・?それ以上何があるっていうのよ・・」


「三百年戦争の最後期、ロベールの過酷な環境に晒された数十万人の内、拷問や実験を生き抜いた強者たち約千名。ロベールはその千名を三等分に分けると、何と、殺し合いをさせたんです」


「そんな・・っ!」


「千人が・・殺し合い?何でそんな事をさせる必要があんのよ」


「さぁ?近接、遠距離、護りみたいなパターンに分けて各分野の最高傑作を決めようとした。

 とかそんな感じでしょうか?

 残念ながらその辺は僕も詳しく知りません。ですが何にしても各組の生き残り、千人の強者の中から選ばれた三人の大戦力は大戦へと参戦し、戦争の終結に大きく貢献したとされています。

 そして目の前の彼は、自分がそのロベール修道院の生き残りだと言ってるんですよ」


 ドクの話を聞いたミィナとリンネは言葉を失い、ドクはキルを睨みつけ、ただしーー、と続ける。


「その殺し合いの混乱に乗じて外へ逃げ出した者も十数名いると言われていますけどね」


「ほう、まさかお前のようなガキがロベールを知ってるとはな。お前、外へ逃げ出した者の情報を何処で聞いた?」


「君のような嘘つきに答える気は無いな。ロベールの生き残りは三人。そしてその正体が分かっているのは二人だ。

 大戦の最後期、様々な戦場で“最強”と言われた伝説の男、そして“災悪”と呼ばれた殺人鬼。広く名を知られる彼等が同じ穴のムジナだというのは殆ど知られていないけどね。

 そして残りの一人は謎のまま・・・。

 お前が本当にロベールの生き残りなら、その正体は謎の一人か、逃げ出した十数名のどちらかで、後者の可能性が遥かに高い。それにーーー、」


 その時、得意気になって語るドクにミィナが割って入る。


「フフフ、ドクくんは災悪の英雄さんが好きだもんねぇ。

 だけど、確かキル君は擬態してるってさっき言ってたよ?他の二人の可能性もあるんじゃないかな?」


「やだなミィナさん、無いですよ。

 最強も災悪もそんな能力じゃないですし、たかが擬態使いがロベールの生き残り三人の筈がないでしょう。

 つまり、お前は逃げ出した十数人の誰かで、僕の上位者なんかじゃない!分かったか新人!」


「だけど、キルはわざわざウカイが大監獄(カトラズ)から連れて来たんでしょ?ウカイがロベールってのを知らないとも思え無いし、そんな小物なら脱獄させたりしないんじゃない?」


「うっ・・それは・・・」


「お前達は思い違いをしてるようだ。

 まず一つ、俺は自分のことを生き残った三人だとは一度も言ってないだろう。勝手に話を進めて人を嘘つき呼ばわりとは、いい度胸だ。

 二つ目、逃げ出したという十数人をお前達は弱いと思ってるのか?

 少なくともそこのクソきのこの話しでは、ロベールが集めた数十万から選ばれた千人で殺し合い、そんな状況の中でも死なずに逃げることに成功した十数人だ。

 それを弱いと思っててよく自分を天才などと言えるな。

 別に俺の正体など何でもいいが、あいつらは殆どが骸とも対等以上に戦える存在だぞ」


「骸と・・?そうか・・・。お前が何者にせよ、ウカイが連れてくるだけはあると言うところか。

 リンネさんの言う通り、実力が無ければあのウカイがわざわざ勧誘なんてしないだろうしね。

 しかし、やはりお前は僕よりも格下だ。どうも頭が弱いらしいからね。

 まず、この僕を馬鹿呼ばわりする知性の無さ、そして天能者をこの世から消すなんてほざいてる低脳がいい証拠だ。そんなこと不可能に決まっているだろう」


「低脳とは言わないけど、それは確かに無理ね。

 ずっと殺し続けたってあんたが死ぬほうが早いだろうし、それにあんた、自分や私達が天能者だと分かってて言ってんの?」


「出来るさ。天能者を消す事は可能だ。

 それに勿論、俺やお前達が天能者なことくらい分かっている。だから精々、俺に殺されないように気をつけるんだな」


 キルは何の疑いもなく、天能者を消すことが可能だと言い切ってみせた。

 それを聞いていた三人は、余りの現実味の無さ、そして自分達を殺すと言いつつソファーに座って会話を続けるキルを見て、気の抜けたように体の力を抜いて、背凭れに体を預ける。


「はぁ、馬鹿馬鹿しい。これだからウカイが連れて来るやつは嫌なのよ!変なのばっかじゃない」


「それ、自分のこと言ってるんですか・・・」


「テメェのことだよ、クソガキ。ああ・・クソガキに加えて、こんな危ない奴と今日から一緒に暮らすなんてさ・・。私の味方はミィナだけだよ」


 その瞬間、不穏な一言を聞いたキルは固まる。


「待て、今日から一緒に暮らすだと?どう言うことだ」


「どういうって、今日から此処で一緒に暮らすって意味でしょ。他に何があんのよ」


「意味が分からんな。此処は鵜のアジトだろう。

 話を聞く限りでは鵜の者は他にも多数いる筈だぞ。ここに全員が住んでるわけがないだろう」


「ここが・・・鵜のアジト?・・違うけど」


「なん・・だと?ならここは一体・・」


「ここはね、私とリンネちゃん、ドクくんが住んでるお家だよ!今日からはキルくんのお家でもあるけどね!さっき歓迎会したのに気付いてなかったの!?」


「俺が・・ここに・・だと?

 待て、アジトでも無いなら何故わざわざこんな場所に住んでる?」


「ん?それはねぇ、安かったから!あ、ちゃんと来月からはキルくんにもお家賃払って貰うからね?キルくんのお部屋は二階にあるから案内するよ」


「キルくんのお部屋って、ミィナさんこいつが来るの知ってたんですか!?」


「え?うん、知ってたけど。ウカイさん言ってたし」


「と言うか、二階って僕の部屋じゃないですか!」


「文句言うんじゃないわよ!今まで一人で二部屋使わせてやってたんだから、十分でしょうが」


「二階?階段は無かったはずだが」


「二階には、この地下室にある隠し階段からしか行けないんだよ。一階部分の工場も今は使われてないから、階段を着けてもいいんだけど、改装費がねぇ」


「使われてない?上にあった金属工場がか?」


「そうだよ!ここは前の大家さんが潰れた工場を買い取って趣味でアジト風に作り変えた物件らしいんだけどね、場所も使い勝手も悪いから誰も借りる人が居ないって売りに出されてたんだ!だから私が買ったの!」


「つまり、今はお前が大家というわけか。

 一階部分を作り変えてもいいのなら、俺が二階への階段を付けてやる。その代わり、一階を俺の部屋にするがいいか?」


「本当!?キルくん、そんなこと出来るの?」


「まぁな」


「それじゃあ、お願いしようかな!ドクくんが来てから、男の子の目があって色々困ってたんだよ!」


「え・・?そ、そうなんですか・・?」


「当たり前でしょ。あんたが来る前はシャワーの後に一々服なんて着なくて良かったってのに」


「・・・え?」


「それより一階は鉄屑ばかりで誰も掃除してないから大分汚れてるけど大丈夫かな?」


「問題無い。暫くは鈍った体を鍛え直す必要があるから丁度いい訓練になるだろ。今日から作業を始めるが、鵜としての活動はいつから開始になる?」


「んー、キルくんの配属先は後でウカイさんから連絡が来るようになってるから、ハッキリとは分からないけど、早くても一週間くらい・・かな?」


「分かった」



  そう言うと、キルはすぐさま地下室を後にした。



「うふふ、楽しみだなぁ!」

「というか、あいつ何歳よ」

「・・・さぁ」


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