鵜
「ふむ、素晴らしい。では着替えが終わり次第行こうか。コウ、後始末は任せていいかな?」
「ハッ」
ウカイは看守長に頭部の弾けた遺体の処理を任せ、コウと呼ばれた看守長はそれを了承。
これにより、宍戸 斬という男は死刑執行によってこの世から完全に消えたこととなり、若い看守の体は斬の物として処理されることとなる。
キルが自ら殺した看守の服を着終えると、ウカイはいつもの事だと言わんばかりの様子で何も言わず真っ直ぐに部屋を出ようと歩き始めるが、扉の取っ手に手を掛けた所で、キルが付いてこないことに気が付き振り返る。
「どうしたんだい?キル」
「こいつも天能者だろ。“鵜”なのか?」
“天能者をこの世から消す”。そう口にしたキルは、それを実行してよいか、それをウカイに問うような言葉を吐いた。
だがそれを聞いた看守長は身構えたりはせず、ただウカイを見る。
まるでキルが自分を殺そうとしている事など知らぬかのように・・。
「確かにコウは天能者だが・・・クク、やめておけ、コウは強い。少なくとも今のお前にはな。もっとも、怪我を負った状態で死体の解体がしたいなら別だがね。ククク・・・」
その言葉を聞いたキルは無言で振り返り、コウを残して部屋を後にする。
大監獄を出た二人は、目立たぬように岩場の隙間に停められていた小型の蒸気船に乗り込むと、直ぐに荒れる海へと出航し、一時間程で無事にダブルズ本土への上陸を果たすこととなったーーー。
ーーーーーー
「と言うわけで、彼が今日から鵜のメンバーになったキルだ」
部屋に入るなり、突然そんなことを口にするウカイ。
大監獄を出たキルがウカイに連れて来られた場所は、ダブルズの首都・ダブル。
政府軍WPOにより、灰獣の侵入を防ぐ目的で建てられた巨大な壁、そこに設けられた門を潜り、ダブル郊外の一角にある工場地帯へとやって来た二人は“アロイ”と書かれた錆びれたコンクリート製の建物に入ると、鉄屑の落ちた工場跡のようなフロアにある隠し階段を使って地下へと降る。
そうして最初に三つ目に辿り着いたドアを開けてウカイが放った一言が、それだった。
部屋に大層な設備などは見られず、年季の入った家具に家電、それにインテリアが並ぶのみ。
三十〜四十畳程の長方形のその部屋には、キル達が部屋に入るのに使った木の扉以外に四つの扉があり、中央付近にある黒い革張りのソファーに座る少女二人と少年一人は、突然現れたウカイとキルに顔を向けた。
だがキルは部屋の中に居た三人には目もくれず無言で部屋の様子を見渡している。
「と言うわけで、じゃありませんよ!そう言うのは、ちゃんと前置きがあって初めて成り立つ台詞です。何ですか?その人は」
そう声を上げたのは、ソファーに座る少年。
毒々しい紫色の髪が特徴的な、マッシュルームヘアーの色白な小柄の少年だ。
少年のその真っ当な問い掛けに答えるのは、ウカイではなく少年の対面に座る薄緑の長髪を一つに結い上げた少女。
「今日から鵜のメンバーってことは新人でしょ。あんたいい加減慣れなさいよ」
少女は全ての髪を頭頂部付近で結んでサイドポニーテールのようにしており、右耳に付いた大きな円形のイアリングが特徴的だ。
彼女はウカイのこうした言動には慣れっこなのか、一々ウカイの言うことに突っかかった少年に舌打ちする。
「頭が悪いと細かいことが気にならないようで羨ましいなぁ。ったく」
「あぁ?何だとこのクソガキィ・・、誰が馬鹿だって?」
「あれ?聞こえてたんですかぁ?流石に耳が良いんですねぇリンネさんは。けど、僕はリンネさんの話しなんてして無かったんですけど・・、あれ?まさかとは思いますが、心当たりでもあるんですか?」
「テ・・テメェ。やんのかこらぁ!?そ・れ・と!あんたはさっきから何をやってんのよ!?」
リンネと呼ばれた少女は言い争いを中断すると、部屋の散策をしているキルを呼び止める。
キルは部屋にある全ての扉を開けるとその先に続く部屋を見て回り、この地下室の構造を理解しようと努めていた。
そしてリンネの呼び掛けにも答えず、それは続行中である。
言い争いをしていたリンネが無視されたのが嬉しかったのか、それを見ていたマッシュルームヘアーの少年が小さく笑ったことをキッカケに、リンネは額に青筋を浮かべて拳を握りしめた。
「おいガキ・・今笑ったよな?」
「笑っちゃ駄目な決まりでもあるんですか?僕はただ思い出し笑いしただけですけど」
「まっ、まぁまぁ、ドクくんもリンネちゃんも落ち着こうよ、ね、ね?」
只ならぬ雰囲気の中、二人の間でオロオロしていたゆるふわ系桃色ボブの少女が、二人を落ち着けるような丸みのある声で仲裁に入る。
いつもこうした流れがお決まりなのか、少女が仲裁に入ると、喧嘩していたドクとリンネは顔を背けて言い合いを止めてしまった。
それを確認したウカイは手を鳴らして注目を集めると、部屋の散策を粗方終えたキルを呼び戻す。
「さて、時間もあまり無いことだし、自己紹介は後で勝手にやってもらうとして、とりあえず話を進めようか。
キル、君にはまず鵜の事を簡単に知って貰おうと思う。
鵜はね、私が各地から集めた有能な者のみで構成される精鋭の部隊で、構成員の素性は多岐に渡る。
孤児や、ギャングの構成員、医者や科学者やWPOの軍人、塀の外で灰獣を食料にして生きている少数部族出身の者も居るし、もちろん死刑囚だってーー」
「そんな話に興味は無い。結局、お前は俺に何をさせたいんだ」
ウカイの話を遮るキルに視線が集中するも、それに絡んで来る者は居ない。
わざとらしく首を振って溜息を吐くウカイは、キルの問いに答えるために話題を変えた。
「そうか、では鵜の活動内容について話すとしようか。
ーーとは言え、やる事は単純明快。
当面のやることと言えば基本的には“戦闘”だ。
要人の暗殺やその護衛天能者の抹殺、犯罪集団の壊滅、灰獣殺しや、護衛任務もある。
その辺りは今詳しく説明する必要も無いだろうから、後でミィナ達に詳しく聞くといい」
「ミィナ?誰だそれは」
「あ、それ私です!よろしくお願いします、キルくん!」
手を挙げたのは、先程喧嘩の仲裁に入っていた桃色の髪のほんわかとした雰囲気の少女。
笑顔でキルに挨拶するが、キルは興味を失ったようにウカイとの会話を再度スタートさせた。
「それで?」
「鵜の構成員として守るべき掟が四つある。
一つ、鵜の存在を知られてはならない。
二つ、特例を除き鵜の者を殺してはならない。
三つ、与えられた任務は必ず完遂させろ。
四つ、生きている限り鵜。
つまり、抜けたければ死ねということだ。ここまでで何か質問はあるかな?」
「あるな。鵜の存在を知られてはならない理由は何となく分かるが、さっき護衛任務もあると言ったな。
鵜の名が出せない以上、そういった任務では別に名乗るための名が必要な筈だが、どこかで警備会社でも経営してるのか?
だとするなら、態々それとは別に鵜を作った目的は何だ?」
「ほう、中々に鋭いじゃないか。隠れ蓑になる組織は当然あるよ、複数ね。始めに言った通り、鵜には様々な素性の者が居る。
よって、様々な場所へ潜入することも可能な訳だ。
そういった組織の影に紛れ獲物を狩る。これが鵜の在り方だよ。
それとーー、目的を話す前に、他にも質問があるんじゃないかい?」
キルはその問い掛けに少し間を開けてから答える。
「掟を破ればどうなる?二つ目の掟の特例とはなんだ」
「ククク・・、掟を破った者は殺す。
二つ目の特例とは、鵜の者が掟を破り、尚且つ私の命令があった場合だ。基本的に掟を無視した者は私が殺すからこの特例は無いと思ってくれて良いがね」
それは即ち、ウカイが鵜の構成員達を殺せるだけの実力の持ち主だと言うこと。
キルは何か思うところがあったのか再び少し間を開けた後、鵜の目的について追求する。
「・・そうか。それで、鵜の目的は何だ?
お前は権力に興味が無いと言ったが天能者を集めている。一体、何がしたい?それに、構成員がお前に従う理由はなんだ?戦って勝てなくとも組織から逃げるくらいは出来るだろう」
実際キルにしてみても、物理的な拘束がある訳でもなく鵜から逃げようと思えばいつでも逃げられる。
各地から集めたという天能者が何の見返りもなしに黙ってウカイに従うなどあり得ないことだ。
「ほう・・以外だな。てっきり、“俺に勝てるつもりなのか”と食ってかかるかと思ってたんだが」
「三年前ならそうしてたかもしれないが、今はまだ無理だ。この程度の擬態で疲れているようではな。いいから早く答えろ」
「ククク、正直な奴だ。
鵜の者が私に従う理由か。そうだな・・皆、己の為に鵜として生きている、という所だ。
それと、何がしたいかだったな・・。まず、さっきの話に戻ろう。隠れ蓑になる組織の話だ。
基本的に鵜の構成員は普段様々な場所へ潜り込んで活動している。
その中でも、WPOの人間として活動している者は少なくない。
だから護衛任務や灰獣の駆除の任務もやらざるを得んわけだが・・。
では何故、私が鵜を発足したか。何故、WPOに鵜の者を潜り込ませているか。
鵜の目的は大きく分けて二つだ。
まず一つ目は、羽々峯博士の捕獲及び殺害」
「羽々峯?誰だそいつは」
キルが羽々峯博士の名を知らぬ素振りを見せた時、二人の会話を見守っていたドク、リンネ、ミィナの三名は顔を見合わせ、三人を代表するように呆れたような表情のリンネが声にする。
「このダブルズで生きてて羽々峯を知らないってあんた正気?この二年、一体何処で何をしてたらそうなんのよ。何処に行ってもその話題で持ち切りだったし、国営のレグ放送でもあれだけ大々的に放送されてるってのに」
レグとは無線電信にて声を飛ばす技術の事で、その構造はラジオとほぼ同じ。
ここダブルズではレグを使った放送が普及しており、特に貧しい家庭でなければ一家に一台はレグの受信機が置かれている。
とは言え、約半数がその特に貧しい家庭に当てはまるのだが、リンネの言う国営のレグ放送とは、街の至る場所に設置された大きなスピーカーから毎日流される放送のことであり、この音は生活していれば嫌でも耳に入るような物だ。
しかし大監獄に於いてそのような類の機器は囚人監視の為にしか用いられておらず、羽々峯博士についての放送を独房で聴くことはまずあり得無い。
大監獄を脱獄した後、ウカイの用意していたボロボロの工場の作業員のような服に着替えたキルは現在、囚人にも看守にも見えないため、リンネは国営レグの放送を知らないキルに呆れた様子を浮かべていた。
リンネの問い掛けにキルが黙る中、ウカイは二人の質問へ同時に答えるようにして沈黙を破る。
「知らないのは当然だ。博士はキルが独居生活を送っていた時期に、人工で天能者を作り出す技術を開発した天才科学者だからね」
それを聞いたリンネは何か言いたそうな表情を見せるが、ウカイの話の腰を折らぬよう気を使ったのか、口を紡んで手を頭の後ろに組みソファーの背凭れに寄りかかる。
一方のキルは羽々峯博士の成した所業を聞かされると目を見開き、博士の名を小さく呟いた。己の目的の完全に真逆を行くその技術、それを生み出したという人物の名を脳に刻み込むように・・。
「なるほどな、これで俺にも此処にいる理由が出来たわけか。羽々峯の居場所は分かっているのか?」
「居場所こそ掴めていないが大体の目星はついている。
これはキルなら知っているだろうが、大戦時代、ダブルズの前身となった五つの国の一つカントには、ある天能者の部隊があった。
当時のカントに居た上級将官によって組織されたその特殊部隊の名は骸。
骸は多くの戦場にて次々に死体を積み重ねて武功を挙げ、やがてその名は戦場にて広く知られるようになった。
だがそのあまりの残虐性のためか、終戦に近づくにつれて時代と逆行するような骸の存在はカント国内からも批判が集まるようになって行き、登場の機会を減らしたまま終戦。
終戦後、平和の名の下に骸の構成員は戦犯として全員が投獄された」
「骸か・・、懐かしい響きだな。それで?」
「君に話した通りだよ。骸を権力者達が放っておくはずがない。
十二人の骸の内七人が秘密裏に釈放されたが、彼等を開放した政治家の一人が死に、それをやった三人の骸は姿を眩ませた後、屍と呼ばれる組織を立ち上げ、残った四人の骸を勧誘。
結果的に勧誘を断った一人を除いた六人の骸が屍として再集結した。
そして最近になって漸く目に見えて活動し始め、気づいた時には構成員の数を飛躍的に増やしていたという訳だ。
勿論、全員が天能者で構成されている」
「それに協力しているのが羽々峯という男か。しかし、捕縛とは言っても骸が六人も居るとなれば話はそう簡単じゃ無い。何か対策はあるのか?」
「残念ながら、対策と言う程のものは無い。元骸の六人、現屍の幹部共が可能な限り少なくなったタイミングで博士を捕縛するくらいだろうが、博士は幾つもあるアジトを頻繁に居場所している。
屍と真正面からやり合えるとすればWPOくらいのものだろうが、いくら政府軍とは言え、各地で頻発する問題を抱えたまま今の屍を壊滅に追い込む事は現実的じゃないだろうからな。
何れにせよ今のキルでは屍の幹部一人にも勝てやしないし、別に勝つ必要もない。我々の目的は屍を壊滅させることではなく、他にある。
まずは体を元に戻すことに集中すればいい」
「・・そうか。それで、二つ目の目的とは一体なんだ?」
「ククク・・・、もう一つの目的、其れこそが鵜の掲げる真の目的であり、唯一の存在理由。
博士の捕縛など、その為の布石でしか無い。
いいか、我ら鵜の真の目的はーーーー。
ダブルズを崩壊させることだ」