序章 出会い
暖かく見守って頂けると幸いです。
一、天能者
七百年程前、科学技術の発展と共に人類の寿命は数倍に延び、その数は爆発的に増加した。
そしてある時、そんな人類へ巨大隕石衝突という未曾有の大災害が降りかかる。
多くの地域で生物は死に絶え、一時期、人類の人口は数万人に迄減ったという。
舞い上がる粉塵により十数年にも及ぶ氷河期が訪れ漸く日差しが地上に届き始めた頃、様々な生物に突然変異が多く見られるようになった。
動物は様々に形を変え凶暴化し、人類の一部には超自然的な力を行使する者達が突如現れ始めたのだ。
様々な特殊能力をその身に宿す者達はいつしか天能者と呼ばれるようになり、その驚異的な力は忌み嫌われ迫害された時代もあったようだが、一部の天能者からは新たな天能者の子が生まれ、その子供が大人になりまた新たな天能者を生み出す。
そうして次第に数を増やした天能者達は長い年月を掛け世界へと広がり、凶暴化する動物達、通称灰獣から人々を守る救世主として崇められる存在となっていったとされている。
だが、各地では回復する人口と共に自然発生的に現れ始めた、絶大なる権力を持つ者達による地下資源の奪い合いが勃発。
天能者の力を使った利権争いは戦争へと発展。
燻っていた戦いの火種は瞬く間に世界に広がり、長きに渡る世界大戦が幕を開けた。
戦いは貧富の差を拡大させ、数々の都市が荒廃し、それによって権力者達による争いは更に激化。
終わりの見えない長きに渡る戦争は、世界を貧困に苦しむ人々で溢れかえらせ、人口は再び大幅に減少。
人類は遂に天能者を使った戦争を終結させることとなる。
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そして現在。三百年戦争と呼ばれる大戦の爪痕は未だに世界各地に残っており、貧困に喘ぐ者達は溢れ、凶悪犯罪や灰獣による被害はあとを絶たない。
それは現在、世界有数の天能者保有国の一つと言われる国、“ダブルズ”でも同じだった。
ダブルズは過去の過ちを繰り返さぬよう、保有する天能者達によって組織された軍隊“WPO”の力を国の復興の為に使い、街を彷徨く危険生物や犯罪者達の鎮圧作戦を本格的に開始。
天能者達の力は漸く国の復興、延いては民衆の為に使われるようになったーーーー。
だがやはり、天能者達によって組織されたいくつもの犯罪集団同士の抗争やクーデターは未だに止むことは無い。
終戦から十年を迎えるこの年、ダブルズ本土の沖合いの島に造られた天能者を収容するための大監獄、“カトラズ”は、刑の執行を待つ囚人で溢れ帰っていた。
その中の一人として独房で過ごす青年、宍戸 斬。
数々の凶悪犯が蠢く現代において“災悪の殺人鬼”とまで呼ばれ恐れられる斬は三年ほど前から、ただ此処で死刑の執行を待つ身となっている。
ある日、そんな斬の元へ遂に看守が訪れる。
「出ろ」
独房の前には二人の男が並び、小柄で年長者の男が斬に対して静かにそう告げる。
大監獄に入った囚人は全員が天能者であることから、彼らを拘束する為に造られた首輪を装着されおり、能力の発動が出来ないようになっている。
斬も同じく能力を封じられ、そして三年もの時間が経過しており、そのような状態では天能者で構成される大監獄の看守二人を前に出来ることは、斬を以ってしても死を悟ることだけ。
そんな斬が何も言わず立ち上がると、看守は檻の外から斬の両腕を背後で縛ってから独房の扉を開ける。
看守達の顔は緊張からか引き攣っている様にも見えるが、こうなってしまえば死刑囚は執行室に連れて行かれ、刑の執行ーー、つまり己の死を待つより他に無い。
看守は緊張を振り払うためか静かに長く息を吐いた後、斬を独房から連れ出した。
静かな石の通路に響く三人の足音は一分ほどするとある部屋の前で止まり、先頭の小柄な看守は鉄製の扉を二度ノックすると、扉を押し開ける。
蝶番の草臥れたような音は静かな空間に鳴り響き、それが鳴り止むと同時に看守は中で待つ人物に向けて声を発した。
「失礼致します。宍戸斬を連れて参りました」
同時に二名の看守とそれに引かれる斬が部屋へ入る。
すると、そこで待っていたのは黒い仮面をつけた細身の男。
折りたたみ式の簡素な椅子に腰掛け、目の前のテーブルにはいくつかの書類が置かれている。
男は看守に目もくれず仮面の中からジッと斬を見つめると、数秒ほどで口を開いた。
「ご苦労。掛けたまえ」
斬はこの言葉が自分に掛けられているものなのか分からず看守の様子を伺うが、彼等に動きがない事を確認すると、黒仮面の男の対面に用意されていた椅子に腰を掛け、男を見据える。
「まあそう警戒するな。私は君に話があって此処へ来ただけだ」
黒仮面の男は斬の警戒を解くためか軽い口調でそう言ってみせるが、斬の表情に変化が現れず返答もない事を確認すると、ワザとらしく溜息を吐いて首を横に振り、話を進める。
「宍戸 斬。“災悪の殺人鬼”・・・、噂はよく聞いてたが、随分と小柄なんだな」
斬の身長は百七十〜七十五センチ、身体は三年のブランクのせいか痩せているものの、食糧難に喘ぐ者が多数いる現代において、身長体重のどちらを取っても小柄と表現するには、斬の身体の大きさは余りにも平均的な体型と言えるだろう。
黒仮面の男が高身長のせいか、勝手に想像を膨らませていたのか、何にせよ彼の発言は的外れと言わざるを得ない。
斬は死刑の執行というものはもっと迅速に行われるものと想像しており、命を奪うという性質上、儀式的な行為を行う可能性こそあれど、先程から黒仮面の男が発しているような言葉を投げかけられるとは想像して居らず、それを不可解に思いこの日初めて口を開いた。
「何の用だ」
その表情にはやはり変化は見られないが、斬からの返答を得た黒仮面の男は小さく笑った。
「フッ。何の用だとは随分な言い草じゃないか。私は君の救世主になるかも知れない男だと言うのに」
「救世主?どういう意味だ」
「この状況で救世主と言えば意味は一つしか無いだろう。無駄な質問をして私を失望させるなよ?宍戸 斬」
黒仮面の男は一瞬、怒気を含んだような口調で斬を見るが、それでも斬の表情に変化は無く平然と言葉を返す。
「お前のような怪しい男に救世主と言われてそれを馬鹿正直に信じる奴が居ると思うのか?
無駄な会話はいいからさっさと要件を言え。俺に何の用だ」
この状況で救世主と言えば、死刑の執行から逃がしてくれる存在。
誰もがそう思うだろう。
そんな存在が現れ、そして怒気を含んで話していると言うのに、斬は焦る様子も無く淡々と話す。
それを見守っていた小柄な方の看守の顔は見る見る曇って行き、額には脂汗が浮かんでいる。
だが斬のそんな様子を前にした黒仮面の男は、突然高笑いを始めた。
「ククク・・・、ハーッハッハー!!クックック・・・そうか、これは一本取られたな。
今までそんな返答を貰った経験が無かったものでね。
気がつかなかったが確かにその通りだ、悪かったよ。
ククク・・・。
ではーーー、まず自己紹介から始めよう。
私の名はウカイだ。
そして、今日ここへ来たのは君を勧誘するためだよ。私の作った組織にね」
自己紹介と言いつつ顔を見せることも無く、恐らく偽名を名乗った黒仮面の男は、早々に話を切り出した。
顔を見せられるなら初めから仮面を着けて現れたりはしないだろうし、考えてみれば顔を見たからと言ってウカイと名乗る男が信用出来る存在なのか判断出来る筈もなく、その正体について詳しい話を聞こうとしても、やはり男が態々仮面を着けて現れている以上は自分から正体を明かす筈がない。
仮に何かを喋ったとしてもその全てが虚偽の情報である可能性が限りなく高く、本当だったとしてもそれを確かめる術を斬は持たない。
斬は男の正体について詮索する事を止め、話を進める事にした。
「俺を勧誘・・・?別にお前の正体を詮索する気はないが、此処に居る以上お前はそれを出来るだけの権力を持ってるんだろう。
お前、頭は大丈夫なのか?」
死刑囚を逃がしたなどという事が公になれば、お前は失墜することになる。斬はそんな意味を込めてウカイを見る。
実際、斬を勧誘すると聞いた若い方の看守は顔色を見る見る内に変え、ウカイと名乗る黒仮面の男と、上司に当たる小柄な看守の顔を交互に見て、状況を把握しようとしている。
死刑囚を勧誘などという、絶対に許されてはならぬ事が目の前で起ころうとしているのだから当然の反応だろう。
「ククク・・随分な言われようだな。しかし、天能者の溢れる現代社会において、より優秀な天能者を手駒にすることは、権力を握る上で最も重要なことなのだよ。
今はどの国も大戦により疲弊した自国の復興に力を入れている。
そう、戦いは終わり平和が訪れたのだ。すると、国の権力者達はどうしたと思う?答えは簡単だ。
他国相手に行っていた争いを、今度は国内で始めたんだよ。
もちろんダブルズ政府全体の意向としては、国の復興は急務だ。終戦したとは言え、争いはまたいつ始まるとも限らないからな。
だが、やはり個人になると話は大きく変わる。
勢力図が出来上がる前にどれだけ権力を握っておけるか、それが今後の人生を決める上で最も重要な要因なのだよ。
巨大勢力が出来上がってからでは割り込む余地は無いに等しい。
そのため終戦以降、国の復興を進める影で権力闘争は激化。
力尽くで捩じ伏せる為、相手を陥れる為、または自分の身を守る為、彼等はどれだけ汚い手でも使う」
「汚い手・・死刑囚の勧誘もその一つだと?
それにお前は権力者達のことを彼等はーーと表現が、自分は他の奴らと違うつもりなのか?」
「一つ目の質問の答えはイエスだ。裏では死刑囚の勧誘など珍しくも何とも無い。
ある程度の意思疎通が成り立ち、力さえあれば死刑囚だろうが、赤子だろうが、仮に人間でなかろうが、何だっていいんだよ。
最も、終戦十年目にして勢力図が出来上がりつつある今、そうした勧誘をされる者は一部の特別な者だけだろうがね。
ここ一年、死刑囚の中で釈放されたのは私の知る限り二人だけだ。
盲信的な信者数万人に絶大な影響力を持つとされる宗教染みたギャング団の元リーダー、そしてかつて赴いた戦場のほぼ全てで“最強”の名を欲しいがままにした伝説の天能者。
そして三人目になるのが、その最強の天能者に唯一の例外を作った“災悪”。
君だ。
それと、私と他がどう違うかーーだったか。そうだな、少なくとも私は権力には興味が無い、とだけ言っておこうか。
悪いが私も暇では無いのでね、話はもう終わりだ。
では宍戸 斬。
死刑囚として此処で死ぬか、私の為にその命を使うか、今ここで決めろ」
ウカイはそう締めくくると、これまでに無い真剣みを帯びた目で斬を見つめる。
ウカイの行動理念や組織の活動内容など、まだ何も分からぬままだが、斬は即決した。
「いいだろう。だが条件がある」
「ほう、何かな?」
「俺の目的は全ての天能者をこの世から消すことだ。それを邪魔するならお前も殺すし、お前が天能者ならどっちにしても最後はお前や、お前の部下も消すことになる。
それでいいなら部下になってやる」
「ククククク・・・・、ハーッハッハッハ!!私を殺すかーー、アハハハ!それはいいっ!!
では決定だ。お前はたった今、私の部下となった。
これからは私の組織した“鵜”の構成員として、斬ではなく斬と名乗れ。
その名の通り、殺して殺して、殺し尽くすがいい!ククククク・・・、アハハハハハハ!!」
ウカイは眼を血走らせ高笑いを浮かべた後、小柄な看守にキルの首輪を外すよう命じる。
看守は言われるがまま胸のポケットに忍ばせていた鍵を二本取り出し二つある鍵穴にそれを差し込むと、突き刺した二つの鍵を同時に逆方向へと回転させる。
すると斬の首に着いていた金属製の首輪は外れ落ち、それが石の床に落ちて鈍い金属音が響くと同時、部屋に怒号が響き渡った。
「・・・一体どういうつもりだ!!?死刑囚を釈放するなんて許される訳が無いだろう!!お前はーーー、今日限り看守長では無い!!」
そう叫ぶのは二人の看守の内、若い方の看守。
目の前で行われていた会話が許されることでは無いと理解しながらも、看守長が話に割って入る様子が無かった為、何か事情があるのか、又はタチの悪い冗談の類いなのかと拳を握り締め状況を見守っていた。
だが、実際に目の前で看守長が斬の首輪を外すという愚行に出るのを確認した今、上官がこれまでもこの件を知りつつ黙認して来たことに疑いようは無い。
若い看守は、今すぐに上官を殴り飛ばしたい気持ちに駆られるが、それを押し殺して首輪から解放された斬に飛び掛った。
この看守も宍戸 斬の存在は知っており、噂は幾度となく耳にした事がある。
その本人を野放しにする事がどれほど危険なことか。
看守の青年は、何より先に斬の対処に当たることを選択したのだ。
“災悪”が三年の独房生活で衰えていることを心の中で願いつつーー。
「キル、お前の代わりに死体が一つ必要だ」
ウカイにそう告げられた斬は、若い看守の体型が自分に近いことを確認すると、身代わりにする予定で連れて来たのだと悟り頷く。
若い看守はそれを聞いて歯を食いしばると、斬の首筋へ向けて剣を振り下ろした。
斬は背後へ飛んでそれを躱し、剣は床に当たって火花と高音を撒き散らす。
看守のその様子を見ていた斬は不思議そうに口を開いた。
「こいつ、天能者じゃないのか?」
若い看守は斬を独房から連れ出す際、かなり緊張した面持ちだった。
そのことから斬は、看守が自分を知っており警戒しているのだろうと判断していたのだが、天能者であるはずの大監獄の看守が、剣を振りかざして自分へ攻撃を仕掛けて来た事が不思議でならなかったのだ。
警戒している相手と向き合った時に手の内を隠すのは当然だが、ただ剣を振るうという、相手と不用意に距離を詰めるような方法を取るくらいであれば、一撃目で能力を使った攻撃を本気で仕掛けてくるのが普通だろうと思った。
斬の問いを受けたウカイが看守長へ目をやると、彼が斬の問いに答える。
「天能者だが、そいつは遠距離系で発動には溜めが必要なんだ。お前、まさか天能者以外は殺さねぇ主義なのか?」
災悪の殺人鬼とまで呼ばれている斬からの意外な質問に看守長が質問を返すと、斬は若い看守に向けて足を踏み出しつつ、“天能者以外は殺さないのか”という質問に返答する。
「目の前にいるだけの奴をわざわざ殺しはしないな。天能者は可能なら殺す」
若い看守は上官の更なる裏切り行為に歯を軋ませて剣を構え、斬はただ看守に向かってゆっくりと歩く。
「なっ・・・、く、来るな!!止まれ!!」
たが斬が歩みを止めることは無く、看守の身体は恐怖によってか大きく震え始めた。
「うおぉぉおおおおおおお!!!」
恐れを振り払うように叫び剣を振り上げる看守は、目の前で立ち止まった斬に向け剣を振り下ろすも、どういう訳か斬は避ける素振りを見せず、振り下ろされた剣はその首に命中。
だが、剣は高い音を立て斬の首で止まってしまったのだ。
困惑した表情の看守は何度も剣を振り上げて叩きつけるが、何度繰り返そうとも結果は変わらない。
やがて止まった剣を斬はそっと右手で掴むと、逆の手を看守の頭にそっと添えて告げる。
「恨むなら俺を恨め」
そんな当然の様な台詞の直後、看守の頭部は弾け飛び、背後の壁には大量の飛沫が付着した。
頑張って投稿して行きますので、今後ともよろしくお願いします。