いつもの帰り道?
よろしくお願いします。
チリン…。
石畳の床に金色のコインが落ちた。
「メンドクセーな……」
オレは文句を言いつつコインを拾ってリュックサックに投げ込んだ。
自転車通勤で使っていたリュックサックに、まさかモンスターからドロップしたコインを放り込む日が来るとは夢にも思わなかった。
そう、さっきまでは。
金曜日の仕事が終わり、いつもの様に母親に心配されたので始めたダイエット+交通費削減の為の自転車で自宅方面へ向かう。
途中でちょっと寄り道して、30代後半の独身男性ことオレが、予定の無い今週末にやるゲームを買いに店に寄る。こうして見事交通費はゲーム代へと錬金された。……うちの事業仕分けは杜撰だ。
買ったばかりの新作のクモ男のゲームと安い中古ソフトをカバンに詰め込んで、一路自宅へ。
ここで、さよなら日常。
南北に流れる一級河川と並行に走る市道を南へ。途中で東西に走る国道を通過したときに気付いた……。
「ここドコだ?」
いつの間にか霧が出ていて、いつもの通勤経路だったハズなのに、一切見覚えが無い……。正確には道自体は知った道(小さな脇道とかが丸っと同じ)なんだが、建物が……ちょっとレトロと言うかなんというか……。
「廃墟?」
あ〜オレの良い部分である「正直者」が出ちゃったな〜。住んでる人が聞いたら気を悪くしちゃうよ?まあ人なんて住んで無さそうな完璧な廃墟なんで、聞いてる人はまず居ない……ハズ。もし聞いてるヤツが居たら多分オバケちゃんぐらいなもんだろ?
どうするかな?てか考えるのがメンドクなってきたな……。
「よし。道は知ってる道と同じだから、家まで走ってみよう」
オレの長所の「楽天家」が出ちゃったな〜。まあ、とりあえずチャリを走らせる。
周りの様子を見ながら走る。道の作りはいつも走ってる道とほぼ同じ。
でも建物は廃墟。しかもよく見たらこの廃墟、全部レンガとか石とか木で出来てね?いくらオレの住んでる街がクソ田舎でも、住宅メーカーぐらいはある。一般家庭もそうだしマンションやビルだって石や木で作ったりはして無いはず。
しかしこんな不思議な状況だけど、クソ田舎なもんでいつもの通り人とは全くすれ違わない。
今はもう潰れたコンビニ付近を通過。
次のコンビニはこの先を左折、から一級河川:旭川に架かる岡南大橋を渡った先にある……ハズ。
「廃墟になってなかったらな」
そんなことを思いながら左折して橋が視界に入った瞬間フルブレーキング!!
「なんだアレ?」
十数年前までは歩行者以外は有料だったその橋。
学生時代から通学・通勤で通ってきた橋が……。
「なんじゃこりゃ……!?」
今は高さも幅も20mはあろうかという大きな洞窟の入口に変わっていた。
「家に帰るにはここを通らないと……」
ここを通らないとなると、南をかなり迂回して児島湾の締切堤防と、もう一つ別の橋を渡る必要が出てくる。
さらにもう一つ別のルートだと、さっき通った国道まで戻って、国道に架かる橋を渡るってのもあるが……。
「迂回も来た道引き返すのもメンドーだな。よし、とりあえずここ入ってみよう」
あ〜オレの良いトコロ「即断即決」が出ちゃったな〜。
ま、入ってみよか。
洞窟の入口に自転車を進ませる。正直チャリが無いと明かりが心許ない。
道はあるかないか位の下り坂。オレは漕ぐわけでもなく勾配に任せて進みつつ、周りを観察する。
壁は人の手が入ってるのかな?って感じの岩。
床は石畳なんだけど、継ぎ目がどこにあるのか分からない。なんだったらアスファルト舗装の道クラスに走りやすい。
「こんなデカい施設作る間には、この技術でしっかり道整備してくれよ……」
このクソ田舎の市だか県だかに物申したい。実際にはメンドーなんで市政に意見したりしないけどな。
しばらく進んで思ったこと。
「ここって河の下だよな?」
距離から考えたらバッチリ河の下になる辺りだ。
「大丈夫か?上が崩落して水が流れ込んで来るなんてことは……?」
そんなことを考えていると、前方に明かりが見えてきた。
明かりはこの洞窟の左右に列を成す様にずっと奥まで続いている様だ。
距離が近くなってくると人の話し声も聞こえてくる。人の気配を感じられてちょっと安心したオレは自転車から降りて、チャリを押しながら明かりのあるエリアに近付いて行く。
かなり近付いて分かったのは、洞窟の通路の左右に並ぶ明かりの1つ1つが出店みたいな物だってことだ。
要は大晦日の境内の屋台や、夜のバザールみたいな感じだ。
「祭りでもやってんのか?」
今のシーズンは旭川の花火大会もうらじゃもやってない。
じゃあなんなんだ?
「おいッ!兄ちゃん!?」
「ん?オレ?」
一番手前にあった屋台のオッサンが声をかけてきた。
「そうだよ。あんたこんな時間まで外に居たのか!?」
「あ…ああ。今ここに来たところだ」
「へ〜。あんた変な格好してるが、腕利きなんだな?」
「腕利き…?」
「こんな時間までフィールドに出てたんだろ?この時間だとフィールドには出るだろ?」
「…なにが?」
「なにが?って、決まってるだろ?温羅だよ温羅」
「温羅……って、鬼のことか?」
「ほかにどの温羅があんだ?」
う〜ん…。このオッサンの言うことを信じるなら、どうやら外には温羅、岡山弁で言うところの鬼が出るらしい。
ちなみにうらじゃってのは岡山で夏にやってる祭りだ。参加者が鬼に扮して踊り歩く祭りだ。
「温羅が出るのか……」
「なんだ?あんた知らずにうろついてたのか?だったら腕利きじゃなくて豪運だな」
「かもな」
お、そうだ。このオッサンにここがなんだか聞いてみるか。
「あのさ、ここって……」
「ここ?ここは岡南D前のバザールだ。それも知らなかったのか?」
「ああ……たまたま辿り着いたんだ」
「……あんた、やっぱり豪運だな」
そうか……ここが岡南なのは分かった。てか知ってる。
しかしDか……。岡南にDがあるなんて聞いたことないな………まあ、岡南以外でも聞いたこと無いけど。
「まあ、良いじゃねえか?生きてたどり着いたんだし」
「そうな」
「てことでウチの武器見てってくれよ」
「なにが、てことか分からんが……ん?」
今までオッサンと話してて気付かなかったけど、このオッサンの店……絵に描いたみたいな武器屋だ。
「オッサン……この武器って」
「おお、モチロンここのD産の武器だ」
いや、そんなことを聞きたい訳じゃ無いが……てか、なにを聞きたいんだオレは?
このオッサンの言ってることはどれも新情報過ぎる?しばらく話してみるか……。
「良い武器だな」
「おっ!分かるか!?」
実際武器の良し悪しは分からんが、この店の陳列は男なら心トキメク。
「ああ、どれを見てもテンションが上がるわ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ〜」
オレのテンションも上がるし、オッサンのテンションも上がる。
ふと、店に並ぶ武器の下に付けられた値札に目が行く。
「500……岡山円?」
「そうだ。安いだろ?」
「あ、ああ……そうだな」
なんだよ岡山円って!?えっ、ナニ!?普通の円って使えるの?
試しに聞いてみるか……。オレはポケットに入っていた1円玉をオッサンに見せる。
「コレは使えないのか?」
「ん……!?兄ちゃんコレは旧貨幣じゃねえか!?すげえモン持ってんな!!」
「旧貨幣……どれぐらいの価値なんだ?」
「え〜と、岡南Dだと、大体1円が10,000岡山円だ」
場所によってレートが違うのか。
「他所の相場は分かるか?」
「近場ならな。確か西大寺Dで1円が12,000岡山円で、その反対の岡山駅前Dが11,500岡山円。あと早島Dだと9,500岡山円だったはずだ。」
場所によってすげえ差があるな。てか、旧貨幣価値高過ぎじゃね?それよか個々以外にもダンジョンがあるんだな?
しかし、ここのレート的にはそんなに高くは無いが…オッサンと出会ったのもなんかの縁だし、なにか買うかな。
だが、オレに出せるのはここで言う旧貨幣のみ。……となると。
「オッサンこの店で一番高いのってどれ?」
「おう、そこの槍だな。なんだか分からんが魔法が掛かってるっぽいんだが詳しく鑑定出来る奴がいなくてな……。まあ、今まで何人かが試しに振ってみたりしてたから呪われてはいないはずだ。」
「客を実験台にすんなよ!?」
槍か。この槍、柄の部分は中が空洞な鉄パイプみたいな感じだ。
ん?この中の空洞、ネジみたいなスリットが入ってるぞ?
「ああ、それもなんだか分からないんだ」
「分からんものを最高で売るなよ!」
「分からないからこそ最高で売るんだよ。夢があるだろ?」
「分からなくはないな………」
まあとりあえず現状置かれてる立場が分からんから、郷に入りては郷に従えってことで買ってみるかな。
最悪、家に辿り着いた時に邪魔になったら(物理的にも法的にも)、刃を潰して物干し竿にしよう!
あ〜、オレの良いトコロ「臨機応変」が出ちゃったな〜。
「じゃあこれ頂戴」
「え?良いのか?なんだか分からない槍だぞ?」
「分からないから良いんだろ?」
オッサンにニヤリと笑いかける。
オッサンがニヤリと返してくる。
「よし…商談成立だ。が、その槍5,500岡山円なんだが、4,500の釣りを出すと大変なんだよ。……他にもなんか買ってってくれよ?」
「商売上手だなオッサン」
オレは目を付けていたナタっぽいヤツ(コレには切れ味保護の魔法が掛かっているらしい)を合わせて買った。ナタなら最悪言い訳効くんじゃないかな〜?って淡い期待だ。
さて、現状は岡山にDがあるっていう、割と夢とゲームと現実の狭間みたいなところにいるっぽい。
帰り道でおかしな場所に迷い込んだつもりだったけど、実は家に帰って中古で買ったRPGをやってる途中に見てる夢なのか……。
とりあえず言えることは……武器の次は防具だな。






