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執行官:霧前天鳥  作者: 架音
二章
9/11

8話 贄

ちょっと難産につき一日遅れました。

しかしタグにアクションつけてるのに全然戦わない不具合

「ああそうだ、元河君はちょっと残ってくれないかい?それと霧前君は――」

「一度戻って色々用意してくるかの。現場への移動を考えてもまだ時間はあるし、得物はどうとでもなるとはいえ、この格好で犬の群れの相手をするのは御免被りたいわ」


 少女は普段通りに身に纏っていたセーラー服、その胸元を彩る赤いリボンを指で摘まむと何が楽しいのか明るい声でそう答える。


「それで、現場にはいつ頃向かえばいいのじゃ?」

「現状で現場になる可能性が一番高い場所は県境越えるからねぇ。ま、午後の三時頃にここ出ればいいんじゃないかな?」

「ふむ……なら少し時間があるの」


 支局長室の壁に掛けられている時計は、支局長の言った時間までまだ後四時間ほどの間があることを示している。


「ま、二時くらいにはこちらに戻ろう。話はその間に済ませておいてくれんかの?」

「りょーかい。それじゃね」


 少女が支局長室を出て行くのを見送った酒船は、改めて青年に視線を向けた。


「それじゃそっちに移ってくれるかい?まぁ、そんなに長い話にはならんけど立たせっぱなしというのも何だしね」


 支局長はそう言って来客用のソファーを青年に勧め、青年は少しばかり躊躇ってから、言われるままにソファーに腰を下ろす。


「まずはお礼から言っておこうか。いや、さすが本庁勤務だっただけはあるね。例年ならまだ提出期限とチキンレースしながら書類の処理してるんだけど、今年は大分余裕を持って新年度を迎えられそうだ」

「いえ、これくらいでしたら別に……」

「いや、本当に助かったよ。御倉さんがご実家の不幸で戦線離脱したんで、正直今年は本庁の方に頭下げにいかなくちゃいけないかと覚悟してたんだ」

「お役に立てたのなら何よりです」

「でまぁ、それと連動する話ではあるんだが……書類仕事にかまけさせたまま、きちんとした業務指導をしなかったことを謝らせてもらう。申し分けなかった」


 酒船はそう言うと青年に向かって深々と頭を下げ、それを見た青年が呆気にとられている間に再び頭を上げた。


「本来ならば今日みたいな話が出る前に、もう少し血腥い話をしておくべきだったんだろうけどね……元河君、さっきの話……恐ろしいと思っただろう?」


 酒船の言葉に、青年はしばし間を置いてから首を縦に振る。


「それは当然の話だ。僕達は官僚だ。ただの文官だ。警察や消防なんかと違って、そういうこともあると、そういった現場を見ることもあると、そんな覚悟を持って職に就いたわけじゃない」

「はい……」

「だが……残念なことにここはそういったことを扱う職場だ。確かにここの守秘事項に関する取り扱いは総務省においても特に厳しいものだ。仕事が仕事だけに、具体的な業務内容を外部に漏らすことは徹底的に防がせてもらっている」


 酒船はそう言うと、どこか自嘲するような調子でそう呟く。


「ま、そんなわけでここに転任してくる職員にも、事前に業務内容に関する情報は渡さないようになっている。君も辞令を受け取ってからそれなりに情報は集めたんだろうけど、具体的な業務内容だけは判明しなかっただろう?」

「そうですね……その通りです」

「だからこそあの初日での現場体験以降、君に対してきちんとした教育の場を設けなかった不手際を、改めて謝罪させてもらうよ」


 もっともそうは言っても、一番血腥い場面に対処するのはあくまであの子のような執行官達なんだけどね。僕達がするのはあくまで監視業務だけなんだから、大変って言ってもね……


 なんとも表現しづらい感情を込めた口調でそう呟いた酒船は、ソファーに背中を預けて小さく溜息をつくと、気を取り直すかのように口を開いた。


「……ところで君は、あの子のことをどう思う?」

「あの子……霧前三級執行官のことですか?」

「あんまり堅苦しくする必要はないよ。どう取り繕ったってうちは少数精鋭にならざるを得ない。線引きは必要だがあまり他人行儀過ぎるのもよくない。あの子も名前で呼ぶように言っていただろう?」

「いえ……ですが……」

「あの子はあれで気を遣ってる……とは思う、多分。猫を被るのが面倒くさいってのが大部分かもしれない可能性は否定できないが……それでもあの口調で話す相手は彼女自身が厳密に区別してるし、そうじゃない相手にはあの態度と口調を尻尾の先も見せないんだ。だからというわけじゃないが、なんとか折り合いをつけてくれると僕個人としても嬉しいんだけどね」

「努力は、します」

「ま、その辺は追々よろしく頼むよ。で、だ。話は変わるんだけど元河君」


 酒船はそう言うと姿勢を正し、青年の瞳を覗き込む。


「何でしょう」

「ぶっちゃけたところ君、あの子のことをどう思ってる?」


 その支局長の言葉に青年は目を見張り、しばらく何かを考えるかのように視線を外し、そして再び逸らした視線を支局長へと向けた。



     ◇         ◇         ◇         ◇



 少女が生活している霧前家の屋敷と、特殊災害対策委員会北関東支局のビルとの距離は、実のところさほど離れていない。


 支局のビルが朽羽神社が構える鎮守の森のハズレの一角に建てられているということもあり、直線距離では二〇〇メートル程度でしかない。もっともその間に横たわるのは、ある程度の手こそ入れられているが基本的には立ち入り禁止の鎮守の森である。一般人であるならおよそ一キロ近い距離を遠回りしなければならないだろう。


 無論ある意味体術を極めていると言っていい少女にとってはその森も、通い慣れた道でしかなく、普段から頻繁に利用していることもいうまでもない。


 が、ともあれ今日のところはさして急ぐ理由はない。


 少女は普通に大回りで屋敷へと帰ると、自室として使用している八畳間に戻り、制服をハンガーに掛け、ジーンズと白のボタンダウンシャツという些かラフな服に着替えると、やや大きめに作られている丸窓の障子を開け放ち、その前に置かれている文机の前に腰を下ろした。


「……間が悪いのぅ」


 丸窓の先に広がる裏庭の景色を暫く眺めていた少女は、珍しくやや疲れたような口調で呟きを漏らした。


 本来なら少女自身、もう少し早めに色々とこの仕事に関する話をするつもりではあったのだが、いかんせん青年が事務作業にかかりっきりであったため、まずいと思いつつも延び延びになっていたのだ。


 それでも本来ならばもう少しなんとか時間がひねり出せたはずなのだが、間の悪いことに……というのは些か言葉が悪いが御倉の実家で不幸があり、御倉が実家がある関西に帰ってしまったことで、そのひねり出せたはずの時間を食い潰してしまった。


「まぁ、人様の家の不幸をどうこう言うわけにはいかんしの」


 結果、いわゆる年度末進行が一段落するまで青年に業務内容に関する教育時間がとれなかったのだ。

 

 その上で今朝のあのニュースである。


 酒船のことだから早々に調べをつけてくるだろうとは思っていたが、想定よりも大分早い。早くても明日の昼頃になるだろうと少女は予想していたのだが、まさか既にあらかた概要を把握してきているとは思ってもいなかった。


「あれは間違いなく前々から目星をつけていたんじゃろぅなぁ」


 前世からの積み重ねもあり、確かにそれなりに剣の腕は立つという自負はあるが、逆に言えば少女の取り柄といえばそれくらいしかない。

 前世があろうがなかろうが、霧前天鳥は一四歳の中学生でしかないのだ。同じ執務官や、応援に行ったことのある分局の職員と多少のつながりがあるくらいで、酒船のようにあちこちに伝手を伸ばしているわけではないのだ。


 そういった点における自分の実力の無さを少女はよく理解していたし、酒船の交友の広さ、あちこちにつけている貸しの多さ、握っているだろう弱みの数には心底から感心してもいるのだ。


 所詮一介の剣士でしかない少女個人の力がいくら強かろうが、目的となる相手を特定できなければその剣を振り下ろすこともできない役立たずであることは間違いない。そのあたりを、少なくとも傍目には易々とこなすあの男の才覚を少女は高く評価していたし密かに賞賛もしている。


 面と向かってあの男に言うことだけは絶対にないが。


 ともあれ、再び教育の場を奪われたままあの青年は現場に送り込まれることになるのが確定してしまったのだから、不幸な話である。


「……まぁなんとかなるじゃろ」


 暫く頬杖をつきながら裏庭を眺めていた少女はそう言うと立ち上がった。正直な話、今更何かをする時間があるわけでもないし、少女がどうこう言って収まる話でもない。


「それにあれが自分で見つけてきた奴じゃ。見込み違いと言うこともないだろうよ」


 支局長の酒船は確かに性格が悪い。しかし有能であることは間違いない。今日の野犬に関する一連の話と手の回し方を聞いただけでもそれは分かる。そしてその人を見る目の良さも同じくらいしっかりしていることを少女は知っている。


 青年に伝えてはいないようだが、元河真人はその酒船がわざわざ手を回してここに引っ張ってきた人間だ。


 ある程度の肝が据わっていることは、笹座作も御倉も保証をしていたし、それはあの初日の”鬼”を送り還した後に、少なくとも腰を抜かしていなかったことでも分かる。


 ならばこのまま脱落するということはない……はずである。


「とりあえず昼にするか……あとはまぁ、なにか作っていってやるか」


 自分が出向くのだから野犬どもが……少なくとも何らかの怪異の影響下に置かれている野犬ならば、現場近くまでいけば向こうから食い付いてくることだけは間違いない。

 間違いないが、どれくらいの時間で遭遇できるかまでは、さすがに分からない。


 少女は昼食と、夜食になるだろう弁当をどうするか考えながら台所へと足を向けた。



      ◇         ◇         ◇         ◇



 酒船の目を見据えた青年は、一度小さく息を吐くと改めて口を開いた。


「正直驚かされてばかりですね……あの日見せてもらった鬼、ですか。あれと刀一本で立ち回るなんて……正直理解が追いつきませんでした」

「だろうね……あの子はちょっとした天才だ。どれくらい強いのか、運動音痴の僕には分からんけど、この業界に限っていうなら間違いなく三本の指には入るんじゃないかな。それだけの実績を積んできてるしね」

「あの子並みが少なくともあと二人はいるんですか……ただまぁその割には普通の中学生……まぁかなり突飛な性格みたいですが、普通の中学生らしいところも結構ある」


 青年の言葉に、坂船は興味深そうな表情を浮かべると、その言葉を肯定するように頷いた。


「あの口調のせいでいまいち距離感を図りかねてるんですが、それでも気遣いのできる子だとは思っています。自分の方があんまりいい対応してないんで、積極的に話をすることはあまりありませんでしたけど、それでも根気よく話しかけてきてくれてましたし……」

「……改めて聞かされると大分駄目な大人に見えないかい?それ」


 やや呆れた声で酒船がそう言うと、青年は恥ずかしそうに頭を掻いた。言われるまでもなく、いい大人としてはあまり褒められた態度ではないのは間違いないのだ。


「ま、あの子の態度に問題が全くないというわけでもないしね」

「なので、個人的には仲良くできたらとは思っています。ようやく時間もある程度とれるようになりましたし……ただ、できれば何かきっかけがほしいところなんですが……」

「あとで私の方から石蕗君に頼んでおくよ。なんとか橋渡しをしてくれるようにね」


 酒船はそう言うとソファに腰を下ろしたまま、軽く背伸びをする。


「で、前置きはそれくらいでいいのかい?」


 酒船のその言葉に青年は一瞬息をのむと、表情をやや険しくしてから口を開いた。


「色々聞きたいことはありますが……」


 その言葉に酒船は視線でその先を続けるように促す。


「いくら強かろうと、どうして中学生にあのような危険な真似をさせているんです?」

「代わりがいないからさ」


 青年の問いかけに、酒船はつまらなそうに答えた。


「あの不思議空間からやってくる”鬼”や、今回の野犬を操ってるんじゃないかと思われる親玉、そんな連中を殺せる才能を持った人間は多くない。戦闘を行える位に強い奴なんてもっと少ない。彼女はその数少ない人間の中でもとびっきりの才能を持った人間だ。使わないわけにはいかないだろう?」

「しかし、子供にやらせるようなことじゃないでしょう?」

「だが、彼女がいなければここら辺……というか関東全域での行方不明者や、不審な死亡事件の数が跳ね上がるんだよねぇ……それを容認しろと?言っただろう?彼女は三本の指に入る実力者だ。当然地方の分局で手に負えない事態が発生した時の切り札でもある。無茶な運用をする気はさらさらないが、無駄な運用をするつもりも、手放す理由もどこにもないね」


 隠しきれないやるせなさを含んではいるが、それでもしっかりとそう断言する酒船の言葉に青年は押し黙る。


「正直僕も思うところがないわけじゃない。が、これは彼女の希望でもあるんだ。僕達がこの役目を押しつけなくても彼女は勝手に同じことをやるだろうさ。自身の安全のためにね」

「安全のため……?」


 青年は少女の現状には些かそぐわない酒船の言葉に訝しげな表情を浮かべ、酒船はポケットから再び煙草を取り出して口にくわえる。


「他にもいくつか同じような家系があるけど……霧前の血族はどうしようもない身体的特徴を持って生まれてくるんだ」

「……何ですそれは」

「彼ら彼女らの血肉は、あいつらにとっては御馳走……では弱いな。麻薬と言った方がいいだろう」


 酒船はそう言うと口にくわえた煙草に火をつける。


「”贄”の家系……彼女は自身の血族のことをそう呼んでいる」

まぁ、転生理由が「もっと強くなる」じゃなくて「もう一度剣を振りたい」なんで、

うちの天鳥さんは基本緩いというかなんというか。

武闘派ではあるけどエンジョイ系というか。


連休は休日出勤だったりするので次回更新は来週末までになんとか。

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