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執行官:霧前天鳥  作者: 架音
一章
5/11

4話 霧前天鳥(後)

一日遅れましたがなんとか……


久しぶりの戦闘シーンですが難航しました……

 それは、頭から角を生やしていた。その数はまちまちで、その太さ長さもまちまちだったが、確かに頭から生やしていた。


 その体躯もまた、様々だった。

 遠目から見ても明らかに三メートル近いものから、一メートルに届くか届かないかといったものまで、種々雑多だった。ただどれもこれも骨太く、異様に発達したはち切れんばかりの筋肉を纏っているのがよくわかる。


 それらの体表の色は、とても人間と呼べるものではなかった。

 血のように赤いものもいる。深い滝壺のような蒼い色のものもいる。闇を切り取ったように黒いものもいる。乾ききった大地のように黄色いものもいる。


 それはまさに鬼だった。


 その鬼が、月光を背負いながら向かってくる。雷鳴のような咆哮を上げながら、無数の大太鼓が叩かれるかのような足音を立てながら、無限に続く地震のように荒野を揺らしながら、こちらに突っ込んでくる。


「安心しろって」


 思わず声を失い、突っ込んでくる鬼の群れを呆然と眺めている青年の肩を、隣に立っていた笹座作が軽く叩いた。


「え?……あ、いやでもあれは……っあんなに……っ」

「大丈夫だ。あいつらはこっちには来ない。来るとしても……天鳥ちゃんが死んでからになる」

「……なにを……」

「理屈は俺も知らない……けど、そういうことになってるんだ。それにまぁ、あれくらいなら天鳥ちゃんなら、片手間だ」


 だから大人しく見てなって。動いたら逆に危険だからな。


 笹座作がそう言うのと、少女が鬼の群れに向かって駆け出したのは、ほとんど同時だった。



      ◇         ◇         ◇         ◇



「出ませい、一ノ太刀」


 少女はその整った容貌を歓喜で染め上げると、走り出すと同時に小さく呟く。と、何も握っていなかった左手に飾り気のない黒鞘に収まった一振りの太刀が姿を現した。


「シッ……」


 そしてそのまま太刀を抜かずに、逆手で握ったままの黒鞘の鞘尻を頭上から飛びかかってきた二本角の小鬼の首に叩き付け、巻き込むように地面に叩き落とす。

 と同時に時間差で飛び込んできたもう一匹の小鬼が振り下ろしてきた腕を、後ろ回し蹴りの要領で跳ね上げた右足のブーツの裏ではじき、いつの間に鞘走らせたのか、右手に握った太刀の一閃でその首を切り飛ばした。


「……フッ……」


 直後左から横凪に金属製の棍が振るわれるが、少女は一段低く身体を落とし、その落とす勢いで身体を前に進めると、今棍を振るった黒鬼の足首を一薙ぎする。だけにとどまらず隣で少女の体重よりもなお重そうな分厚い鉈を振り下ろそうとしていた赤鬼の足首までもまとめて切り倒す。


 立つことがかなわなくなった黒鬼が獣のような吠え声を上げながら、少女の身体をかすめるように転倒し、片足が無くなったことで踏ん張りがきかなくなった赤鬼が、雷鳴のような絶叫をあげる。

 その赤鬼がうっかり取り落とした鉈が地面に落ちる前に左手に握った黒鞘で鉈の腹を叩き、刃先の方向を変えると流れるように背の部分を右手に握った太刀の柄頭で殴りつけ……両足首を失い前向きに地面に倒れ伏そうとしている黒鬼の首に後ろからめり込ませる。さらに一発踏み込むことで、黒鬼の首を皮一枚残して切り落とし、その反動を利用して太刀を振り上げた。

 そこに、倒れ込みつつも古木の幹のように筋肉が盛り上がった右腕を伸ばしてきていた赤鬼の腕が当たり……そのまま肘から切り飛ばし、戻す刃で肩から残った腕を落とし、左手の鞘でこめかみのあたりを殴り飛ばす。


「阿呆が」


 直後背後から振り下ろされた大太刀……刀身が二メートル近くあるそれを半歩右に足をずらすことで躱すと、振り向きざま右手を振り抜き、一撃で岩のように盛り上がった牛頭の青鬼の首をまるで紙を切るかのような容易さで切り落とし、その勢いを殺さないように足を捌き、踏み込みの勢いを乗せて一瞬前にこめかみを殴り飛ばした赤鬼の耳から上を抉り取るように両断した。


 少女の動きは止まらない。


 少女はまるで踊るかのように軽い足取りで後ろへ半歩身体をずらし、その分余裕のできた空間で太刀と黒鞘を振るうのと、幾本かの矢が叩き落とされるのは同時だった。そのまま少女は自身を狙って次々と放たれる矢の雨を太刀と鞘で叩き落とし、あるいは逸らし続ける、だけではない。都度都度に立ち位置を変え、弾き飛ばす矢の角度を変え、少女の背後から襲いかかろうとしていた小鬼の群れにそれらの矢を誘導してみせる。


「面倒な……っ」


 無数の矢を突き立てられた小鬼の絶叫を耳にしながら、少女は言葉の通りに心底面倒くさそうな表情を浮かべて声を漏らした。と、一息分だけ射掛けてくる矢が途切れる。すると少女は、不意に何もない場所で太刀を大きく一度、振り下ろした。

 いつの間にどこから飛んできたのだろうか。一枚の紙片が振り下ろす途中の太刀、その切っ先に触れ、両断されるのと同時にそこから火炎が吹き上がり、そして刀身が業火に包まれる。


「……シッ」


 少女は間をおかずに炎に包まれた太刀を、今度は振り下ろした時とは逆の逆袈裟に振り上げる。

 するとどういう理が働いたのか。刀身から炎は分かたれ、しかし消え去ることはなくむしろ一際大きく膨れ上がり、まるで炎でできた大蛇のようになると一直線に、その軌道上にいた鬼を巻き込み、燃え上がらせながら進むとやや離れた場所で弓を射ていた細身の鬼に直撃すると同時に爆散し、周囲の鬼も纏めて松明のように燃え上がらせる。


「……御倉さんの援護はありがたいが……毎度のことながらこれだけは熱くてかなわんのぅ……」


 前髪が少し焦げてしもうたではないか……


 一瞬とはいえ、至近距離からの業火に晒された少女はその白い肌を赤く火照らせ、額に汗を掻きながら小さくぼやいた。

 だが、ぼやきつつも少女の足は一瞬たりとも止まらない。


 少女は炎の蛇に蹂躙され、僅かに怯んだ鬼の群れの中に再び突っ込んでいった。



      ◇         ◇         ◇         ◇



「なんて光景だ――」


 青年は、眼前で繰り広げられる地獄のような光景を目にしながら、思わず呟いた。人の姿に似た、しかし決定的に人とは違う異形の集団と、その異形の集団をたった一人で相手取り、瞬く間にその数を削っていく一人の少女。


 少女の手にした剣が振るわれるたび、鬼の腕が、足が、首が血飛沫を上げながら切り飛ばされていく。


「――先輩」


 そんな悪夢のような光景を目にしながら、青年は傍らに立つ今日付で同僚になった男に声をかける。


「……どうした?後輩」

「あれ……なんなんですか?」

「知らん」


 真人からの問いに対して、笹座作は肩を竦めながらそう答え、その答えに青年は眉を顰める。


「知らんって……」

「便宜上鬼って俺たちは呼んでいるが、本当の名前なんかは誰も知らんのよ。ただ、昔からこの世界ではないどこかから現れ、悪さをする存在だとだけ分かっていればいい」

「昔から……ってどれくらい昔から?」

「一番古い記録では推古天皇の御代がどうこうって頃だから……一四〇〇年くらい前か?まあ、記録自体どれだけ当てになるのか分からんし、なにより少なくともそれよりも前から現れてた可能性は高いしな。えらい昔からって思っておけばいいんじゃないか?」


 暢気そうに、しかし視線だけは厳しく少女の方から逸らさないまま、笹座作は答える。


 その答えを聞き、青年は一度つばを飲み込んでから自分が一番聞きたかった異常について、問いを発した。


「……それじゃあ……あの子は、何者なんです?」


 青年の問いに、笹座作は僅かに首をひねり、それから自身が思う答えを青年に告げる。


「霧前天鳥三級執行官……今は中学三年生の一四歳。月末に一五歳になるし、来月には高校生だ。ついでにそれと同時に二級を飛ばして一級執行官になるのも内定してる……それ以外はまぁ、普通の女の子だな。いたずらが好きで、明るくて人当たりがいい。ま、多少変わったところはあるが」

「……っそういうことではなくっ!」


 まるではぐらかすかのように言葉を返してくる笹座作に、青年は思わず声を張り上げる。

 笹座作の言い方にさすがにイラッときたのもあるが、いい加減この馬鹿みたいな状況に耐えられなくなってきてもいたのだ。


「落ち着いてください元河さん」


 そんな、思わず激高してしまった青年に御倉が声をかけてくる。


「詳しい説明は明日、出勤してきてから話すことにしますので」

「しかし……っ!」

「今日のところは見学です。疑問点があるなら、纏めておいた方がよろしいでしょう」

「……わかり、ました……」


 深く息を吐いて自分を落ち着かせる青年を見て、御倉は軽くその肩を叩く。


「確かにあれを見て、色々と思うところはあるかもしれません。ですが……」


 彼女は、人間です。


 御倉は青年の目を覗き込みながら真剣な表情で、そう告げた。

次回投稿は多分6/26~28くらいで。


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