3話 霧前天鳥(前)
予約投稿の時間間違えてました。
とりあえず前後編になります。
後編は明日投稿予定。
戦闘シーンだけ抜き出して修正してたらやらかしてしまいました。
なんて光景だ――。
目の前で淡々と繰り広げられている戦闘……いや、むしろ虐殺、撫で斬りと言ってよい光景を、元河真人は何をするでもなくただ呆然と見つめ続けることしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「はじめまして。元河真人さんですね?特殊災害対策委員会では現場責任者を拝命しています霧前天鳥三級執行官です。本日は見学と言うことですので、私の指示に従って頂くよう、よろしくおねがいします」
その少女の言葉に、他の男三人は皆一様に棒を飲み込んだような表情を浮かべた。
もっとも、その内容とその後に表になった表情はそれぞれ異なっていたが。
一番年かさの御倉は、相変わらずの厚さと枚数を誇る少女の猫の皮が相変わらずであることに感心した微笑みを浮かべ。
新人職員である元河真人は、どこからどう見ても中学生にしか見えない少女が現場責任者を名乗ったことで目を白黒させ、視線を御倉と笹座作の間で彷徨わせ。
筋肉バカは、普段自分たちに対している時との口調やら雰囲気やらのひどいギャップに思わず吹き出しそうになり……少女に睨まれて無理矢理笑いを飲み込んだ。
「何かおかしなことでも?」
口元を両手で覆い、吹き出しそうになるのを必死で押さえていた笹座作の前に立った少女はそう言うと、にっこりと花が開くような微笑みを浮かべる。
「い、いや何もおかしくなんかないよ天鳥ちゃん?ちょっと普段とちゴフゥッ!?」
両手を振って慌てて言い訳を始めようとした笹座作に、少女は抜く手もみせずに正拳を一発その腹に叩き込んだ。
「……何かおかしなことでも?」
「な……何でもありません、マム」
再度同じ言葉を同じ調子で口にした少女に、額に冷や汗を浮かべつつ、蹲って腹を押さえながらなんとか笹座作は返事を返す。
「まったく……」
蹲る笹座作に向かって小さく溜息を漏らし、何やら楽しそうな微笑みを浮かべながら口を挟まず眺めている御倉に胡乱げな一瞥をくれてから、少女は新人へと視線を向けた。
「お見苦しいところをお目にかけました」
「あ、いえ……お気になさらず」
「まったく、本当に一言多いんですよこのバカは……ここまで来る間に何かやらかしませんでしたか?」
「い、いえ特にはありませんでした」
「そうですか」
ならよかった。多少は学習できるようになったみたいですね。
そう言ってほのかな笑みを浮かべる少女を、不躾だとは思いつつも真人はまじまじと見つめる。
先ほどまでのやりとりのせいでその雰囲気に多少飲まれてしまったが、目の前の少女はどこからどう見ても中学生……よくて高校生程度にしか見えない。だというのに自分から現場責任者だと宣言し、笹座作も、石蕗が言っていた御倉というのだろう男性もそれを訂正しない。
正直訳がわからない。
笹座作が正拳の痛打を受けたり、それを咎めることなく微笑ましく眺める御倉がいたり……これらのやりとりはおそらくこの三人の中では普段からよく行われているのだろう。
それだけの親密さが三人の……いや、支局の現職員全員の中では築かれていると、容易に想像できる。
それだけに、この目の前の少女の立ち位置がまったくわからない。まさかこの見た目で三〇近いとかがあるわけ……
「今、何か失礼なことを考えましたね?」
気がつけば、真人の身体にほとんど触れそうな距離まで近づき、下から見上げるように覗き込んでいる少女の姿があった。
そのあまりの近さに青年が慌てて身体を離そうとしたまさにその時、少女は青年が着ているスーツの裾を指先で軽くつまむことでその動きを制し、小さく溜息をついた。
「でも……確かに分かります。なんでこんな子供が現場責任者なんだとか、ひょっとしたら見た目はこんなでも、自分よりも年上なんじゃないかとか」
「え?あ、いや別にそんな……」
「でも安心してください」
返答に困り、言葉を詰まらせる青年から一歩身体を離すと少女はその場で胸を張り、
「大丈夫ですよ。ちゃんと見た目通りの中学3年生です」
と、青年に告げる。
正直そんなことを胸を張って言われても困るのだが、最初に雰囲気飲まれてしまったせいか、真人はうまく言葉を返すことができない。
そんな二人のやりとりを、少し離れたところから御倉と笹座作の二人は眺めながら、小さく言葉を交わしていた。
「……天鳥ちゃんのあれ、完全に遊んでますよね御倉さん……」
「……明日にでも正体を見せて驚かすつもりなんでしょう……」
「……あれ、しばらくオモチャにするつもりっぽい……か?」
「……それもあるでしょうけど……彼女なりの処世術でもあるんでしょう……」
御倉の言葉に疑問を持ったのか、笹座作は視線でその先を促す。
「……あの子はまだ一四です……」
「……そういやそうでしたね……偉そうなんで忘れてました……」
「……だから、しっかりと序列をつけなければいけません。現場の指揮権を持つのが誰なのか、誰が主導権を握っているのか。格付けと言ってもいいでしょう……かといって高圧的に命令を下せばいいというものでもない。彼女は特殊災害対策委員会の職員の中でも最も年若い方ですから……」
「……ああ、年下の命令なんて聞けるかってやつですか……」
「……あなたは驚くほどそういったこと頓着しませんでしたからね……」
呆れたようにそう言うと、御倉は小さく溜息をついた。
「……楽しんでる部分もあるでしょうが、あの子はその辺の距離感の取り方を滅多に間違えない。相手に不快感を与えずに自然な形で自分の方が上位者であると、心理的な優位をとることができる。人の上に立ち、従えさせる得がたい資質ではありますが……」
「……なるほど……?」
今ひとつ何を言っているのか理解しているのか分かっていなさそうな笹座作の相槌に、御倉はなんとも言いがたい表情を浮かべ、軽く頭を振る。
「……まぁ、今回多少しつこいのは、笹座作さんのとばっちりといった面もあるんでしょうが……」
「……俺の……?」
「……あなた、今日新しい職員が異動してくること伝え忘れていたでしょう……?」
「…………あ」
「……明日神社の方に来るようにとのことです……」
「……了解しました……」
「さて、いつまでも彼をオモチャにしておく訳にもいきませんか」
先ほどまではそれでも辛うじて日の光が残っていたのだが、いよいよそれも少なくなってきている。
あと一五分もすれば夜の帳が空を覆い尽くし、照明など存在しない四人が今いるこの河川敷は真っ暗になってしまうだろう。
その前に最低限の段取りはつけなくてはいけない。
「霧前さん、彼をオモ……親交を深めるのはその辺で……とりあえず仕事のお話をお願いします」
総身倉が声をかけると、青年はあからさまにほっとした表情を浮かべる。そして青年に絡んでいた少女は、青年に見えないように御倉にだけニヤリと不敵な笑みを一瞬だけ見せてから、不自然さの欠片も感じさせることなく、やや不満げな雰囲気を漂わせながら青年から離れた。
「そうですね……はしゃぎすぎたみたいです。ごめんなさい元河さん」
「あ~……いや、大丈夫ですから」
何が大丈夫なのか自分でもいまいち分からないまま青年はそう言葉を返し、少女はその返答に満足そうな微笑みで答える。
そんな明らかに少女の掌で転がされている青年の姿に御倉は苦笑を浮かべると、そのことには触れずに仕事の話をするよう再度少女に促した。
「とりあえず今日のところは、元河さんは見学ということでよろしいでしょうか?」
「はい、わかりました」
青年としては否も応もない。色々と聞きたいことは山とあるが、この場で唯一自分だけが何をするのか知らないのだ。下手に動くことはできない。
ともあれ今日のところは見学である。が、いよいよ闇が深くなってきているが、どうするのだろうか?特に投光器やらの機材がないことは暗くなる前に確認している。ひょっとしてここからさらに移動するのだろうか?
そういった考えが浮かんだことを表情から察したのか、少女は暗がりの中でも手に取るように分かるような笑顔を浮かべると、コートの内側から紙切れを一枚取り出した。
「それではこれより特殊災害除去作業の執行開始を宣言します」
あなたはそこから動かないでくださいね。
少女は青年にそう告げると、手の中の紙切れを二つに裂き――
◇ ◇ ◇ ◇
青年の前で、視界が一変した。
「…………は?」
夜の帳が落ち、暗闇に包まれていた――しかし自分が立っていた場所は、どこででも見られる河川敷だったはずだ。
どこだここは?
慌てて青年は辺りを見回したが、その驚愕で見開かれた両目に写るのは、前後左右のどこまでも広がる荒野と、その荒野を白い光で包み込む巨大な……巨大すぎてまるで書き割りのようにしか見えない、正面の視界いっぱいに広がる地平線にその姿の半分を隠している月の姿だった。
「……ば……かな……なんだこれ……」
青年は思わず声を漏らした。
一体何が起きたのか。あの時――少女があの紙切れを引き裂くまではただの河川敷だったはずだ。ならばこれはあの少女がやったのか?それとも何か悪い夢でも……
「夢ではありませんよ元河さん」
少女の声が青年に向けられたのは、あまりのことに青年が思わずその場に腰を落としそうになったその時だった。その声のおかげで……あるいはその声のせいで、青年は辛うじてその場に踏みとどまる。
そんな青年に背を向けながら、少女は先ほどまでの快活で明るい様を削ぎ落とした冷たい声音で、しかしどこか申し訳なさそうに言葉を続ける。
「申し訳ありませんが、私が”いい”と言うまで、その場から動かないでください」
「え?……・あ?」
「笹座作さんは元河さんを」
「おうよ」
「御倉さんは周辺の警戒を」
「承りました」
「では、状況を開始します」
少女はそう言うと、地平線の向こうに見える書き割りのような巨大な月に向かって歩き出す。
そしてそれは、月から現れた。
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