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執行官:霧前天鳥  作者: 架音
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物語の前の話

リハビリを兼ねて新作投稿です。といっても前作は大分昔なので覚えてる方もいらっしゃらないかと思いますが。

とりあえず異世界伝奇アクションぽくなる予定です。

 一人の老人が、今まさにその人生の幕を閉じようとしていた。


 死の床に就いている老人の名は、久遠寺潮五郎。物心ついたころには棒切れを振り回し、長じて近在の道場で剣術を少しばかりかじり、戦時中は銃火器よりも戦地に携えた無銘の業物を振るって敵を倒していた、そのような人物だった。


 復員後もその剣を手放さず、戦後の混乱期であるというのに全国行脚の剣術修行に出るという、よく言えば一本気、悪く言えば……まあ、いくらでも言葉を重ねることが出来るだろう。


 そんな剣術修行を一五年ばかり続けた潮五郎は、ある時ふらりと地元に戻ってきた。

 修行の旅に出る前は、寄るもの全て切り伏せんとするかのような殺気をあたりかまわず振りまいていたような男であったが、戻ってきたときにはまるで別人のように穏やかな気性の持ち主に変わっていた。


 地元に戻った潮五郎は、かつて剣を教わった地元の剣術道場にてかつての師と立ち会い、その技量と心根を認められ、戦争で親類縁者をなくしていた師から道場を譲り受けることになる。


 それからは特筆することはない。


 道場を運営する傍ら、かつて全国行脚のさなかに行っていた道場破り……その報復にやってきた各地の剣術家のことごとくを打倒し、ついに敗北することなく、やがてその剣名は剣を志すもの全てに轟くこととなる。


 曰く現代の侍、日本一の剣術家、剣聖等々。


 しかし潮五郎は、それを自ら名乗ることはなかった。


――……なにしろ、あの方には終ぞ勝つことはできなかったからのう……


 潮五郎は自身の師――譲られた道場のかつての道場主ではなく、誰にも話したことがないもう一人の師の姿を思い浮かべた。


 かつての全国行脚、その最後の年に出会ったその人物は南禅朝護と名乗る修験者だった。とある山で山籠もりをしていた最中に出会い、口数が少ないその男と剣術談議になり、いつの間にか試合をすることになりそして、散々に打ち負かされたのだ。


――あれがなければ……とっくにどこかで野垂れ死んでいたじゃろうなぁ……


 二人目の師である朝護と出会う直前の自身の姿は、よく言えば天狗。悪く言えば単なる狂犬だったなと潮五郎は自嘲する。

 自身の剣の腕に慢心し、それだけにしか価値を置かず、金がなくなればやくざの鉄砲玉まがいのことをして悦に入っている。さすがに殺しまではしていなかったが、それでもとてもまともとは言えないかつての自身の行動は、この死の間際に思い返しても些か以上に非道すぎる。


 その天狗の鼻っ柱を叩き折り、狂犬を躾けたのが南禅朝護だった。


 朝護の下で修業をし、剣を交わしたのは僅か三ヶ月。

 その三ヶ月の間、潮五郎は師である修験者と共に山中を駆けまわり、そこかしこで打ち合い、打ちのめされ続けた。寝る間も惜しんで続けられたその修練の日々は、今まで鍛え続けた潮五郎であってもついていくのがやっとの恐ろしく過酷なものであった。が、潮五郎はその修練の日々の中で、かつての幼いころの自分を思い出した。


 ただ剣を振ることだけが楽しかった。剣を振るうだけで楽しかったことを思い出し……思い出したあくる日の朝、師である修験者は忽然とその姿を消した。


 残されていたのは『皆伝也』『精進不可忘』と書かれた半紙が二枚のみ。


 その後、潮五郎は山を下り地元へ帰ることとなる。後は知っての通り道場を継ぎ、そして今に至る。


――……心残りがあるとすれば……


 潮五郎はいよいよ霞がかってきた意識の片隅で、あの修験者の姿を思い浮かべる。ついに刃を掠らせることも出来なかったあの師に、刃を届かせる技量を得られたのか。できればもう一度だけでも立ち会いたかった。


――……それにしても……


 もう一度だけでも棒を振りてぇなぁ。


 それだけを意識の片隅で呟くと、潮五郎の意識は白い闇の中へと溶けて消えていった。


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