8話:現実と鏡の世界
「名前をつけてみた」
「いや、そんな唐突にペットに名前つけたみたいな切り出され方されても、はあ、それがなにか状態になるわ」
「すまんな。飛ばしすぎた。しっかり順序を踏んでいくか」
放課後、経過報告としてミステリー研究会の部室に訪れた。部員の2人は今日も調査へと出かけたようで、捕まえた遊しかいないのだが。
「殊勝なことで俺はちゃんとお前の手伝いをしようと調査に出たわけだ」
「そりゃありがとさん」
「そして、また会うことに成功した」
「……お前、なんかに取り憑かれてるか?」
「そんなことはないと信じたいが、幼馴染に取り憑かれている」
「お前の幼馴染は悪霊の類いだったのか」
「どこ歩いててもいつの間にか隣に立ってるからな。端から見たら怪奇現象だぞ」
「いや、お前の視界から見えないように現れてるだけで周りからは普通に近づいてるように見えんじゃねえのかな……」
「まあ、会えたのももしかしたら凪のせいかもしれんが」
「どういうことだ?」
「二回会ったわけだが、二回ともあいつが近くにいる状態で会ってる」
「……んん?じゃあ、早瀬も会ってるのか?」
「いや?」
「どうなってんだ?」
「まあ、神隠しみたいなもんだろうな。明らか、とは言えないが、こことは異なる世界があるみたいだ。お前が探してるやつはそこにいる」
「はあ……で、どうやって行くんだ?」
「それがわかってれば苦労しない」
「よく、そんなんで二回も行けたな……しかも連チャンだろ?」
原理も何もわかってない状態でなんとなく会いたいと願って、それで行けてしまったのだ。それ以上もそれ以下もない。
「その辺りはもっと解明してからだな」
「そもそも解明出来るのか?これ」
「お前が言い出したことだろう」
「俺だってこの目で見てちゃんと解明したと言いたいんだよ」
「真実はいつも一つじゃないんだ。迷宮入りだってする」
「某名探偵全否定だな」
「あれは事件の解決だからな。そうしないと物語が破綻するだろう」
「いくつかあるんじゃねえのかな、迷宮入りしたものも」
「まあ、あくまでもこちらは解明しようが誰にも支障はきたさないだろう。お前の威厳がなくなるというだけで」
「元々ないです」
「形ばかりのやつはこれだから始末が悪いな」
「今から実績残せばなんとかなるだろ!」
「仕方ないな。俺が集めた情報をいくつか開示してやろう」
俺が会ったのは中学生になるかならないか程度の女の子であること。これは昨日言ってるか。
出会った場所は夕暮れから時間が動かない、まるで写し鏡かのような俺たちのいる町とそっくりな場所。その子は、迷い込んだ人を元の世界へと戻す役割をしているらしい。あとは、探し物を一緒に探してあげてるということだ。基本的には探し物がある人が迷い込むらしい。だが、迷い込むメカニズムというのはその子にも分からない。ただ、ずっと長い時間、そこにいるようだ。通常であれば二度迷い込むようなやつはいないらしい。
「っと、まあ昨日までで分かったのはこんなもんだ」
「長い時間……ねえ」
「何か引っかかるのか?」
「その長いことってのはどれぐらいなんだ?」
「そこは時間が止まってるみたいでな。まあ、ごくわずかだけど流れてるのかもしれないが。だから具体的な経過日数までは分からないみたいだ」
「まあ、そこが元々その子が住んでた町と一緒というならば、最初は違和感はなかったのかもな」
「……ただな。その子、そこに居着くまでの記憶がないって言ってる」
「……だんだん話が胡散臭くなってくな?小説でも書く気か?」
「俺は事実だけを言ってる。まあ、それを信じるかどうかはお前次第だけど」
「……なんかヤバイことに首突っ込んでることとかねえよな?」
「裏でデカイ組織が動いてるとか、なんかの引き金で戦争が起こるとか?ないない。こんなちっぽけな街で何しようってんだよ」
「そ、そうだよな」
「まあ、ちっぽけな街だからこそ出来ることがあるのかもしれないけどな」
「お前は不安を煽るようなこと言わないでくれないかね」
「全部憶測だし、俺が言ってることだって妄言かもしれないぜ?」
「うーむ。今回は俺も一緒に行っていいか?」
「まあ、実際に現場に立ち会ったほうが信じる気も起きるだろ」
「しかし、本当にそこでしか立ち会えないことなのか?」
「と言うと?」
「早瀬がいれば、他のところでもその現象は起きるかもしれない」
「なるほどな……」
「呼ばれた気がした!」
部室の扉を騒がしく開けて凪が出てきた。正直、部室の前にいただろ。こんな真似をするぐらいなら最初から一緒に来てくれませんかね?
「ロマンがないよ〜想ちゃん」
「いや、ロマン云々にここは校内だぞ」
「まあ、神楽君は知ってるし、知らない仲なら考えるけどね?」
一応場は弁えてるて言いたいのか。こいつに世間体を気にする頭があるとは思っても見なかったぜ。
「じゃあ、俺は早瀬さんと呼んでやる」
「扱いが酷いよ!幼馴染なんだからこそこういう時に以心伝心だよ!」
「お前らは俺がテレパシーでも使えると勘違いしてないか?」
「え?使えるだろ?」
「想ちゃんが使えなかったら誰が使えるの」
誰も使えねえよ。俺をとんでも人間にするんじゃない。こいつらは俺をなんだと思ってやがる。でも、実際にテレキネシスという言葉は誰が考えついたのだろうか。どこかで使える奴がいたからそういう言葉が生まれたのだろうし、そう考えれば起源がないわけではないのか。俺は使えないけどな。
にしても、こいつらはこいつらで仲良いよな。俺1人で探索してくるからそちらで仲良くやっててください。
そう思って立ち上がったのだが、2人はそよ俺の後ろをカルガモの子のように付いてきた。
「…………」
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃない!お前らは考える頭を持て!」
「何を言ってやがる。俺はお前に今日はついて行くと明言した上での行動を取っている」
「私も昨日、想ちゃんが行く場所が私の行く場所って言った」
「なんで俺が追い詰められてるんだ?」
「情報を固めるには周りからとは言うが、核心部をつかなければそれは意味はないよな」
「私を置いていこうとしたって無駄だよ!」
「はあ……分かったよ。遊、どこかめぼしい場所はないか?」
「昨日と同じところ行くんじゃないの?」
「他にも行ける場所があるならその可能性も探るべきだろ。今日はその調査だ」
「ほ〜」
「まあ、明日から土曜だしな。そうだ、今日は学校内でそれが起こるかやってみないか?」
「やってみる価値はあるか」
補習なり部活なりあると思うが、特に俺は取ってないし部活もしてないのでこの時期はまだ暇である。
だが、そこへ来ると……。
後ろから付いてきている2人が気になり聞いてみることにした。
「お前ら、進級はしたものの土曜日も補習受けろとか言われてないよな?」
「さすがにそこまでの頭じゃねえよ。仮にもミステリー研究するぐらいだし、多少の頭は持ち合わせてるぜ」
そこへ来ると…。
「おいそこの目をそらしてる女」
「誰のことでしょうか?」
「今反応したやつだ。凪、お前……」
「え、えーっと……平日はやらないから土曜日の午前中だけ受けに来なさいって……」
高校三年生。本当にこれでいいんでしょうか。この子の進路先は存在しますか?素直でいい子だけど、途方もないアホの子なんです。って、俺は凪の保護者か。自立してください。
そう言ってもこいつは俺の後ろをちょこちょこ歩いてきてしまうのだが。将来何になりたいって聞いて俺のお嫁さんってアホか。今時小学生でもまともな回答するわ。何かなりたいこと、見つかってほしいものだ。
「しかし、こんな人が通るところであるか?そんなところで起きてたら学校中大騒ぎだろ」
「じゃあ、人気のないところを探すか」
「して場所は?」
「ミステリー研究会たるもの、怪しいところは熟知してるぜ」
「オカ研に行くなよ」
「そんな見え見えのオチやんねえから……」
怪しげなものは常備してそうだけど。まあ、行ったことはないから全て憶測。いかにもな場所にいかにもなものが置いてあれば当然怪しいと思うが、逆にそれは怪しすぎて誰も触れない。だからこそ、誰も解明しない。好き好んで行くやつもいないだろうしな。
「じゃあ、案内頼んだぜ」
「任せとけ」
ニヤリ、と怪しげな表情を浮かべて先導を切った。
なんだろう、この溢れ出る不安感は。
それは、すぐに分かることになる。