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トワイライトシーカー  作者: otsk
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44話:花言葉

 やがて夜は来る。

 あの世界が間違ってるのであってそれが普通なのだ。夜が来たら今度は朝が来る。それが当たり前。でも、当たり前ではない。

 自分にとっての当たり前と、人にとっての当たり前なんて相違が必ずある。

 明里を見てて何度も思う。

 彼女は普通の人のように自由に歩けないし、一人で活動することもままならない。

 それは、今は、という条件がつくが。

 やがて、自分の足で立つことができて、自分の足で踏み出していくことだろう。

 俺が、それを見届けるのかは分からないけど。

 リハビリというのは、病院でやる分だけやっておけばいいというものではないらしい。

 いくらかの課題を与えて、これぐらいやったというのも報告するとのことだ。

 させられてるのと、やっている、では大きな違いだとリハビリの先生は言っていた。

 俺は、仙谷家の家の前に立っていた。

 一応連絡はしておいたが、呼び鈴を鳴らして彼女が出てこれるわけではあるまい。

 ……なんでもいいか。彼氏彼女の関係じゃあるまいし。


『うちは夜間受付はしてません』


「やかましいわ。そちらの娘さんに呼びつけられて来てんだよ。あんたのうわ言なんぞ聞かん」


『……おーい、明里ー。彼氏が来たぞー』


 彼氏じゃねえし。しかも任せたのお前だろうが。

 しばらく待っていると、車椅子に乗ったまま明里が扉を開けていた。


「おいおい。あんまり無理すんなよ」


「そいつ、いつ来るかってずっと楽しみにしてたんだぜ。可愛いとこあるだろ」


「言わないでよ!」


 自分はお邪魔虫だと言わんばかりに、かっかっかっ、などと笑って奥の方へと引っ込んでいった。

 あとは俺に任せるということか。


「とりあえず、近くまで行こうか」


「……はい」


「なんでちょっと不機嫌そうなんだよ」


「私の精神衛生が悪いだけです」


「悪くしてんのあの兄のせいだと思うけどな」


「あの兄は余計なことをしすぎなんです」


「まあまあ。ようやく帰って来た妹が可愛くてしょうがないんだろ」


「はあ……今はあんな兄のことは忘れましょう」


 明里の車椅子を押していく。

 砂利に足を取られると復帰が面倒なので、なるべく整備された道を進んでいく。

 桜も実のところ目と鼻の先なんだけどな。


「あ、あの、立って見たいです」


「……見ててやるからいいぞ」


「あの、えっと……転ばないように手、持っててもらっていいですか」


「ああ」


 ふらふらと危ないながらも肘置きに手をかけ明里は立ち上がった。

 俺は彼女の左手を掴んでやる。もっとも、車椅子の肘置きに手をかけたままの方が安定感はあると思うのだが、言わないことにしよう。


「……ひとつ、聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「あの、答えたくなければいいです。……凪さん、どうして亡くなったんですか?あ、いや、私に臓器移植したからっていうのは分かってますけど。なんで、そもそも臓器移植の話になったのかって、ところで。……健康で動き回れたのなら、そんな選択、しないでしょう?」


「見たことあったかな。あいつ、2年ぐらい寝たきりでさ、高校入学前に事故でな。幸い、体の臓器とかに問題はなかったけど、唯一心臓だけが機能停止しちゃってたんだ。それで植物人間状態。いつ目を覚ますも分からなかった。いつまでこんな状態が続くか分からないし、目を覚ます可能性だってほぼゼロだったらしい。おばさんたちは凪のそんな姿を見てられなくて、安楽死を望んだらしいけど、医者が臓器提供の話を持ちかけたらしいんだ。もし、適合する人がいるならば提供してくれないかって」


「それで見つかったのが私だったんですか」


「そっちはなんで入院してたんだ?」


「小児がんですよ。今でこそ、少しばかり伸びてきましたが、抗がん剤治療で髪なくなったこともありましたし」


「女の子でそれはきついな……」


「まだ帽子は手放せないです」


「明里ちゃんの髪が伸びた姿見て見たいな」


「でも、これはこれで髪洗うとき楽ですよ?」


「そんな男みたいなことを……」


「まあ、いざとなればウィッグとかありますし誤魔化しはききますよ」


「明里ちゃん、絶対長い方が似合うと思うけどな」


「なんでも慣れれば気にならなくなりますよ。……確かに女の子としては長い髪の毛は憧れますが。伸ばした時に癖っ毛にならないか心配です」


「そっちはがさつそうなのしかいなさそうだしな」


「こういう時に母親がいないと不便ですね。……さっきの話に戻りますけど、こんな見ず知らずの私に凪さんのご両親は提供してくれるって言ってくれたんですね」


「誰かの中でまだ生き続けてくれるならその方がいいって。いつか、顔を見せに行けるといいな」


「はい。……桜、見ましょう。綺麗です」


 時折風が吹き、桜吹雪が舞う。この桜の品種はなんだろうか。といっても、精々見た目でこれだってわかるのは枝垂れ桜ぐらいだが。あと大半の桜はソメイヨシノらしいから基本的にはどちらかだろう。


「明里ちゃん、この桜なんて種類か知ってる?」


「これは枝垂れ桜ですよ。……って分かってて聞いてますよね」


「まあ、なんとなく話題提供を」


「まったく。もっと気の利かせた話題ふりをしてください」


「……桜って花言葉あるのか?」


「私が知っているとでも?」


「知ってるなら教えて欲しいかな」


「……見たいっていったぐらいですから知ってますよ。桜の花言葉はまず品種を問わず『優美な女性』『精神の美』『淡白』が花言葉だそうです。もっとも、桜をプレゼントするような人はあまりいないと思いますが」


「花言葉まで考えて花ってプレゼントするもん?」


「普通はそうでしょう。適当に買って、後で調べて下手な花言葉だったらもらった相手激怒どころじゃ済まないかもしれませんよ?」


「そいつはおそろしいな……」


 なんか花プレゼントする時は調べておこう。


「そういや、品種は問わずって言ってたな。枝垂れ桜単体でもなんかあるのか?」


「そうですね。『優美』『ごまかし』がそうなります。……私そっくりです」


「ごまかしのところがな」


「普通、優美って言いませんか」


「冗談だよ」


「もう…………」


 ちょっと不貞腐れたが、俺の方を見て彼女は笑った。

 面白おかしく笑うような様を初めて見たような気がする。


「そんな風にも笑えるんだな」


「病院で笑えと言われて笑う方が難しいですよ。看護師の人だって笑顔を取り繕ってますが、色々忙しいので、なるべくこちらは迷惑をかけないようにって……まあ、それが看護師の仕事ですが、看護師を便利屋か何かと履き違えてる人もいるようですが」


「俺だったら発狂しそう」


「人一人見るのだけで手一杯な人はやらない方がいいと思いますよ。患者が私みたいな人ばかりではないですし」


「……辛かったら座っていいぞ?」


「無理してると思いですか?」


「無理というか、我慢を押し通すみたいなそんな感じがしたから」


「でも、疲れたから座らせていただきます。……あの、手」


「あ、ああごめん。座りにくかったな」


「いえ……握っててもらってもいいですよ」


「そうか」


「凪さん嫉妬しちゃいますかね」


「どうだろうな。私も入れてぐらいは言いそうかもしれんけどな」


「そういえば、花言葉の話、まだ途中でした」


「そうなの?あれで終わりかと思ってたけど」


「ええ。まあ、日本の花言葉ではないんですけど、外国でもあるんですよ。私が覚えたのはフランスでの花言葉なんですが」


「どうやって発音するんだよ……」


 明里は持ってきていたメモ帳に何やら書き始めた。

 書き終えて、俺の方に見せる。


「私も見ただけですので正しいかは分かんないですけど『Ne m’oubliez pas』って書くみたいです」


「……英語以上に発音できねえ」


「意味は『私を忘れないで』だそうです」


 あの時桜があいつの骨壷に乗ったのはその意思表示だったのかな。

 あいつはそんなこと一切知らないだろうけど。やっぱり因果関係というのは感じるところがある。


「……なんだか、夜桜の桜吹雪って幻想的ですよね。でも、見てるととても儚げです。この時期は特に出会いと別れの季節です。ですから、桜吹雪を見てそんな意味を込めたという説もあります」


「……忘れないよ。ちゃんと覚えてる上で前を向くって決めたんだ」


「それはとても殊勝なことです。ですが、前だけではなく、たまには上を向いて見ては?」


「上?」


 枝垂れ桜の合間を縫って月が上っていた。満月だろうか。見事に丸い月だ。

 その月明かりのおかげでこの桜もより綺麗に見えていたのだろうか。


「悲しみは時間が癒すことがあっても、完全に忘れることなんて出来ませんよ。でも、たまには振り返ってあげて、凪さんのこと思い出してあげてください」


「そうだな。それに、まだ凪はいるんだから。明里ちゃんと一緒に進んでいけば、それは自ずと凪も一緒にいるんだ」


「……そのうち私と凪さんを混同しそうで怖いのですが」


「冷てえなあ」


「冗談ですよ。少し冷えてきました。そろそろ戻りましょう。……私がちゃんと歩けるようになったら、凪さんのご両親のところに挨拶に行きますって伝えてください。さすがに今の状態では向こうに心配かけてしまいますし」


「ああ」


「ああ、それと明日は土曜日ですが午前中にリハビリに行かないといけないのでちゃんとついてきてください」


「……ああ」


「ちょっと嫌そうに返事しないでください」


「いや、診察はあれどリバビリも毎日やるのかって思って」


「日課にします」


「……今日はもう遅くなっちゃったし、ちゃんとあったかくして寝ろよ?これで風邪ひいたなんて言われたら俺が大目玉だ」


「風邪ひいたら見舞いに来てくれますか?」


「そりゃ……まあ」


「なら、それもいいかもしれませんね」


「意図的に風邪を引こうとするんじゃない」


「冗談ですよ。じゃあ、今日はこれぐらいで。おやすみなさい」


「ああ、また明日」


 この世界はちゃんと明日が来る。

 いつまでも分からない時間を待ち続ける必要はない。

 それにしても『私を忘れないで』か……。

 忘れられたらどれだけ楽だったんだろうな。

 でも、忘れることはないだろう。

 凪には何もしてやれなかったかもしれない。でも、託された少女は今を生きてるんだから、これからしてやれることがあるかもしれない。

 罪滅ぼしではないけど、凪のためにも、そして、明里のために、俺は、忘れずに明日、また会いに行こう。







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