41話:最後のお願い
どこにたどり着くかなんて分からなかった。
思えば、最初から最後まで結局、何も解決できてないままだったような気がする。
神隠し。
不可解な現象だ。
よく、行方不明になった子が数週間経って見つかったりする。色々な推測が飛び交い、その子自身に聞いたりもするが、記憶が曖昧なのか、それとも何かしらの圧力でその情報がもみ消されてるのか。
同じことが起きないための配慮かもしれないな。
「よいしょ。少し、休んでもいいだろ」
出口が分からない。すでに入り口もどこかへ行ってしまった。自分の立ち位置がわからない。
分かるのは、俺と凪がこうしていることだけだ。
もう、あの世界はないんだろうか。
光はどうしたんだろう。
それに、遊や鳴海さんも。そういや夢芽にアイス買って来てやるの忘れちゃったな。
……あとは、仙石か。
近くにいるような気がする。それがゴールとなるかどうかわからない。
「もう少しだけ頑張るか」
凪を背負い直す。もう動かないことはわかっていた。
それでも、返事がなくとも何の脈絡がなくても話しかけてみた。無意味なことだってわかってたけど。
たかが一ヶ月、されど一ヶ月。
俺はこいつに何かしてやれたんだろうか。俺の自己満足に過ぎやしなかったのだろうか。
「あ、はは……バカだなあ、俺……」
何とか笑おうと思っても、涙が止まらなくなって来た。
泣いても戻ってこないんだよ。
自分で前を見るって言ったじゃないか。
「前、見えないや……凪」
思ったより、頭で理解してたつもりでも感情が追いつかない。
背負っても辛いだけだ。
……もう、下ろしてしまおうか。
「いや、まだ歩こう」
どこかではぐれるだろうって。
まだ、いるんだから、話せなくたって、そこにいるんだから。
もう、体温も感じないけど。凪は、まだ、俺の背中にいるんだから……。
「滑稽な姿だな」
「……仙石、先生……」
「それが探し物か?」
「いえ。……これはもうなくしたものです。でも、きっと彼女はあの子に何か残してるはずです」
「そうか。……前は向けそうか?」
「……分からないです。たぶん、俺一人だと下しか見てないかもしれません」
「どうする気だ」
「だから、会いに行きます。仙石先生の妹。仙石明里に」
「……俺は先に行く。そこで待ってるから、別れの挨拶が済んだらまた歩き出せ」
仙石はタバコを放り投げた。
危ないな、火事にでもなったらどうしてくれる。
……そんな心配もないか。こんな何もないところで。
燻ってるタバコの煙を見る。
そういや、凪はタバコ嫌いだったか。
それでなくても健康に悪そうだし、吸わないことにするか。
俺は、タバコを踏み潰した。
「凪。もう、お別れの挨拶、しなきゃいけないんだってさ。だから、最後ぐらい起きて話、聞いてくれよ」
なぜか分からないが、壁にぶち当たった。
よく分からないままだったが、その壁に凪を持たれかけさせて、何とか座ってる形をとらせる。
もう、俺が支えてないとどうやっても倒れてしまいそうだったが。
「そ、う……ちゃ……」
「凪!」
目がうっすらと開いていた。
「もう、聞いてるだけでいいからさ。そのままでいいから」
「うん……そう……ちゃん……」
「そうだよな。俺、きっとお前からずっと逃げてきたんだ。だから、お前にちゃんと別れるためのチャンスをもらったんだ。ずっと、一緒に居られるって甘えてたんだ。お前は俺の近くから離れないって、そうたかをくくって」
「いいん……だよ。そう……ちゃん……。わたし、こそ……いっぱい、めいわく……かけちゃった……。でも、ね……もう、わがままもね……いえなく、なっちゃうから……ひとつだけ、いっても……いい、かな?」
たどたどしく凪は俺に語りかける。
そんな酷く弱い声を聞いてるだけで、俺は涙が止まらなかった。
「ああ、何でも言えよ。なんなら、宇宙にでも行こうぜ。どんな無茶なことだって聞いてやるからさ……」
「えへ、へ……うれしい、な……じゃあ、わたしの……さいごの、おねがい……」
もう、凪の声はほとんど掠れてしまって聞き取るのもやっとなぐらいだった。
その一言一句聞き逃さないように、俺は彼女の最後のお願いを聞き、それを叶えてあげた。
「……ありがと、そうちゃん……わたし、もう、ねるね……」
「ああ、おやすみ」
そして、ありがとう。
こんなどうしようもないやつを好きになってくれて。
凪の姿は見えなくなった。
頬を伝う涙を制服の袖口で拭い、俺は前を向いた。




