39話:残された時間
「場所は……まあいつも通りか」
「想ちゃんがなるべく人目のつかないところで、ってやってるからでしょ」
「もうなんかあそこじゃないとしっくりこなくなった。あそこに何かあるってことでいいだろ」
「想ちゃんも大概適当だよね〜」
「お前に毒されてんだ」
「酷いな〜想ちゃん。……まあ、いつもか」
突き放してる以上に甘えさせてはいると思うのだが。
……俺は神隠しにあっている。
それが本当だとすると、誰が俺の世界にいて、俺の世界には誰がいないんだろうか。
そもそもこの世界が崩壊した後に俺が帰っているという保証もないのだが。仙石が出口でも用意してくれてるんだろうか。
まさか、自分が帰れないとか出口を用意しておかないほどバカでもあるまい。
思案していると前から歩いてくる少女の姿があった。
「……記憶障害はないか?」
「会って早々すごい事を聞くもんだね。そういう想には何か悲壮感が溢れてるようにも見えるよ」
「そうか。それは、正しい判断だ。人を見る目があるな」
「出会う人もなかなかいないけどね……で、今日は何をしに?闇雲に調べたところでしょうがないだろう?」
「とりあえず、座れるところ行かないか?」
俺はアイスの入ったコンビニの袋を見せつけた。
「お前に買って来たんだ」
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「ボクは別に食べる必要性はないって言ったのに」
それにもかかわらず普通に食べてますけどね。
「おいしい」
「そうか、それはよかった」
しばらくは光……いや、明里がアイスを食べ終わるまで待つことにした。
時間があるわけじゃないが、そこまで急かせることもない。
ただ、どうやって切り出そうか。
「ごちそうさま」
「ゴミは俺がもらっておくよ」
「何かよからぬことを考えてたりしないだろうね」
「お前のその邪な知識はどこで仕入れてるんだ」
「知らないよ。ボクの知識に勝手にあったのだから。どうやって見聞を広めてるのかもわからないし。……まあ、食べ終わったことだし、話すことがあるじゃないのかい?想」
「察しがいいお嬢さんなこって」
「茶化すのも大概にしておかないと言い出すタイミングを失うよ」
「……それもそうだな。じゃあ、早速本題に入っていくか。一つは、お前の本当の名前がわかった。お前の名前は、夕陰光なんかじゃない。仙石明里。それが本名だ」
「……そう」
「あまり興味なさげだな」
「名前なんてない状態だったからね。今更、本当の名前だって言われてもそれで記憶が戻るわけでもないし。それにまだあるんだろう?」
「……たぶん、ここに来るのはこれで最後になると思う」
「なら、解決策が見つかったということか、もしくはもう諦めるのか。どっちでもボクは何も文句は言わないけど」
「……自分がすでに死んでるって言われて納得できるか?」
「なんだい。ボクがすでに死んでる存在だと、そう言いたいのかい?」
「想ちゃん、どういうこと?」
「……お前の兄だと名乗るやつに会った。そいつの話ではお前は生まれつき病弱で長らく病院で生活していたらしい。だけど、どこかでちょっとワガママを言ったんだろうな。それをその兄が叶えようとして連れ出した。だけど、それは叶えることができず、お前は息を引き取った。……お前の兄が、病院にいただけの記憶で終わらせたくないっていう心からこの世界を作りだし、お前はその兄の意思だけでここに存在してる。……まあ、作り話にしてもバカバカしいけどな」
「……でも、想はそれを信じたんだろう?」
「ご都合展開だとは思うけどな。こんな不思議世界に連れてかれて信じないのも変な話だ」
「……想。ボクはその兄になんてお願いをしたんだい?」
「……夜桜が見たいって。俺はよく知らんがこの辺りのどこかで見れるところがあるんだろう。でも、その時間になる前にお前は死んじまった。その時間になるとお前は死んでしまう。だから、この世界は時間が進まないようにできてるらしい」
「そっか……」
「きっと、お前自身の探し物がその夜桜ってことなんだろう。永遠に見つかるわけないのにな」
「本当、バカみたいだ……」
しばし沈黙が流れる。
誰も口を開かない中、凪が提案をしてきた。
「ねえ、想ちゃん。なんとかして、光ちゃんに見せてあげられないかな、その夜桜」
「見せるったってなあ。お前は場所知ってんのか?」
「……どうだろう。なんとなくわかるような気がする」
「まあ、アテもないし、お前の直感に頼ってみるか」
桜が見つかったところで、という話でもあるが。
そもそも夜桜を見たいのだから、まだ日が沈み切らない今の状態の桜を見ても見たいものとは違うだろう。
時間が進まないのにどうしろというのか。
それは、まず見つかってから考えるとするか。何かがトリガーになってことが進むというのも良くある話だ。
なんでもない見慣れた風景、だけど俺たちの街のものとはまた違う道を凪が先導するままに歩き始めることにした。
いつも同じようなところしか歩いてなかったから、こうして道を外れて歩くのが意外に新鮮だったりする。
俺自身が凪に無理させないようにどこかで制限をかけてたのかもしれない。
無理させないようにって言ってもまだ一ヶ月も経ってないんだが。
いや、でもそんな急激に体力が戻るものか?普通に走り回ったりできるのか?
だって、2年も病床にいたんだぞ。
……いや、最初から俺はわかってたんだ。だけど、気づきたくなかったんだ。
でも、それを凪に告げるのはその桜を見つけてからにしよう。
「一口に桜って言っても色々だよね?」
「なんだ急に」
「こう一本だけバーンって、立ってるのと、桜通りみたいな感じで何本も桜があるのとでは違う気がしない?」
「まあ、言いたいことはわからんでもないけど、そもそも一本桜なんてあったかどうか。桜並木なら小学校付近にでも行けばあるかも知らんが」
時期的にはすでに葉桜になりかけかもしれんな。一本桜の方も同じことが言えそうだけど。
「まあ、明里……光……どっちがいい?」
「それは桜の話なのかボクの呼び方の話なのかどっちなんだい。名前の話なら凪の方が変える気がないみたいだから光のままでいいよ。桜は……そうだね、一本桜の方がボクは見てみたい」
「だそうだ」
「想ちゃん今日お寺行ったんだよね?」
「誰にも言ってなかった気がするが」
「ふふふ、幼馴染の推理力をなめちゃいけないよ」
「別に隠すもんでもないからいいが、それがどうかしたか」
「そこって桜あった?」
「……普通、寺に桜植えるか?杉とかだろ」
ただ、今日行った時には葉桜になってしまっていて気づかなかったかもしれない。それ以前に行った時は周りの風景なんて何も気にしなかったし。
「ご都合主義というのはこういうところにも発揮されんのかしらねえ……」
高校に行けるのなら、その界隈であるあの寺にも行けない道理はないはず。そもそも言うなれば学校よりも本拠地とも言えるだろう。
……最初から向かえばよかったと感じたが、そもそも仙石が元凶とは思いもよらなかったからな。
いや、元凶は俺か。
……俺は元々この世界にはいたのだろうか。
この世界にいた俺は俺と入れ替わりでどこかへ行ったのだろうか。
そもそも、全て仮想の世界で意識だけここにあるような状態なんだろうか。その場合仕組みはよくわからないが。
いいか、わからなくて。わかったところでどうしようもない。
「一応、ここが頂上だが……桜なんてあるか?」
「想たちが言うのであれば四月中旬から後半、ならば桜の花びらは散ってしまってるかもしれないね」
「それじゃ夜になっても夜桜見れないよ」
「夜にはならないんだけどね……」
ぽつり、光はそう漏らした。
どうやっても時間は戻ってしまう。日が沈まない限り夜にはならない。
じゃあ、どう進める?
でも、進めたが最後、きっと俺も元の世界へと戻ることになるだろう。
……どこまでが同じなんだろう。何が違うんだろう。
俺は、何もしらない。何も覚えてない。
「光、時計あるか?」
「え、うん。まあ……想からもらったこの携帯だけど」
「今の時間は?」
「16時……50分」
「あと十分か……」
「想が言う通り、本当に17時になったら時間が戻るのかどうかなんて保証はないよ」
「ね、ねえ想ちゃん」
「あ?」
「空、曇ってきてない?」
「あ……」
今にも夕立が来そうな雲が湧いてきていた。まったく、時期外れだっつうの。
「本殿、貸してもらうか。雨宿りならかみさんも許してくれるさ」
元よりいようがいなかろうが関係なく使わせてもらうが。
光が最後に中に入ってじきに雨が降り出してきた。
「なあ、雨が降ったことってあったか?」
「覚えてる限りだとないよ。雨っていうのは……」
「ウンチクはよろしい。しかし、これじゃ葉桜も散っちまうわ」
「ぞんがい葉というのは強固なものでね。まあ、確かに木の下には大量に積もってるかもしれないが、残ってるものの方が多いだろう?」
「しかし、なんだって雨なんか……」
「……君のいう終わりが近づいてるのかもね」
「もう、この世界でのお前は死んでるという話だが」
「それならば、ボクはいったい何度終わりを迎えればいいんだろうね」
「さ、寒いよ想ちゃん」
「雨降って冷えてきたか?つーか、なんでお前だけそんなに寒暖に敏感なんだ」
「はあ、光ちゃんあったかい……」
「こうも自然だと抵抗する気すらなくなるよ」
空気を読んでるのか読んでないのかさっぱりだが重苦しくなりそうな空気を和らげたという観点ではいい仕事をしたんだろうか。
「まあ、通り雨の一種だろ」
「まさしく時間を進めるためのかい?」
「なるほどな」
同じことを繰り返して時間が進まないようにしてるのであれば違うことをすればいいというなんとも大雑把な仕掛けだ。
でも、やはり雨が上がる前に言っておかないといけないだろう。
それは、俺だけじゃなくてきっと向こうだって薄々気づいていたことなのかもしれない。具体的な確証はなくとも、なんとなく違う気がするってだけでもどこかに引っかかりがあったのかもしれない。
「なあ、凪」
だから、俺は……。




